沈黙の人々の町
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
イシクングの街へ向かう道は、静かだった。
荷車の車輪が白い地面をゆっくりときしませ、遠くの空には相変わらず紫とも灰色ともつかない色が広がっている。
ユセフ・ンボコは何も言わなかった。
手綱を軽く握り、ただ前を見ている。
法城ほうきろとステファニーも、しばらく黙っていた。
やがて道の脇に、ひとつの巨大な石の像が現れた。
それは男の像だった。
王冠をかぶり、長い衣をまとい、片手を前へ差し出している。
台座には文字が刻まれていた。
「プロスペリタス初代王
ヨハンス一世」
しかし、その像には奇妙な点があった。
右側の一部が、明らかに壊れていた。
誰かが意図的に削り取ったかのように、石の表面は不自然にえぐれている。
整った破損ではない。
荒く、乱暴に壊された痕だった。
法城は像を見上げながら、眉をひそめた。
「……変だな」
ステファニーも同じ像を見ていた。
「ええ……」
彼女は少し目を細めた。
「どこかで見たことがある気がするのよね」
法城も、同じ感覚を抱いていた。
(……見たことがある)
だが、どこで見たのか思い出せない。
その顔立ち。
その姿。
どこか記憶の奥に引っかかる。
けれど、形にならない。
ユセフは像を一瞥しただけで、何も言わずに荷車を進めた。
やがて、道は森へと入っていった。
イシクングは、村には見えなかった。
それは森だった。
奇妙な森。
白い綿のようなものを枝いっぱいに実らせた木々が、無数に並んでいる。
風が吹くと、綿がわずかに揺れ、空気に白い粒子が舞った。
その森の中に、人々がいた。
子供たち。
そして、大人たち。
子供たちは皆、どこか戸惑った顔をしていた。
服装もばらばらだ。
肌の色も、言葉も違う。
日本人のような顔もいれば、ヨーロッパ系、アフリカ系、アジア系の顔もある。
彼らは皆、この世界の住人には見えなかった。
まるで、突然ここに集められたかのようだった。
一方で、大人たちは同じ格好をしていた。
白い長いローブ。
顔には感情がなく、静かに立っている。
誰も話さない。
森全体が、奇妙な沈黙に包まれていた。
そのときだった。
荷車が止まった。
法城が振り返ると、ユセフはすでに手綱を離していた。
「……?」
老人は何も言わなかった。
ただ穏やかな表情で二人を見て、軽くうなずいた。
そして、そのまま森の奥へ歩いて行ってしまった。
呼び止める暇もなかった。
「……行っちゃったわね」
ステファニーが小さく言う。
法城は周囲を見た。
白いローブの男たち。
沈黙。
奇妙な秩序。
(……あいつらが、ここを管理してるのか?)
そう思い、法城は一人の男に近づいた。
「あの、ここは――」
言いかけた瞬間、男が手を上げた。
静かに。
声を出すな、という仕草だった。
男は何も言わない。
ただ振り返り、歩き始めた。
ついて来い、という意味らしい。
法城とステファニーは顔を見合わせ、黙って後を追った。
やがて彼らは、木々の間に作られた細い通路へ入った。
そこはまるで廊下のようだった。
その途中に、小さな棚が置かれていた。
棚の上には、三つの物が並んでいる。
一冊の本。
一本の鍬。
そして、一振りの剣。
白いローブの男は、その棚を指さした。
そして二人を見た。
選べ、という意味だった。
ステファニーはすぐに本を手に取った。
迷いはなかった。
ジャーナリストとして生きてきた彼女にとって、本は自然な選択だった。
法城はしばらく立ち尽くしていた。
剣。
鍬。
本。
(……俺は)
戦えるわけでもない。
畑を耕したこともない。
努力は嫌いだった。
勉強も、好きではなかった。
けれど。
それでも。
(……それしか、できない)
法城は本を手に取った。
男は静かにうなずいた。
そして再び歩き始める。
通路を抜けると、森の外れに出た。
遠くに、小さな丘が見える。
男はその丘を指さした。
そこへ行け、という合図だった。
しかし男は、やはり何も言わなかった。
風が綿の木々を揺らし、白い粒子が空を漂っていた。
法城は本を抱えながら、丘を見つめた。
この世界で、最初に与えられた選択。
それが何を意味するのか、まだ誰も知らなかった。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。




