最終話 空の森は今日も晴れ
ラティスティア王国の街外れ。
《くすりや空の森》の朝は、やさしい木漏れ日とハーブの香りとともに始まる。
カウンターに立つフィリーネは、瓶のラベルを丁寧に貼りながら、そっと呟いた。
「カイ、なんだか今日の空、すっごく赤いねえ…
うーん、懐かしいような気がする。どうしてかな……」
フィリーネの頬に、一粒の涙が伝った。
「ふふ、変なの……なんで泣いてるんだろ。胸がいっぱいになって……ねえ、カイ」
カイは少しだけ目を細め、無言で頷く。
──もう、終わったのだ。“滅び”の夜が。
「ねえ、そういえば、前に言ってたカイの"呪い"って……まだあるの?わたしには、よくわからないけど……」
「……ある。癒しの力のおかげか、フィリーネだけには効かないが…」
「そっかあ。…ねえ、カイ。魔道具で普段は抑えてるけど、その呪いのせいで、カイが他の人と距離を置こうとしてきたこと、傷ついたこと、知ってるよ。
だから──いつか、きっとわたしがその呪いを解くね!」
「だから、それまでずっと一緒にいてね。……楽しみにしてて!」
カイは驚いたように目を見開き、それからふ、と笑った。
「ああ。…楽しみにしてる」
ちょうどそのとき、薬屋の扉が軽やかに開いた。
「おーい、フィリーネ!」
入ってきたのは、ユオ。
「これ!この前じいちゃんと一緒に採ってきた“金霊草”だよ!……フィリーネ、これ、薬になるよね?」
「うん!ちゃんと乾かして使えば、咳止めの薬にできるよ。ありがとう、ユオくん!」
「へへっ、よかった……!俺、少しずつ薬草も覚えたいんだ。フィリーネと……その……一緒にできたらって思って!」
照れくさそうに言ったユオに、カイの眉がぴくりと動いたのは気のせいだろうか。
「わたしも嬉しいよ。ユオくんと一緒なら、もっと楽しくなりそう!」
「──ってことで、今日は俺、看板出すの手伝う!」
元気よく店先へ向かうユオの後ろ姿に、フィリーネは小さく笑いながら続いた。
その背中を、カイは穏やかな視線で見送る。
──フィリーネは、ティフセリア王国が滅んだことなど知らない。自らが、捨てられた王女だったことも。
けれど、知らないままでいい、とカイは思う。
彼女は、これからも人を癒し、笑顔を分けていく。
その優しさが、世界にとって、どれほど尊いものか、彼は誰よりも知っていた。
今日もまた、空の森は静かに、優しく時を刻んでいく。そして、これからも、きっと。