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急に長いです、途中で切れなくてごめんなさい
デートの日のために紗季と新しい服を選びに行った。紗季にデートすることになったと報告したら、
「そもそも付き合うって本当に付き合っているの?!」
「まともな人だとは思えないけど本当に大丈夫なの?!男は獣だから気を付けなよ」
など先輩のことをあーだこーだ言いつつも、店を何軒も一緒に回ってくれた。優しい友達だ。
デートの当日、大学入学以降、身に着けた覚えたてのメイクを試行錯誤しながら、いつもより身支度に時間をかけた。アイラインを引きすぎたとかシャドウもグリッターも入れすぎなような気がして何回も直した。いつもならしないのに、コテで軽い火傷も負ってしまった。
待ち合わせ場所に行くと、蒼介先輩はもうすでに待っていた。
約束の時間に早くいくタイプなんだと意外に思いながら声をかける。
「蒼介先輩っ」
「ん。」
片手を軽く挙げる姿が私のために今日空けてくれたということを実感して胸が温かくなる。
「真顔ちゃん、気合がはいっていてかわい。」
気合。服を褒めるんじゃなくて、私の頑張った気持ちを褒めるところが、試行錯誤したのが見透かされたようで恥ずかしい。と同時に、はじめて男の人から向けられた「かわいい」という単語に体温が上がる。
「先輩もかっこいいです。」
「…天然って怖い」
茶化したような言い方だったけど、先輩も私の褒め言葉が本心だと届いただろうか。
私は先輩の、喜ばせるポイントを知っている方が怖いです。でもその気持ちはこの真顔のせいで伝わってないんだろうな。
行きたいところは特にないとやる気なさげだった蒼介先輩を、私は神社を中心に発展した観光地に呼び出した。
お参りをした後は、観光客で賑わう通りを歩きながら、デザートや総菜を軽くつまんだ。
お互い買ったものを交換したり、適当に気になったお店に入ってみたり。
友達と同じように遊んでいても些細なことから、先輩を意識せざるを得なかった。
お金を出そうと思うたび、「彼女なんだから甘えて?」とどちらか甘えているかわからないような声音で制される。結局、私の財布はカバンの奥で眠ったまんまだった。
人通りが多くてはぐれてしまいそうになるたびにさりげなく手を握ってもらった。
先輩は慣れているようだったけれど、私は手だけが異常に発熱しているように思えてならなかった。全神経手に集中しているようだった。つながった手から心臓の音が伝わるのではないかと本気で心配をした。そのくせ、手が離れたら離れたで、寂しく感じるのだ。
ふと蒼介先輩がつぶやいた。
「こういうデート、久しぶりにしたわ。」
こういうのって…どういうデートなら今までしていたんですかと聞きたかったが、空気を壊したく無くて聞けなかった。
お昼は、インスタで調べたおしゃれなイタリアン。
ようやく落ち着いて二人でおしゃべりができる時間だ。
私はこの日のために質問したいことをリストにまとめていた。
面接みたいだけれど、あまりにも先輩のこと知らなすぎるから。
レビューで見た人気そうなメニューを頼んだ後に、私はそのメモを取り出して、蒼介先輩に真っ向から聞いた。
「質問があります!」
「えー俺の個人情報知ってどうするの?」
先輩はめんどくさそうにしながらも、生年月日、趣味、とっている授業などを答えてくれた。
「兄弟構成はどうですか?意外と末っ子とか?」
蒼介先輩は頼りがいがあるけど、甘えなれているから意外と末っ子ぽい。
「ん-…一応、一人っ子かな」
兄弟構成を聞かれるたびに適当な答えをしているみたいだった。
「一人っ子なんですね!なんかお姉さんとかいそう…」
その言葉に蒼介先輩の表情が一瞬陰ったように見えた。
普段柔らかい目つきが鋭くなった気がした。
けれどそれは一瞬で、あの悪い笑顔で私を見つめてきた。
「今度は、俺からも質問。なんで真顔ちゃんって俺のこと好きなの?」
まさか私に質問が返ってくるとは思っていなくて、先輩の投げた爆弾に私は固まった。
思い出すのはあの日のこと…
―――――――――――
あの日―入学式に時間ギリギリで駅に到着した日。紗季は間に合わないから先に行くということで、一人で大学までの道のりを歩くことになったのだが、その道半ばで私の心は折れかけていた。
周囲の親子連れや友達同士の群れを見るたび、自分は他とは違う異質な存在だと見えない壁が存在するようで。
私はスーツではなく、華やかなワンピースできてしまったのだ。
入学式にスーツが正装だなんて知らなかった。
ただでさえ、恥ずかしいという気持ちが強くなっていたのに、急に予定外の強めの雨が降り出す。
天気予報を見ていなかったので、傘を持っていない自分は雨の中、大学に急ぐことしかできない。傘を持ってもいないことが、ワンピースの自分が恥ずかしい気持ちにさらに恥ずかしさが追加されて、走りたいけど全速力で走れない。周りは傘を持っていない私を横目に、通り過ぎていく。適当に雨宿りするところもない。
誰も気にしていないのをわかっているのに、いたたまれなくて立ちすくんでいたら
「傘ないの?濡れちゃうよ?」
後ろから声をかけられた。
返事をしようと思って振り返った時には、傘を傾けてくれて雨が遮られた。
傘に降り注ぐ心地よい雨音と私の心音が一体化したかのように聞こえた。
世界から隔てられ、まるでその人と私の二人きりになったように錯覚した。
「新入生だよね?よかったら講堂まで送っていくよ?」
ふわふわの髪の毛に桜の花びらを何枚か乗っけたその人。
垂れ目にくるんと長いまつ毛が頬に揺れる印象的な身長の高い男の人。
彫が深くて整った顔立ちなのに、纏う空気はふんわり綿あめのようで、綺麗だと思った。
恥ずかしい気持ちは消え失せて、感謝とあたたかな気持ちが胸の奥から湧きあがった。
「お願いしても…いいですか?」
誰もが見ぬふりをした中で、少しのやさしさをわけてくれたのが嬉しかった。
こんな格好でも新入生だと見つけてくれたのが、ありがたかった。
「もちろん。…俺、近道を知っているから一緒に行こう?」
その表情も声音も甘さを帯びていてあまりにも魅惑的に誘う人だと思った。
「ワンピースよく似合っているね」
「…でも、みんなスーツで…」
「いいじゃん。色味があって」
道中はなぜだかとても緊張をして、あまり会話をしなかったけれど、相手もそれをくみ取ってか言葉少なめでいてくれた。また、私の歩幅に合わせて、また変に近づきすぎない距離で歩いてくれた、その優しさにどれほど助けられたかわからない。
「あの…ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ。入学おめでとう。」
垂れた目尻に花が咲いたように笑う顔が可愛くて。なんと両親からも言われなかったおめでとうの一言が胸に響いた。
「あ、俺、ここのサークルの代表してるんだ。ま、来るかどうかはお任せするけど、君みたいな子がきたら面白そうだから。よかったら。」
最後にパンフレットを渡された。普段なら押しつけがましいと感じるのに、あまりにも自然で、それに彼の身元がわかると思ったら嬉しかった。
「ばいばい。」
彼は手を振ってから振り返らず去っていったが、私はしばらく講堂の中を入れず、彼の後姿をいつまでも見つめていた。
余韻を拾うように。
また逢えたらいいなと思った。
南八幡蒼介…サークルのパンフレットにはそう名前が記してあった。
その名前を指でなぞると、会話した時の視線や表情、温度がよみがえって、胸が高鳴った。…これが恋なのかな?
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あの時の傘の中は世界でいちばんやさしい空間だった。
気が付けば、驚くことに私たちは、たぶん付き合っている。
この状態が付き合っている、と呼べるのかはわからないけれど。
少しずつ視線が重なり合う。