第15話
城門を離れたあと、セインは一度も振り返らなかった。少年と行商人の姿は、すでに人の流れに溶けている。同行は任務上の判断であり、それ以上の意味はない。そう結論づけ、思考を切り替えた。
中央区画へ続く石畳は、今日も寸分違わず整っている。建物の高さ、通路の幅、人の歩調。
すべてが規格に収まり、逸脱を許さない。
理想的な都市。だが、胸の奥に残るわずかな違和感は消えなかった。
(魔力を持たないで、あの感覚精度……)
数値に表れないものは、評価対象外。それがアークレインの原則だ。
セインは歩調を上げ、中央庁舎へ入った。報告室は静まり返っていた。机の向こうの男は書類から目を離さず、淡々と言う。
「状況を」
「はい」
セインは一息で要点をまとめた。
「街道南東、緩衝地帯寄りの村落。人口は五十未満。災度Ⅲの魔物二体、災度Ⅳ相当一体を確認。
単独で排除しました」
ペンが、はっきりと止まった。
「……災度Ⅳ、だと?」
「はい。個体変異を起こしていました。放置すれば、周辺一帯に被害が拡大していた可能性があります」
男は書類をめくり、しばらく黙り込む。
「村の被害は?」
「住民の死者なし。負傷者数名。建物の損壊はありますが、生活機能は維持可能です」
「……村の名称は?」
「報告書に記載しています」
男は確認し、短く息を吐いた。
「管理外だな」
その一言で、すべてが片付けられた。
セインは、わずかに眉をひそめる。
「災度Ⅳ相当が出ています。歪みが進行している可能性が高い。最低限の監視は」
「不要だ」
遮るように言われ、言葉が切られた。
「管理外の地域に戦力を割く理由はない。今回の排除で、当面の脅威は消えた。それで十分だ」
「……再発の可能性は」
「その時は、その時だ」
男は顔を上げ、淡々と続ける。
「すべてを守ろうとすれば、国は回らない。災度が高かろうと、価値の低い地点は切る。それが合理だ」
理屈は正しい。だが、セインの胸に重く残ったのは、別の感情だった。災度Ⅳ。本来なら、都市防衛級の案件だ。それを「内部記録のみ」で終わらせる。
「……承知しました」
それ以上、言うことはなかった。男は満足そうに頷き、話題を切り替える。
「城門で接触した二名についてだが」
セインは視線を上げる。
「監視は不要だ。行商人と、無魔力の少年。脅威と判断する根拠がない」
「……はい」
即答すべき場面だった。だが、セインは一瞬、言葉を置いた。
「何かあるのか?」
「いえ。ただ……」
言いかけて、止める。数値がない。証拠もない。
それでも、あの少年の周囲には“何もなさすぎた”。魔力がないのとは違う。最初から、存在しないかのような感覚。
「問題ありません」
そう答えると、男は興味を失ったように書類へ戻った。
報告室を出た廊下は、相変わらず静かだった。
救われた村。記録されない災度Ⅳ。合理の名の下に切られた場所。そして、数値化できない少年。
セインは立ち止まり、拳をわずかに握る。
(……これは、本当に最適解か)
答えは出ない。だが一つだけ、確信があった。
あの少年、レイとはこの国で必ずまた関わる事になるだろうと。
理の国の歯車は、今日も正確に回っている。
だがその内側で、確実に“歪み”が蓄積され始めていた。
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