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湯治場の自炊
部屋に戻ると、小説のアイデアをノートに書き留めていった。他に何もすることがないというのは集中できるものだ。腹が鳴り空腹に気づいた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
室内に充満する寒気は身を震わせていたが、覚悟を決めこたつを出て自炊場へと向かう。
廊下こそ蒸気で暖まっているものの、案の定プレハブ造りの自炊場は冷え切っている。電子レンジでパックご飯を解凍、鍋で味噌汁を作り、フライパンでアルミに包んだ魚を焼く。作ったらすぐに自分の部屋へ持ち帰ろうと、同時進行で調理していく。
幸いにしてと言うべきか、当然と言うべきか、そんな寂れた自炊場に人が来る気配はない。私にとって、湯治場での触れ合いなどというものが存在しないことはありがたい。
簡単な焼き魚定食をお盆に載せ急ぎ足で自室に帰ると、こたつに入り早速箸を伸ばす。慎ましい部屋にわびしい食事が、私の心を満たしていく。何をするでなく、誰に迷惑をかけるでない。それこそが私の求めていたものだった。