第一話 滅びの予言
──かの子が哭く夜、空は紅に染まる。
されどその涙は、世界を赦す雫。
愚者たちよ、己が血により、滅びを迎えよ。
王の家に生まれしもの、やがて世界の均衡を崩すべし。
それは、赤月の夜に、王国の聖域に浮かび上がった神託だった。
神殿の奥、清めの巫女以外は誰も近づけぬ、
「深淵の預言碑」。
そして、その夜。
王家に、ひとりの赤子が生まれた。
肌は透けるように白く、朝靄のような淡い水色の瞳の、愛らしい王女。
か細く、庇護せずにはいられない、泣き声をあげていた。
本来ならば、盛大に誕生を祝われ、大切に大切育てられるそのはずの、その王女に。
「……殺せ」
王は顔すらも見ることなく、背を向けて命じた。
「滅びの予言があった。王の家に災いをもたらすのだと。ならば、その命に意味はない。
……子は、また産めば良いのだ」
侍女たちは震えながら赤子を抱き上げる。
だが、そのとき――
「あなた、まって……」
産褥の床に伏していた王妃が、震える手を伸ばした。
「お願い……その子は、私の……かわいい子……」
「せめて、せめて……名前だけでも……」
…難産だった。
我が子に会いたい一心で死力を尽くした母の、涙に濡れた目は、まだ名前もない我が子を見つめていた。
だが、王は答えなかった。
その目には、自らの娘ではなく、「滅びの象徴」としての恐怖しか映っていない。
「親子の情など、国を守る力にはならぬ」
「……別れを告げよ」
冷たく言い残して去っていく背を、王妃は呼び止めることもできなかった。
やがて、産まれたばかりの赤子は母と引き離され。
王の騎士により、夜の闇に消えた。
予言がなければ、王女としての未来があったであろう、赤子の泣き声とともに――。
王妃の啜り泣く声だけが、いつまでも響いていた。
⸻
王妃は、それから数日後、弱りきった産後の身体により病に倒れ、ひとり息を引き取った。
赤子は、王の騎士により、産まれたその日に「魔境」に捨てられた。
大の大人でも倒すことが叶わない、大型魔獣が蔓延る地。
月だけが、その様子を静かに見ていた。