とにかく
かく。かく。かく。とにかく。かく。尚樹は今かいている。小説を書いている。朝に書いている。かく。かく。かく。とにかく。かく。尚樹は今かいている。虫刺されがかゆくて掻いている。そのかゆさをわかってもらうべく書いている。そんな話だ。
尚樹は今年、久しぶりに、虫に刺された。最近になって、夕御飯の後、散歩に出かけるのを日課にしている。二十分以上一時間以内が目標である。それが原因である。
かゆくてかゆくて仕方ない。会いたくて会いたくて震えるぐらい。かゆい。悲しくて悲しくて、とてもやり切れないぐらい。かゆい。尚樹は小さい頃、家にキンカンという塗り薬があったことを思い出していた。懐かしい匂いの記憶。今使っているウナクールも似たような匂いだ。そして、塗った後にスーッとした爽快感も似ている。しかし、なかなか治らない。人間を刺してくれるなよ。本当に腹が立つ。
「こんなにかゆかったっけ」
「私もかゆいよー」
「俺は大丈夫だよ、刺されてないー」
「俺は去年とか、一昨年とかたぶん刺されてないと思うんだよね」
「血が美味しくなったんじゃないのー」
「そうかもれないね」
痒さを訴える尚樹に、娘の桜は共感して、息子の春斗は共鳴しない。
「テレビでは、O型の人が刺されやすいって言ってたのにな。俺はA型なのに」
「私は何型?」
「A型か、O型だね」
「俺は何型?」
「わかんないけど、A型かO型」
「何でわかんないの?」
「桜は産まれた時に、血液検査する必要があったみたいで、その時はO型って言われてたはずだよ。春斗はね、産まれた時に血液検査してないみたいだよ、元気だったからね。だからわかんない」
「へぇー、そうなんだー。」
「詳しくはママが帰って来たら、聞いてごらん」
桜は興味津々な様子で、後でママに聞いてみようと張り切っている。春斗はゲームをやりながら話をしているので、興味があるのかないのかわからない。尚樹はO型っぽいと言われることが多いが、父も母もA型だ。
「この虫刺されさ、蚊ではなさそうだね」
「ブヨだよ。令美ちゃんが言ってた」
「ブヨ?ブヨ。ってなんだよ」
「令美ちゃんもブヨに刺されて、かゆくてヤバイって言ってたもん」
「ちょっと待ってね」
尚樹はスマホで「ブヨ」と検索した。ヒットした。コイツ無敵かよ。ブヨは、ハエより小さくて、人を吸血する。蚊とは違って、刺されると治るまでに時間がかかる。市販薬では治りにくい。虫除けスプレーもあまり効果がない。刺されやすい人の特徴は、子供、肥満気味の人。肌を露出は避けましょう。嫌なことばかり書いてある。ちなみにブヨは方言で、正式名称はブユらしい。
彼女達は、足ばかり狙ってくる。今、尚樹は十箇所以上の虫刺されに悩まされている。本当に痒い。痒すぎる。テレビで見たのは確か、蚊の情報だったなと笑えてきた。全く血液型は関係なかった。そろそろ、美容室から美桜が帰ってくるはずだ。美桜に話したらきっと笑ってくれるだろう。
「桜、お米お願い。春斗、そろそろゲームおしまい。テーブルと床片付けてね」
「了解です」
「はーい、今やりまーす」