第12話
石碑を越えてから、空気が変わった。
同じ草原のはずなのに、足元の感触が硬い。
踏みしめるたび、地面の下に意図的な整備か、あるいは、かつてそれがあった痕跡を感じさせる。
「この先が、アークレイン寄りの緩衝地帯だ」
エルドは周囲を警戒しながら言った。
「国境線はもっと先だが、影響はもう出てる。魔力の流れが均されてる」
「均されてる?」
「無駄がないって意味だ。自然な揺らぎが少ない」
レイは頷いた。
確かに、空気中の魔力は濁っていない。だが、整いすぎている。
「それって、いいことじゃないの?」
「短期的にはな」
エルドは少し言葉を選び、続けた。
「だが、均衡は歪みを溜める。逃げ場を失った歪みは、いずれ爆発する」
その直後だった。
遠くで、空気が圧縮される音がした。
雷鳴にも似ているが、もっと低く、重い。
次の瞬間、地平線の向こうで光が弾けた。
遅れて、衝撃。
地面が揺れ、草原が波打つ。
荷馬車の馬が嘶き、エルドがすぐに手綱を掴んだ。
「……魔法だな」
「攻撃魔法?」
「それも、かなり大規模だ」
エルドは即座に判断した。
「しかも、単発じゃない。制圧用だ」
「制圧?」
「逃げ場を潰す撃ち方だ。対象を“処理”するつもりで撃ってる」
膨大で冷徹な魔力が、背筋を撫でた。
二人は小高い丘を回り込み、爆発の中心が見える位置まで近づいた。
そこは、村だった痕跡。
焼け落ちた家屋。崩れた柵。そして、まだ燻る地面の中心に短い金髪に薄っすらと色のついたレンズのサングラスをした男が立っていた。
外套は焦げ、裾が破れている。
だが、姿勢は崩れていない。
男の前方には、巨大な魔物の死骸。
災度Ⅲ――いや、Ⅳに近い。
「……一人で、あれを?」
レイが思わず呟く。
次の瞬間、男がこちらを見た。鋭い視線だが敵意はない。
視線が合っただけで、理解した。相当強い。
「そこにいるのは、旅人か?」
声は淡々としていた。
疲労も焦りも、ほとんど感じられない。
「通りがかっただけだ」
エルドが前に出る。
「今の魔法、あんたがやったのか」
「他に誰がいる」
男は事実だけを述べるように答えた。
「魔物の災害予測に誤差があった。だが、被害は最小限に抑えた」
「……村があったようだが」
エルドの言葉に、男は一瞬だけ視線を逸らした。
「住民には、避難指示を出した」
「全員か?」
「八割だ」
即答だった。
「残りは?」
「……私としては、やる事をやっただけだ」
男はなんとも言えない表情を浮かべる。
レイは、男の足元に目を向けた。
地面には、魔法陣の残滓が幾重にも刻まれている。
(……これ、相当な魔法の練度だ)
無駄がないし、容赦もない。
「アークレインの魔導士かな?」
レイが聞くと、男は初めてこちらを正面から見た。
「そうだ。中央研究局所属、対魔災害実働班。任務中だ」
その言葉に、エルドが眉を動かす。
「アークレインらしいやり方だ」
「結果が全てだ。それ以上でも以下でもない」
男はそう言って、魔物の死骸を一瞥した。
「……誤差を出した人間は、不要だ」
レイは一歩、前に出た。
「それでも、魔物は倒した」
「当然だ」
「結果として、助かった人もいるよ」
男はレイを見つめ、黙り込む。
ほんの僅かだが、男の迷いが見て取れた。
「……それならば問題はないはずだ」
そう言い切る声は、わずかに硬い。
夜明けの光が、三人の影を長く伸ばす。
エルドは息を潜め、成り行きを見守っている。
理の国最強の矛と言われる男。それが、今、目の前に立っていた。
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