ごめんね
「シュウ!シュウ!」
人の波に飲まれた俺を、腕に指の食い込みを感じるほどの力で、母がはぐれないように繋ぎ止めてくれた。
そのおかげで押し倒されたりすることなく、適度に流れに従いつつ動くことができた。
幸い、すぐに人の流れが扇状に広がってくれたことで、怪我などはなく難を逃れた。
「大丈夫、だった?」
息を切らした母に尋ねられる。
「…ああ」
何でだろう。
ありがとうが口から出なかった。
ドゥルルルルルルル!
ドゥルルルルルルル!
先程まで飛空車が着陸していた方向で、銃声が響いた。
視線を移すと、兵士が市民を撃っていることが確認できた。
何やってんだ!!と思ったが、銃弾を受けた人間が泥になり、溶けるように形を崩していく様を見て、さらに俺の頭は混乱した。
「シュウ、逃げるよ」
その状況を母も確認していたようで、俺の手を引き、来た道を駆け足で戻り始めた。
緩く長い坂を傾斜の勢いのままに駆ける。
自分のペースじゃないためか、少し転びそうになる。
「手離せ、あぶねえ」
俺は母の手を振り払い立ち止まる。
「あんた、こんな時まで―」
「違う、本当に転びそうになったんだよ!」
普段から何かにつけて反抗していたからか、母に説教されそうになってしまう。
「坂道だぞ、あぶねぇだろ。ちゃんと着いていくから手は離せよ」
頬をぷくーっと膨らませていた母だったが、俺の言葉に納得したのか、行くよと言ってまた坂を下り出した。
俺は一息つき、母の後を追っていく。
途中、坂の横にある雑木林に飛空車が墜落していて、木々を燃やす炎の熱と、煙の臭いが鼻をついた。
車の近くには倒れて動かなくなり、現在進行形で炎に燃やされている人が見えた。
俺は慌てて目を背け、母を少し追い越すスピードで、坂を下り切った。
「はぁ、はぁ、これからどうすんだ?」
これからのことは何も考えていなかったため、無意識に母に質問をした。
「そうね、他の避難場所に行きましょう。ほら、走るわよ」
母はそう言ってまた緩やかに走り出す。
俺は息の乱れていない母に内心驚きつつも、離されないように、呼吸を乱しながらもついていく。
ホログラムのガードマンの誘導を逆に、来た道を進む。
「次に近い、避難場所って、どこだよ?」
「あんたの通ってる、じゃなかった。サボってる学校よ」
まじか……。
別に行くのが嫌なわけではなく、単純にここからだと3、40分ぐらいかかることに拒否反応が出ただけだ。
「最初っから、学校行ってたら、よかったんじゃね?」
「高台の方が5分ぐらい早いのよ。それに学校より広いし。あんた、体力ないわね」
母に振り返りながら煽られた俺は、少しムカっとし言う。
「でも学校行ってたら今頃、避難できてたろ。人が死ぬのだって、見ずにすんだんだ」
自分でも意地悪なこと言ってるとは思った。
すると母はこちらを見ずに反応した。
「……そうね。それは私が悪かったわ。ごめんね」
その言葉にはどこか憂いが感じられ、いつものように言い争いにならなかったことに、どこか居心地の悪さを感じてしまう。
なんだよ……いつもみたいに―
「助けて……誰か」
通りから外れた細い道。
そこから聞こえた声に俺は足を止めた。
いつの間にか黒い雲に覆われた空。
その暗さに反応して、ついた街灯の光。
その光の当たらない薄暗いそこに、壁に手をかけた裸足の女性がいた。
顔は長い髪の毛で覆われていて見えない。
「あの、大丈夫ですか?」
「こっち、こっちに来て。手を貸して」
どこか不気味な感じはしたが、手招きされるまま、俺は女性に近づく。
「どこか怪我でも―」
俺の言葉を遮るように、彼女は影になって見えなかった、もう片方の手を振り抜いてきた。
「うわあ!」
俺は足をもつれさせ尻餅をつく。
すると頬につーっと、何かが垂れるのを感じた。
手で確認すると血だった。
心臓の鼓動が早まるのを感じながら、腰の抜けた体を手で後退りさせていく。
コンクリートの塀に背中が当たるまで下がると、ゆったりと街灯の光に照らされる道まで、彼女はゆたゆた歩いてきた。
街灯の光が彼女の手に握られたナイフを、怪しげに光らせる。
なんだ、なんだよ!
「なんなんだよおおお!」
そんな時、俺に迫ってくる彼女の頭に、大きめのリュックが叩きつけられ、彼女はそのまま地面に突っ伏した。
「シュウ!立って!走って!」
母だった。
母は俺の手を掴むと、力一杯引き上げた。
なんとか立ち上がった俺は、母と全速力でその場を後にした。
あれから足を止めることなく走り、学校の前までたどり着いた。
「はあ、はあ、はあ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
校門の前で俺たちは、膝に手をやり呼吸を整える。
「大丈夫?」
「なんとか。はあ、はあ」
「とりあえず学校入るわよ」
母に促され、後についていくように学校に入り校庭へ。
するとそこには高台の時と同じように人集りができていて、ちょうど飛空車が校庭の上空に到着したところだった。
「この人数なら乗れそうじゃない?」
確かに母の言う通り、この人数ならギリギリ乗れそうではあった。
なんとかなった。
近くではまだ爆発音はしていないし、銃声もしていない。
「あれ、おばさんじゃない?」
「あら、ほんと」
飛空車に乗るために列の最後方に向かう俺たちは、一番後ろに並んでいる後ろ姿が、お隣のおばさんだと気づいた。
「サコさん無事だったのね」
列の一番後ろに並んだ母が、お隣さんに声をかけた。
「……」
母が反応のないお隣さんに違和感を覚え、後ろから顔を覗き込む。
それから訝しむように俺の顔を見てきた。
「違う人だった?」
その言葉に母は首を横に振った後、俺の耳元に近づいてきて小声で囁いてきた。
「サコさんだったけど、なんか変。生気が無いというか……。もしかしたら、ここに来るまでに、何かあったのかもしれないわね」
ふーん?
正直興味がわかなかった。
そんなことより俺は、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
このやり取りの間に、飛空車の着地が無事終わり、搭乗が始まった。
「焦らず順番に乗れ。この人数なら全員乗れるぞ」
その兵士の声に。俺は安堵のため息を漏らす。
そんな時ふと母を見ると、耳たぶから血が流れているのに気づき驚いた。
「おい、その傷」
「ああ、これ大丈夫よ」
耳を触りながら母は言う。
「大丈夫って―」
「さっきあんたを助けた時、リュックに引っ掛けちゃったみたいで、てへ」
「てへじゃないだろ!」
「なーに。心配してくれてんだ?」
「ン!」
ニヤニヤとした母に言葉を詰まらせた。
「嬉しいわー。まだお母さんのこと心配してくれる心が残ってたなんて。しくしく」
泣き真似をする母に、余計な心配をしたと後悔した。
……まぁ、でもいいか。逆に開き直ろう。
「母さん」
「んん?」
俺は母に向き直る。
「さっきは助けてくれてあり―」
「危ない!」
母は俺を力一杯突き飛ばしてきた。
その結果俺は盛大に尻餅をつく。
「いってえ。何すんだ、よ」
顔を上げると、お隣のおばさんに包丁で、お腹を刺されている母が目に入った。
「何してんだよ?……」
俺の脳はその光景を処理しきれないでいた。
しかしそんな俺のことなど気にせず、おばさんは引き抜いた包丁をもう一度母の腹に刺し直した。
ドゥルルルルルルル!
辺りに銃声が響く中、俺は気づいたらおばさんを思いっきりタックルで押し飛ばしていた。
そして、力なく倒れそうになる母を抱き抱えた。
「おい、なあおい!」
お腹には刺さったままの包丁。口からは大量の血が溢れ、かろうじて開かれた目からは涙が滲んでいた。
「……シュウ……ごめんね」
耳をすまさないと聞こえないようなか細い声。
「何がだよ!」
「……ごめ…………」
俺の顔に向かっていた母の手が、力なくぶらんと下げられた。
視界がぼやけ、銃声だけが俺の世界を支配する。
なんだよなんだよなんだよ!
「なんなんだよおおおおおお!!」
ドガアアアアアアアァァァァァン!
俺の叫びと共に、背後で飛空車が爆発した。
なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ。
「なんで……母さん……」
俺は母さんを強く抱きしめる。
すると今更になって、こんな細くて華奢だったんだと気付く。
「俺が、俺が」
守るべきだったんじゃないのか!
毎年誕生日を祝ってくれたこと。もっとガキの頃、熱をかかりきりで看病してくれたこと。まだ隠すことを知らなかった時、母と結婚して俺が守っていくと約束したこと。
なんで今思い出すんだよおおおおおお!
「ああ、ああ、痛い」
ぼやけて悪い視界の中、声のする方にゆっくりと顔を向けると、突き飛ばしたおばさんが、ゆっくりと立ち上がってくるのが朧げに見えた。
俺は目を何度もぬぐい、母を優しく寝かせて立ち上がる。
そして爪が食い込むほど拳を固めた。
「うわあ……うわああああああああ!」
俺はおばさんに向かっていった。
殺すために。
「その後のことはよく覚えてない。ただ銃声が耳元で響いたこととか、めちゃくちゃ走ったこととかは覚えてる。なんで走ったんだっけ……ああ、あと保護された時、なぜか手に貯金箱だけ持ってた。この話は……もうそのぐらいしか覚えてねぇや」
「……そっか」
「もういんじゃないか?」
「え、何が?」
「敵。結構引き付けたし、撒こうぜ」
俺はαに提案する。
「うん。じゃあスピード上げるから、舌噛まないでね」
改めて過去を振り返って俺は思った。
絶対に復讐を果たすと。
神に力をもらったことも。泥の奴と再開したことも。全ては宿命だ。
……母さん。




