第十三話 一つの国の終焉
ティフセリア王国──。
カイの呪いに焼かれた王レオルド三世の絶叫は、終わることはない。
そして、その影響は王だけに留まらなかった。
「……最近、夜が怖いんです。寝ても、誰かに見られている気がして……」
「私も。時折、泣いている赤ん坊の声も、聞こえて…頭が、おかしくなりそう」
悪夢や幻聴にうなされる者が現れ始めた。
最初は、フィリーネの死を進言した文官だった。
続いて、フィリーネの死に同意した者、魔境へ捨てることとしてフィリーネを連れて行った騎士、馬車の手配をした者…
悪夢に現れるのは、決まって空色の瞳を持つ赤ん坊…かつて彼らが、殺そうとした子。
そしてその子を腕に抱き、漆黒の衣を纏い、何も語らず見下ろしてくる、得体の知れぬ男。
「赦されると思うな」
男の声が、聞こえる気がする。
街でも、徐々に異変が起こり始めていた。
穀倉地帯の作物は前にも増して枯れ、井戸の水は淀み、魔物は山から降り続けた。
兵は応戦で動けず、貴族は逃げ惑い、民は混乱した。
やがて、過去の行いを悔いた者たちから、この異変は王が過去に予言の解釈を誤り、王女を捨てたことが関連している、という噂が少しずつ広がっていく。
「王が娘を捨てたせいだ!」
「神の祟りだ…!自分の子を殺そうとした報いだ…!」
そして。
王は――最後までひとりだった。
誰も彼に近づけず、近づこうとすれば同じ幻覚に焼かれる。
エレナの幻、怨嗟、民の怒号。
「あなたが、すべてを壊した」
「名前を……あのとき、名を呼んでと願ったのに」
「わたしのかわいい子を。親子の情など、国を守る力にはならないと言って捨てたのよ」
「全て王のせいだ!」
亡霊たちの幻は消えず、王の心を、魂を削っていった。
そしてある朝、王の部屋の扉が開け放たれたとき。
床には一枚の紙と…服毒により、幻影から逃れた王の姿があった。
──“赦してくれ”──
それが、王の最後だった。
……直接的に城が崩れ、国が焼かれたわけではない。
だが、国は崩壊していく。神の祝福は去り、人も土地も、ゆっくりと干からびていった。
その果てに残るものは、何もない。
静かに、着実に、誰の手によっても止められぬ、一つの国の、滅びがそこにあった。