表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/14

第三話 魔術師と寝不足の日々

森に住まう魔術師カイの生活は、赤子を迎えた日からがらりと変わった。


かつて、必要最低限の物だけで整えられていた屋敷の一室には、

ふわふわの毛布が敷かれ、木の揺れる音に赤子の寝息が重なるようになる。


カイは育児について何も知らなかった。

赤子に生活リズムなど存在せず、昼夜問わずに泣く。


だが、彼は賢かった。

すぐに魔術書や古文書から必要な知識を集め、「乳の作り方」すら錬金術で再現した。


ただし。


「……分量を間違えたか?」


最初に作ったミルクはあまりに濃厚すぎたのかもしれない。…味見をしたところで、それが正しい味かどうかもわからない。

フィリーネは小さな舌をぺっと出して拒否した。


魔術師はため息をひとつ吐き、

再び魔法陣を描いた。


なお、この魔法陣に必要な触媒は非常に高価なものだったが、彼にとっての優先順位はフィリーネが堂々の第一位だったため、何の問題もなかった。



オムツ交換もひと騒動だった。

魔法で自動交換を試みれば、空間転移が暴走し、

オムツごと寝台が床下に転移した。


「……やはり手でやるしかないか」


指先で小さな布を結びながら、

カイは驚くほど丁寧な手つきで赤子の体を包んでいった。


フィリーネはそんな彼をじっと見上げて、

目が合うと、ふにゃりと笑った。


その笑顔だけで、人との関わりを避けてきた彼にとって、今日という日が宝物のようになるのであった。



ついに歩けるように成長したフィリーネ。

庭で小石につまづき、膝をすりむいた。

ほんの少し血がにじんだだけ。


「いた……」


目に涙が浮かんでいる。

それを見たカイは、視界が真っ白になった。


「傷!? どこだ!? 敵か!? 魔物か!? 毒か!?」


フィリーネの膝を必死で確認し、

そのまま懐から取り出した瓶を一気に注ぎかけた。


とろりとした黄金色の液体が、染み込んでいく。


──それは、現存する中でも最も貴重な回復薬。

《黄金のエリクサー》と呼ばれる、王族でも簡単には手に入らない品だった。


「……ふう。……これでよし」


「……しみるう……」


「すまない。…あと小石はあとで全て取り除いておく」


「んーん、だいじょーぶ!」


泣いていたフィリーネはもう、笑っていた。


そんな彼女の笑顔を見て、

カイは胸の奥に満ちていく暖かいものを感じる。


「……やはり、君が泣くのは好きではない」



フィリーネが五歳になったころ。


彼女はある日、カイの机の上で調合していた薬草を見て、興味を持ち始めた。


「カイ、これって、何に効くの?」


「これは、魔力過多を抑えるものだ」


「ふーん……わたし、混ぜてみてもいい?」


カイはほんの少し考えたが、

「触れても毒性はない」と判断し、調合セットを渡してやらせてみることにした。

仮に壊してしまったとしてもどうとでもなる。


そうしてできたのは──


まるで光の粒が舞うように、やわらかく輝く薬。


試しにカイが一滴を指につけると、

その瞬間、長年疼いていた魔力の暴走が一時的に静まった。


「…完璧だ…そして、これは……まさか、癒しの力か……?」


フィリーネはきょとんとした顔でカイを見上げていたが、

彼の表情がいつになく真剣なことに気づき、首を傾げる。


カイは、数秒黙って彼女の顔を見つめたあと、ふっと微笑んだ。


「……うちの子は、天才だな!」


「!!えへへ、ありがと!」



その日から、フィリーネはカイに教えてもらいながら、薬を作るようになった。

フィリーネは知識をスポンジのように吸収していく。それに加え、生まれつきの癒しの力が、更に効果を高めていく。


フィリーネにとっては、遊びの延長。

カイが驚き、喜んでくれる姿を見るのが何より好きだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ