帰れない過去
その日は学校をサボり、心地のいい日差しを浴びながら、草むらに寝転がり雲をぼーっと眺めていた。
学校が変わって、制服を着るようになって、自分を抑えて生きる自分に嫌気がさして……最近では一人でこう過ごすことが多くなった。
勉強や部活。興味を持てない俺が悪いのか?
大人になるって、周りに合わせることなのか?
自分がどうすればいいのか分からない。
いや違う。
もうどうしたいのかも、分からなくなったのかも……。
ただ、行きたくない場所には行かない。
やりたくないことはしない。
それぐらいの抵抗は今、してるつもりだ。
今日はこの後どこ行こう?
そんなことを考えている時だった。
大きな音と地響きが、俺の体を起こさせた。
「何だ!?」
驚いた俺は慌てて辺りを確認したが、特段変化がないように思えた。
何の音だったんだ?……まぁいいか。
そう思いもう一度寝転がろうとした時、ある違和感を覚え、その方向に目をやった。
……山が無い!
いつもデカデカと見えていた隣町にある山が、確認することができなくなっていた。
驚いた後も少しの間、じーっと山のあった方を眺めていると、黒い煙が上がってくるのが見えた。
「何だ、あれ」
何か嫌な予感が胸の中で騒いだ。
その気持ちを振り払うかのように俺は立ち上がり、自分の家に駆け出していた。
家に着く頃には、黒い煙はまるでもくもくと雲のように広がっていた。
「シュウ君じゃないの。また学校サボったのかい?」
そう声をかけてきたのは、隣に住むおばさんだった。
「おばさん」
「それよりあんた、ニュースは見たかい?」
「ニュースですか?」
「見てないのかい。何でも隣町に化け物が現れたって、軍が出動して、対処を始めてるって言ってたよ」
「化け物って―」
「ダイワハウにお住まいの皆さんにお伝えします」
俺の疑問を遮って、町中に放送が響き渡った。
「ただいま近隣の町で、正体不明の生命体と、我々ボーダーは交戦を開始いたしました。万が一に備え、指定されている近隣の避難場所への、退避をお願いいたします。尚、脅威がこの町に接近してきた場合、速やかに我々の指示に従い、他の町へ一時的に避難してもらうことになります」
何だ、何言ってんだ?
「シュウ君!ぼーとしてんじゃないよ!必要なものを最低限持って、早く避難しなきゃ」
そう言うとおばさんは自分の家の中に、そそくさと入っていった。
俺も色々な考えを後回しにして、自分の家の鍵を開け中に入った。
すると、廊下に服が散乱していた。
「シュウ!あんたまた学校サボったね!」
玄関を開ける音を聞いたのか、リビングから廊下に顔を覗かせた母親に、開口一番そう言われた。
「でもちょうどよかった。アンタも早く準備して。避難するよ」
どうやら母は、必要なものを集めている最中だったようだ。
手に持ったなかなかに大きいリュックが、それを物語っていた。
俺はすぐに自分の部屋に行き、一番大きいリュックの中にゲーム機やタブレットを雑に入れ、その上に服や貯金箱を詰め込んだ。
「シュウ、準備できたー?」
開け放ったドアから母の声が聞こえた。
俺はリュックを背負い廊下に出る。
「あんた、返事ぐらいしなさいよ」
「早く行くぞ。急いでるんだろ」
俺はそう言って先に家を出る。
はあ、めんどくさい。
母さんとはあんま話したくないのに。
別に母との間に何かあったわけではない。ただ、いつからかああしろこうしろと、言われることに嫌気がさしているだけだ。
そういや最近、何話したっけ?
だいたい無視してて覚えてねぇや。
そんなことを考えている俺の背後で、家の鍵を閉め終えた母が俺の脇を小突いてきた。
「イテっ」
「ほら、行くよ」
小突かれた所を押さえ舌打ちを一つした俺は、スタスタと歩いていく母親の後をしょうがなく追った。
避難所へ向かう道すがら、一定間隔に地面に配置された丸い機械から、ガードマンのようなホログラムが、避難所への方向を示していた。
普段は見ない機械だ。
きっと軍の人達が配置したんだろう。
仕事が早い。
そんなことを考えながら、同じ目的を持っているであろう人達と、緩やかな坂を登っていく。
見晴らしのいい高台に着くと、すでに人集りができており、軍の人達が整列を促していた。
そんな光景を見ていると、小さいが爆発音が聞こえてきた。
音の方を見やると、少し離れた場所で建物が爆発しているのが確認できた。
それを見た俺は心臓の鼓動が早まるのを感じた。
なぜなら、離れているとはいえこの町での爆発だったからだ。
そしてそれは俺だけでなく、この場にいる人達全員にも恐怖をうえつけたようで、ざわざわと動揺が声になって広がっていった。
そんな時、大きなエンジンの音が近づいてきた。
どうやらそれは俺たちを移動させるための大きな飛空車で、俺は初めて見るタイプのものだった。
車が着地をしハッチを開けるやいなや、制止する兵士を押し除け、人が流れ込んでいく。
幸い母と俺は人集りの後方の方にいたので、もみくちゃにされることはなかった。
そしてあっという間に車内はパンパンになった。
しかしそれでもまだ、雪崩れ込もうとする市民を、集まってきた兵士たちが強引に押し戻す。
それを確認してか知らずか、飛空車はハッチを閉め離陸を開始した。
だが車体に一人諦めらめられず、しがみついているのが確認できた。
しかし運転手は気づいていないのか高度をある程度あげ、車を発進させた。
少しの間その人はしがみついているのが見えたが、高台から離れて行く間際に落下して高台の下へ姿を消してしまった。
その光景に少しの悲鳴が上がったが、また新たに来た飛空車のエンジン音にかき消された。
今度は車の周りの兵士の数が多く、銃も構えられているため、先ほどのように人が雪崩れ込んでいくというようなことにはなかった。
それでも多少の圧迫感を感じながら、じりじりと俺と母は前に進んでいく。
するとどうやら二台目も満員になったようで、ハッチを閉め離陸を始めた。
今乗った人数からして、次の飛空車にギリギリ乗れるか乗れないかだな?どうだろう?
そんなことを考えながら、俺は飛んでいく飛空車を目で追っていた。
そんな余裕があったのは、内心大丈夫だろうとたかを括っていたためだ。
しかしすぐにその気持ちは、打ち砕かれることになる。
目で追っていた飛空車に、雨のような何かが降りかかったのが見えた。
そして同時に、この場にいる数名の上にも同じものが降りかかったようで、何名かが雨か?と言った感じで空を見上げていた。
ドガアアアアアアアァァァァァン!!
そんな時辺りに爆音が響き、飛空車は高台の下へ炎の塊となり落ちていった。
「うわあああああ!」
「いやあああああああああ!」
そして高台に複数の悲鳴が響いた。
理由は飛空車が墜落したことよりも、近くで人間が爆発したからだろう。
何だよ、何が起こってんだ?
俺の混乱をよそに、人集りが爆発から遠ざかるように暴れ出し、俺は人波にのまれていった。




