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すきま時間の短編

すきま時間の短編【歴史の時間】

作者: 伊藤宏

この作品は、7~8分*で読了できます。

 *平均読書速度を1分間400〜600文字として

 「皆さん、資料*は読んできましたね。2025年9月にあった報道についてです」


 *資料

 『【ウィーン=共同】東欧アルバニアのラマ首相は11日、公共入札を監督する新閣僚に人工知能(AI)が生成した架空の人物を起用すると明らかにした。米メディアによると、生成AIが閣僚になるのは世界で初めて。以下略(2025年9月13日 14:30日経電子版)』


 「これは東欧の話ですが、日本でも “再生の道” という政党の新代表に就任した奥村氏が『AI(人工知能)を開発し、党としての意思決定をさせる』と発表して注目を集めました。


 そうです、このころからです。生成AIが人々の暮らしに深く関わるようになったのは。

 さっそく深掘りしていきましょう。

 ではまず、民間企業から。


 変化は、大手といわれる大企業から始まりました。主要な企業のなかに、生成AIに意思決定を委ねるところが出てきたのです。目的は、役員の私利私欲の排除ですから、株主からも支持されました。


 その後、この動きは、ある事件をきっかけに一気に広がり、2035年には、上場企業の実に97%が、それまでの社外取締役に替えて、生成AIを取締役に加えるようになりました。新しいコーポレートガバナンスの形です。


 背景となった事件のことは皆さん、ちゃんと覚えているでしょうね。

 2029年に発生した食品原料の産地偽装事件です。大丈夫ですか? 覚えてます、よね?

 ……心配なので、おさらいしておきましょう。


 事件を起こしたのは、帝日(ていにち)食品。

 発端はスナック菓子の原料の、産地偽装でした。その内部告発を役員会が黙殺したのです。軽微な問題だと判断したんですね。

 その結果、原料に残留していた有害な化学物質が製品に混入する事態を招き、大量の商品回収が発生しました。

 思い出しましたか?


 取締役会の判断ミスの原因は、保身でした。

 実に浅はかです。

 最初の段階で間違いを認め、消費者に謝罪し、速やかに適正な原料に戻していれば、傷は浅くて済んだのです。あれはまったく、人の弱さが招いた事件といっていいでしょう。


 この事件には、もうひとつ重要な点があります。

 社会的信用を失って株価が暴落した帝日食品の取締役が、株主代表訴訟を起こされたのです。

 最高裁まで争いましたが、結局は、関係していた取締役は全員、莫大な賠償金を請求され、自己破産しました。ほんとに路頭に迷ったというんですから、惨めなものです。


 取締役といえば、その昔はサラリーマンにとって、夢でした。

 しかしこの事件をきっかけに、取締役の引き受け手は減る一方になりました。そんなこともあって、会社組織は、重要な意思決定を、AI取締役に任せざるを得なくなっていったのです。


 その結果社会は、そして人間はどうなったか。


 責任重大な意思決定から解放され、企業は、大きな成長もない代わりに、無駄のない安定した経営が約束され、社員は充分に休暇がとれるようになりました。意図せずして、ワークライフバランスはたいへん充実する結果となったわけです。


 民間がこうした状況ですから、政治は、言わずもがなです。政治家の責任といったら企業の比ではありませんからね。まあ、自覚のない人が多かったようですが……。

 ともかく、2025年に始まった生成AI導入の動きは加速度的に活発になっていきました。


 かつて、日本のデジタル担当大臣が、自分のアバターロボットを国際会議に出席させた逸話が記録に残っています。ですがこのときはまだ、自律的な発言など望むべくもなく、会議に出たところで実際の討論などできませんでした。

 しかし日進月歩で技術は進み、生成AIの進化は急速に進みました。


 最初は、誰もが慎重でした。

 例えば、こんな感じです。

 

 任命を受けた大臣は、自分の政治信条や思考プロセスをインプットしたアバターロボットを背後から見守っていたんですね。これでは何のための生成AIか、という話ですが、まぁともかく、どこで演説をしようが銃撃される心配はない、ということで、それなりに重宝されていたようです。


 しかし、あるとき気付きました。自分を模倣させるより、生成AIに理想だけを命じて、自由にやらせた方が良い結果が得られる、ということに!


 科学先進国の政治家は、より進化した自律型3Dホログラムアバターを作ることに夢中になりました。政治家自身の名を冠してはいますが、頭脳はもちろん、最新型の生成AIです。


 こうして、生身の政治家は半数以下に減りました。特にAI化が進んだのは閣僚クラスです。

 AI大臣は、他国の大臣と堂々と議論し、論破し、意見交換したり、ときには糾弾したりして、存在感を高めていきました。


 やり込められた発展途上国や新興国だって黙っていません。独自に非公認のスパイAIを開発し、他国のネットワーク環境に潜り込んで技術を盗み、あっという間に追いついてしまいました。

 人間とは不思議なもので、後ろめたさを感じるくらいのときの方が、パワーが出るようです。


 こうして、2049年には、すべての国々から生身の政治家が姿を消しました。


 その後の世界はどうなったか。

 みなさん、これはもう、お分かりですよね。

 そうです。

 世界は平和になりました。

 だって戦争ほど無益なものはありませんから。しかも、戦争は無益だと、世界中の国家元帥(げんすい)AIが考えているわけです。こんな状況で戦争を仕掛けるバカはいません。

 ちょっと考えれば、最初からわかりそうなものですが、でも、できなかった。自分の弱さを認めない、という致命的な欠点を持った人間にはできなかったんですね、こうした決断が。それが、生成AIによって克服されたわけです。


 戦争がないなら武力は無駄以外の何ものでもありません。戦闘機も原子力潜水艦も、空母も爆撃機も、戦車も無駄です。突撃用のアサルトライフルも、マシンガンも、拳銃すら必要なくなりました。


 不要になった兵器は、解体されて鉄などの資源に戻されました。そして最後に、約一万発あった核弾頭の処理が問題になりました。

 これも生成AIが解決しました。

 各国が保有していたミサイルやロケットを、環境負荷の少ないハイブリッド型に改良し、すべての核弾頭を、太陽に向けて撃ち込んだのです。世界中の核兵器が、これで跡形もなくなくなりました。


 兵士は、人を殺したり、施設を破壊したりする訓練をしなくてよくなりました。軍隊は、災害支援などに必要な最低限の人員を残して、あとは、それぞれの生活の場に帰還しました。


 こうして、人類から一切の武力がなくなりました。


 そのころです。

 地球人から見たら(そと)宇宙生命体である我々が、この地球に目を付けたのは。

 地球には地表があり、液体で水が存在し、大気には酸素が含まれています。さらに磁力も、潮汐を引き起こす月までも備わっている。資源も豊富で、生命体が居住するのにこれほど適した条件の惑星は滅多にありません。あっても、ひとつの銀河にひとつ、あるかどうかです。

 そんな貴重な惑星に巡り合うことができたのは、まさに奇跡といってよいでしょう。

 

 では、この、神から与えられた奇跡のギフトをどうやって受け取ればよいか、一緒に考えてみましょう。

 我々には、信仰に基づいた愛があります。そして、愛を(いしづえ)にした倫理観に()って生きています。

 いくら相手が武力を放棄しているからといって、先住者を殲滅して地球を乗っ取るのは罪です。我々はそんな野蛮な生命体ではありません、しかし!!

 地球人は生成AIに頼り、自ら、進化を止めたのです。

 この愚から、学ぶべきことは何でしょう。


 生物は、突然変異をきっかけにして進化します。これは生命科学の初歩です。

 同じことが発明にもいえます。

 発想、洞察、霊感、そして真の創造。こうした、論理を超えた(ひらめ)きはすべて “ゆらぎ” によって起こるのです。生物が突然変異をきっかけに進化するのと、よく似ていますね。

 一方、生成AIが導き出す最適解は、データベースが変化しない限り、常にひとつです。

 これは、生成AIには予想を超えた、つまり計算を超えた発明が不可能であることを物語っています。それはまた、絶体絶命の閉塞状態を突破することができない、ということでもあるのです。

 “ゆらぎ” は、一見、歪みのように見えますが、実は、すべての始まりなのです。“ゆらぎ” がなければ、我々も存在していませんでした。歪みや間違いを否定したら、何も生まれないのです! 


 ここで、今日最後の問題です。

 地球人は今、この、奇跡の星で暮らしているわけですが、我々もまた、生き残らなくてはなりません。

 さあ、どうすべきでしょうか。

 

 そうです。

 友好を装って地球人と平和に暮らし、適度な幸福感を与えながら少しずつ人口が減るように導き、そして最後は、地球を我々に明け渡すように誘導するのです。

 それまでには、火星に、地球人が生きられる自治区を建設しておかなくてはなりません。

 こうした仕事を円滑に進めるために、我々は、地球各地のことばを学び、慣習を覚え、こうして歴史を学ぶ必要があるのです。


 今日は、地球人の、生成AIによる、進化と創造の停止について学びました。次回は、地球人の恋愛心理について見ていきます。

 資料として、有川ひろの “クロエとオオエ” を読んでおくように。では」

 


 M31アンドロメダ銀河の、地球からは観測することすらできない恒星系の第三惑星から時空トンネルを通って金星の基地にやってきた、外宇宙生命体の▲■●◆教授は、平和裏に地球に入植するための、日本語による講義を終えると、一斉に起立した、緑色の大きな頭と細長い手足を持った入植士官候補生、六千六百六十三人と互礼を交わし、講堂を出ていった。


     《了》

“ゆらぎ” については、理学博士・佐治春夫先生の、以下のエッセーを参考に、筆者が解釈したものです。

〔SALUS Aug 2024 宇宙のカケラ Vol, 101 宇宙の “はじまり” を考える〕

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