第九話 ユオの決意
街の女の子たちと話すのは、どうにも苦手だ。
服のこと、髪のこと、誰が一番モテるとか、今流行ってるお菓子だとか。
ユオはそのどれにも興味がなくて、話題を合わせるのが苦痛だった。
「女の子には優しくするんだぞ」と、マルスじいちゃんは言うけれど、そうしてあげたいと思える子になんて、今まで出会ったことがなかった。
──ある日、じいちゃんが腰を痛めて、もう鍛冶は無理かもしれない…と言った。
もう70歳だもんな…、よくここまで鍛造して来たな、とも思うけど。
ずっとじいちゃんが誇りにしていた鍛冶の仕事も過去になるのかと思うと、ユオは悔しくてたまらなかった。
俺、じいちゃんが、真剣な顔で武器を造る姿が、本当に好きだったんだ。
そんなときに、じいちゃんに救世主が現れた。
「くすりや空の森」っていう、最近できたお店。
みんな最初は興味本位で行って、可愛い小さな女の子が店番してた、とか、店主がおっかないとか、色んな噂があった。
そして次の日。
「お、おい…!? じいちゃん、ハンマー持てるようになったのか?!どうしたんだよ!?」
「……治った。うそみたいじゃが、本当に痛みが消えたんじゃ…!」
鍛冶場に響く、久しぶりの鉄を打つ音。
その姿を見て、ユオは泣きそうになった。
「そんな薬を作れるなんて、すげえな!」
「本当にな。朝一でお礼を言いに行ったんだが、お前と同じくらいの女の子が作った湿布だと。」
「……すげぇ。その女の子が、じいちゃんを助けてくれたんだ…!俺、会ってみたい!」
そうしてフィリーネと友人になったユオは、《くすりや空の森》に通うようになった。
同い年で、二人とも親がいなくて、でも保護者のことが大好きで。なんだか親近感が湧いた。
話してみると、薬草や素材のことにとても詳しくて、何を聞いても一生懸命教えてくれた。
「へぇ、リュベリ草は、煎じる温度で効能が変わるんだ…!」
「うん!あとね、砕いたときの匂いも大事なんだよ〜」
フィリーネが楽しそうに語る横顔に、ふわふわした気持ちになる。
(そんな気持ちのときには、なんだかフィリーネの保護者、カイからの目線が厳しい気がするけど、気のせいかな?)
彼女は、自分が知らない世界をいっぱい知っている。
しかもその知識で、誰かを助けることができる。
すごく、大人だ。
なんだか毎日が、すごく楽しい。
でも、その日は突然やって来た。
自分の身体じゃないみたいだ。熱が下がらなくて、動かない。目を開けるのも億劫だ。
遠くで医者の声が聞こえて、じいちゃんが泣いていた。
(あ、これ……おれ、もうだめなんだ)
寒くて苦しくて、涙が出てきた。
(最後に、フィリーネに、会いたいな…
おれが死ぬって聞いたら、最後に会いに来て、くれないかな…)
だけど──
「……ユオくん。薬できたよ、ユオくん…!」
その声で、夢から引き戻された。
気がつくと、フィリーネが泣きながら、自分の手を握っていた。
(……生きてる……?)
そのあとのことは、ぼんやりしててよく覚えていないけど、助けてもらったんだと、わかった。
──だから、決めた。
俺はきっと、本当は、ここで死ぬはずだったんだ。
でも、カイと、フィリーネがその運命を変えてくれた。
だから、絶対二人に恩を返す。
特にフィリーネは弱いから、俺が守るんだ。
たとえ誰が敵になっても、何があっても。
心の奥に、ポッと小さな灯火がともった気がした。
そしてそれは、ユオの人生を、静かに、だけど確かに変えていくのだった。