第七話 家族のかたち
評価や誤字報告、本当にありがとうございます。励みにしています…!
それは、ある晴れた日のことだった。
今日もくすりや森の空の店番をしていたフィリーネは、常連になったお客さんと世間話をしていた。
「フィリーネちゃん、まだ小さいのにこんなすごい薬を作れるなんて、ご両親も嬉しいでしょうねえ」
「えへへ…ほめてくれて、ありがとうございます!
それで、えっと…ゴリョウシン?ってなんですか?」
「あらー、難しい言葉を使ってしまってごめんなさいねぇ。
お父さんと、あなたを産んだお母さんのことよ。お父さんはいつもお店にいる方かしら?長身の…。
お母さんは…」
「……?よくわからないですけど、気づいたらカイと暮らしていたので、"お母さん"はいないのかもしれません…後で聞いてみます!」
「……!!おばさん、無神経なこと聞いちゃったかもね…ごめんなさいね…。
お詫びにこれとこれ、買っていくわね…。」
「えっ!ありがとうございます!」
お父さん。お母さん。
フィリーネは、首をかしげた。
それは、普通、いるものなのだろうか。
夕方、片付けの手伝いをしているとき。
彼女はぽつりとつぶやいた。
「ねえ、カイは…"お父さん"?」
「ブフォッ」
カイは、飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。
冷静に片付けをしながら、静かに、彼はフィリーネの方を見た。
「……どうしてそう思った?」
「ううん、さっきお店に来たお客さんが、"ご両親"が私を見たら喜ぶって。
ゴリョウシンは“お父さん”と“お母さん”のことらしくて、でも、わたしには“カイ”しかいないなって思って……もしかして、みんなとは違うのかなって……」
無垢な瞳が、まっすぐにカイを見つめる。
その問いは、どこか少し、不安を含んでいた。
カイはそっと椅子に腰を下ろすと、フィリーネを自分の膝に抱え、優しく語りかけた。
「フィリーネ。君には、本当の両親がいる…とは思う。
だが……君がまだ、寝返りすら打てない赤子の頃、私はおまえが、…ひとりで魔境にいるのを見つけたんだ」
「……ひとりで?」
「そうだ。何か事情はあったのかもしれないが、
森の奥に、君を置いていったのは間違いない。
泣く声も届かないような、魔物が蔓延る危険な場所に。
……たまたま見つけたのが、私だった。
私は、どんな事情があったにせよ、君を危険な所に置いた実の両親のことは許せないと考えているし、
私がいなければ、君は間違いなく死んでいた。
万一迎えにきたとしても、そんな奴に大切な君を渡す気はないぞ」
カイの目に、激しい怒りが浮かぶ。
フィリーネは、少しだけ目を伏せ、けれど次の瞬間、彼女はぱっと顔をあげて、笑った。
「……カイが拾ってくれたから、わたし今、ここにいるんだ!」
カイの目が、かすかに見開かれる。
「カイはお父さんじゃないかもしれないけど……でもね、わたし、カイのこと大好きだよ。
……これからも、ずっと、一緒だよね?」
カイの喉が、小さく鳴った。
たくさんの言葉がこみあげてきたのに、声にならなかった。
「……ああ。私も、フィリーネのそばにいたい。
君を初めて抱き上げた時から、私たちは家族、だと、家族になりたいと、思っている。」
「それはこれからも変わらないが、…
実の両親の真実を、知りたいか?
調べることも、精霊の力を借りれば恐らくできると思うが」
「ううん!だって私の"家族"はカイなんでしょ?それなら、知らなくていいよ!」
「…そうか。もし気が変わったら、いつでも言って欲しい」
「うん、ありがとう!」
その夜、フィリーネが眠ったあと。
カイはふと窓辺に立ち、静かに手を掲げた。
「……見せてくれ。あの子の、過去を」
空に浮かぶ星のような光がひとつ、彼の手の中で揺れた。精霊が、真実を囁く。
──王国の王女。
──“滅びの予言”の子。
──生まれた瞬間に恐れられ、捨てられた命。
カイはそっと目を閉じた。
ずっと、本当の両親がフィリーネを奪いに来るのではないかという不安があった。
それと同時に、明らかに殺そうと、
あの子を魔境に捨てた者に対し、殺意を抑える自信がなく、今まで調べるのを避けて来た。
(──あの子は、恐らく人を殺すことを悲しむ。…優しい子だ。
だがもう一度、あの子を害そうとするなら)
(一切の容赦無く、全てを焼き払う)
抑えきれなかったカイの魔力の波動で、ランプの灯火が大きく揺れ、消えた。
窓の外では、星がふたつ寄り添うように輝いていた。