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シカト  作者: 東京卑弥呼
6/25

〈5〉懐柔

夏樹は暫く様子を見ることにした。

シカトといっても数日も経てば、また元に戻ると思っていた。

そもそも大の大人がシカトって、そんな馬鹿げたことそう長く続くわけがない。それに砂田だって職場に仕事をしに来ているのであってシカトしに、ケンカしに来ているわけではないのだ。その辺はいくら何でも割り切ってくれるだろうと夏樹は思っていた。

しかし、砂田は違っていた。

砂田のシカトは休日を挟んでも翌週も、いや一か月続いた。

それほど長くシカトが続くとさすがにエリアSの人も砂田が夏樹をシカトしていると気づき始めた。

「夏樹君。砂田さんと何かあったの?」

尋ねてくる年配の女性もいた。

エリアマネージャーの長嶺も夏樹と砂田の関係に異変が生じているのを感じていたが、二人が話さなくとも別に仕事に支障が出るわけでもないので長嶺は静観していた。

それに二人とも、いい大人なのだから放っておけばいずれなんとかなるだろうと思っていた。

しかし、一向に砂田のシカトが終わる気配はなかった。

いや、もう今となっては誰が見てもわかる。

夏樹はさすがにこのままではマズイ、職場の雰囲気も悪くなるし、お互いに居づらい。他の人も接しずらくなると思い、事の詳細を長嶺に伝えた。

砂田が仕事中にパソコンで動画を見ていることや、煙草を吸っていることなど夏樹が見たことをそのまま話した。

「事務所では静かに仕事しているように見えるけど」

「それは仕事をしているのではなく、仕事のふりをしているだけ。ネットを見たり動画を見ているだけです。俺も見たし他の人もその姿を見たと言っていました。長嶺さん、知りませんでしたか?」

「いや、初耳だなぁ。事務所ではそんな感じはしないけど」

「それは長嶺さんと席が対面だから見えないだけです。それに今は事務所のドアを開けると長嶺さんが背中を向けて座ってますが、以前は砂田さんがドアに背を向けて座ってましたよね?」

「ああ、それはなんか窓の光が眩しいから変わってくれって言われたから」

「それは窓の光が目的ではなく、場所が目的だったんですよ。事務所のドアに背を向けていると、入ってきた人にパソコン画面が丸見えじゃないですか。それだと砂田さんが仕事しないで動画やネットを見ているのが丸見えだから窓に背を向ける窓側の席に移りたかっただけです」

「そうかなぁ」

「そうですよ。それに仕事中の喫煙、事務所の傍のベンチで煙草を吸っているのを見た人もいます。俺もここで吸っているのを見ました。これも正直、良くないんじゃないんですか。喫煙する人はみんな休み時間に喫煙場所で喫煙しています。砂田さんだけ、仕事中も喫煙していると他の人に示しが付かないんじゃないんですか」

「わかった。今度、俺が見かけたら注意しとくよ」

「お願いします。長嶺さんから注意されれば、正すと思います。そうすれば自分へのシカトもなくなると思うんですよね」

「そうだな。まぁ、俺に任せてくれ」

「ありがとうございます」

夏樹は事情を長嶺に話して、理解してもらったことに安堵した。

〈これで何もかも元に戻るだろう〉

夏樹はそう思っていた。

それから間もなく、長嶺が注意するときは訪れた。

それは事務所で二人で仕事をしているときのことだった。椅子に座っている砂田が急に「あ~」と言いながら背伸びをした。

砂田は向かい合って座っている長嶺に声をかけた。

「ちょっと外の空気吸ってくるよ」

「あ、はい」

長嶺もその場は了承したが長嶺は事務所を出て行く砂田を横目に見て思った。

〈近頃、仕事中、外に空気を吸いに頻繁に出て行くなぁ〉

それは夏樹に言われなければ別段気にかけることでもなかった。

しかし今は違う。

長嶺は夏樹から言われ砂田に猜疑心を抱き始めていた。

長嶺は砂田が出てから一分ぐらい時間を空けてから静かに事務所の外に出て行った。

事務所の脇のベンチにいるであろう砂田の様子を見るために……。

すると砂田はベンチに腰掛け缶コーヒーを飲みながら紫煙をくゆらせ休んでいた。

その姿を長嶺は砂田の背後から見た。長嶺は静かに砂田に近づき背後から両手で砂田の両肩をそっと掴んだ。

砂田はビクッとして後ろを振り向いた。

「砂田さん。お仕事中ですよ」長嶺は優しく諭すように言った。

砂田は動揺し、煙草を地面に捨てて足で踏み消した。砂田は長嶺の方を振り向いた。

「なんだよ。ビックリさせるなよ」と言うも砂田から動揺の色が伺える。

「砂田さん。今は仕事中です。缶コーヒーに煙草を吸うのはいくらなんでもまずいです。それに仕事中に仕事のふりしてネットを見ているのも知っていますよ。以後、そういうことは辞めてくれませんか?」長嶺は諭すように砂田に言った。

すると砂田は立ち上がり長嶺と目を合わせることなく無言で事務所に戻っていった。

長嶺は安堵した。

砂田が自分の言ったことを聞き入れられたと、この時は思っていた。

しかし、それが違うことにすぐ気づくこととなった。

事務所に戻り二人は無言のまま仕事をしていた。

長嶺がいつもと違う事務所内の雰囲気を察し、それとなく長嶺の方から砂田に仕事のことについて話しかけた。

「砂田さん。今度、エリアYから来るトラックっていつですか?」

「……」砂田は何も答えなかった。

「砂田さん?」長嶺は砂田に優しい口調で話しかけた。

しかし、砂田は何も答えない。いや、明らかに無視している。

長嶺は気づき、少し戸惑うも一緒に事務所で働く者として無視しているとわかっていながら、三度、「砂田さん?」と気を使って名前を呼んだ。

すると砂田は無言のまま立ち上がった。

机の脇に置いてあるアルミ製のゴミ箱を思いっきり蹴飛ばした。

ゴミ箱は鈍い音をたてて事務所の壁にぶつかった。

長嶺は驚き、顔を強張らせた。

そんな長嶺を尻目に砂田は事務所のドアを開け、叩きつけるようにドアを閉めて出て行った。

それが砂田の長嶺に対する答えだった。

長嶺もそう感じとった。

翌日、二人きりの事務所で全く言葉も目も合わすこともなく一日が過ぎた。

長嶺は針の筵にいるようでなんとも居た堪れない気持ちでいっぱいだった。それでも長嶺は暫くすればわかってくれると思っていた。

しかし、一週間が過ぎても状況は全く変わらなかった。

砂田は長嶺をずっと無視し続けていた。

仕事中に長嶺に断りを入れることなく勝手に外に出て行き煙草を吸うようになった。

長嶺はそんな砂田とどう向き合えばいいのか考えあぐねていた。

そのことを夏樹に話した。

「参ったよ。砂田さんに仕事中の喫煙を注意してから事務所でずっと無視されてるよ」

「え、長嶺さんもですか⁉」

「ああ」

「でも、それって事務所の中だけですか?」

「いや、どこでもだ」

「でも砂田さん、トラックが来てもフォークリフトで荷物の積み下ろししてますよね。それって長嶺さんが言ってるからじゃないんですか?」

「いや、違う。自分で何をすればいいか、わかってるから俺に言われる前に動いているんだよ」

「でも、ここ最近、畑でよく見かけるようになりましたよ。倉持さんのところで農作業を手伝っている姿、見かけましたよ」

「それは事務所で俺と二人きりでいるのが嫌になって出て行ってるだけだ」

「そうなんですか。俺はてっきり長嶺さんが言ったから砂田さんが変わったんだと思ってました」

「違うよ」

「ほんとですか」

「ああ」

「でも長嶺さんはここのエリアマネージャーじゃないですか。トップじゃないですか。その人を無視するなんて、ちょっとどうかしてます。おかしいです」

「でもシカトされてる。事務所って砂田さんと俺の二人きりだろ。なんか、ずっとピリついた雰囲気でさ、居心地悪いっていうか、ほんと精神的に参っちゃうよ……」

長嶺は苦笑し顔を歪めた。

「でも、砂田さんは事務所で仕事してるんですよね?」

「いや、仕事をしてるっていうか、俺が仕事の話を振っても何も答えない。黙って頬杖ついてパソコン見てるし、俺が立ち上がると机から離れて外に出て行くし、」

「倉持さんのところへ?」

「そうだと思う。砂田さん、倉持さんと仲いいだろ」

「ええ、確か砂田さんがドライバーの頃から仲が良かったと思います」

倉持良美、四十五歳。

倉持は砂田がドライバーの時から仲が良かった。それというのも砂田と倉持は出身が同じだった。そこから親交を深めた。

しかし、仲が良かった理由はそれだけではないがそれは後で述べるとしよう。

兎に角、砂田はエリアSに来ると地方の名酒や食べ物を倉持にあげていた。時には倉持の趣味の釣り道具をあげたこともあった。砂田は倉持より年齢が上ということもあって倉持は半ば砂田の舎弟的な存在になっていた。エリアSでフォークリフトの運転が出来る人を探しているという話も砂田は倉持から聞いた。だから、砂田がエリアSで頼るとすれば舎弟同然の倉持のところに真っ先に行く。今は特にエリアSに移り住み農場で働くようになって親しくなった夏樹のことをシカトしているので気兼ねなく接することが出来るのは倉持しかいない。だから、事務所で居づらくなれば砂田は決まって倉持のところへ行った。

「ほんと、参ったよ……」長嶺は辟易していた。

長嶺は心労で憔悴していた。

夏樹はそんな長嶺を励ました。

「でもポジティブに考えれば、砂田さん、倉持さんの農作業の手伝いするようにはなったんだから、それはある意味、砂田さんも長嶺さんの言うことを聞いてるってことじゃないんですか」

「そうかなぁ」

「そうですよ。なんてったって長嶺さんはエリアマネージャーなんですから。ここの最高責任者だから。その人に盾突くなんてありえないでしょ。きっとそのことをわかってるから倉持さんのところで畑仕事を手伝うようになったんだと思いますよ」

「んん」長嶺は唸った。

「大丈夫です。長嶺さんはこのまま砂田さんと接していればいいと思います。ほんと、今は少しギクシャクしているだけです。徐々に砂田さんの方から態度を変えてきますよ」

「そうかぁ……」長嶺は思わず考え込んだ。

「そう弱気にならないでください。このエリアの長は長嶺さんなんですから。長嶺さんの時代が始まったばかりなんですから。もっとドンとしてくださいよ!」

「そうだな。ここで弱気になっちゃいけないな」

「そうですよ。弱気になる必要なんてないんです。長嶺さんがトップなんですから」

「ありがとう。なんか、中原君に相談して良かったよ」

「いえ、こちらこそです。ほんと頑張ってください。このエリアのために、みんなのために」

「ああ」長嶺は微笑んだ。

この時、長嶺は夏樹に勇気づけられ自信を取り戻そうとしていた。

しかし、その自信もすぐ覆ることが起こった。

いつものように事務所で長嶺と砂田が二人きりでパソコンに向かっていた。

あいかわらず針の筵には変わりなかった。それでも長嶺は気持ちだけはしっかり持つようにしていた。

二人で事務所にいるときクラクションの音が聞こえてきた。エリアYからトラックが到着したのだ。

トラックが来たからにはフォークリフトを使って積み荷の積み下ろしをしなければならない。

長嶺はパソコン越しに砂田を見た。

しかし、砂田はデスクから微動だにせず、頬杖をついてパソコンを眺めていた。

するとトラックから積み荷の積み下ろしの催促のクラクションの音が聞こえてきた。

長嶺は少し動揺し砂田を見た。

砂田は相変わらず頬杖をついてパソコンを眺めている。全く事務所から動く気はない。

長嶺はしびれを切らして砂田に言った。

「砂田さん。トラック来ましたよ」

しかし、砂田は相変わらず長嶺をシカトし、パソコンを眺めていた。

長嶺は優しく呼びかけるように「砂田さん」というも砂田はシカトしたまま。

到着したトラックからは催促するかのようにクラクションの音が鳴り響く。

長嶺はその音に煽り立てられ焦るも砂田は一向に動かない。

長嶺は焦りから自分から折れて、その場で立ち上がって砂田に懇願した。

「砂田さん。フォークリフト。お願いします」

そう言って長嶺は軽くお辞儀をした。

砂田はそんな長嶺を見た。

長嶺は砂田のシカトが始まってから初めて目を合わせた。

しかし、砂田はすぐ目を逸らした。

すると長嶺はさっきよりも深くお辞儀をして言った。

「お願いします!」

砂田はあからさまに舌打ちして面倒くさそうに立ち上がってフォークリフトのキーを持って事務所を出て行った。出て行く際、砂田は事務所のドアを叩き締めた。

その叩き締められる音に長嶺は顔を歪めた。

「ごめんごめん」と外から砂田の声が聞こえてきた。どうやらトラックのドライバーと話をしているらしい。

長嶺は一人事務所で深いため息をついた。

「ほんと、参ったなぁ……」長嶺は今にも泣き出しそうな顔をした。

しかし、この出来事が長嶺にとって転機となるきっかけになった。

その夜、エリアから帰宅した砂田は一人、部屋で缶ビールを飲みながら長嶺のことを考えた。

「確かに、中原とも関係が悪いし長嶺とも関係が悪いっていうのはあまりいいものではないな。それに長嶺は俺より年下といってもエリアマネージャーだ。事務所でこの関係を続けるのは得策じゃない。まぁ、あいつも頭を下げてきたし返事ぐらいするか」

砂田はおもむろに立ち上がりファンシーケースの引き出しを開けた。そこからデパートで利用できる商品券を取り出した。

「そうだな。さりげなくこれでもやるか。そうすれば話すきっかけにはなるだろう」

砂田は、長嶺へのシカトをやめる方向で考えていた。

翌日、長嶺と砂田は事務所でいつものように会話もなく仕事をしていた。

砂田はそれとなく長嶺に話しかける機会を伺っていた。

すると、突然、長嶺が席から立ち上がって砂田の傍に来た。

砂田は長嶺を見た。

長嶺は神妙な面持ちで言った。

「砂田さん。自分はエリアマネージャーですけど年下の僕がなんか生意気言ってすみませんでした」長嶺は深々と頭を下げた。

 砂田は呆気にとられた。

長嶺は顔をあげた。

「ですから、これからフォークリフトの作業とか色々お願いすると思いますがよろしくお願いします」と言って再び頭を下げた。

砂田は、呆気にとられたまま長嶺を見続けた。

まさか長嶺の方から歩み寄ってくるとは。しかも、俺に頭を下げて謝ってきた。

全く思ってもいない展開だった。

砂田は少し驚きつつ、平静を装いながら言った。

「長嶺君。俺もいろいろ大変なんだよ。そこらへんの苦労、やっとわかってくれて嬉しいよ」砂田は長嶺に笑顔を見せた。

長嶺は砂田の笑顔を見て安堵した。

「改めて、これからもよろしくお願いします」長嶺は頭を下げた。

「ああ。こちらこそ持ちつ持たれつ、堅苦しくなくいい関係でやっていこうや」

「はい!」

「ほんと、そういう関係って必要だよ。長嶺君はエリアマネージャーなんだから、うまく回さないと。俺だって長嶺君とはうまくやっていきたいと思っているんだ。それをわかってほしかったんだよ。わかる?」砂田は上から目線で、さも自分は全てわかっているような口ぶりで言った。

「そうですよね」

「いや、良かったよ。長嶺君がわかってくれて。俺もどうすれば長嶺君がわかってくれるのか、正直、悩んだから。でも、わかってくれればそれでいいんだ。二人でこのエリアをみんなが楽しく働けるエリアにしていこうじゃないか。井原さんが蔓延るような職場じゃ嫌だろ。長嶺君、井原さんのこと嫌いだろ」

「ええ、まぁ」

「もう井原さんはいないんだ。長嶺君がこのエリアのボスなんだからさ、長嶺君の好きなようにしていいんだよ」

「はい」

「ほんと、俺もいろいろ協力するから。困ったことがあったら遠慮なく俺に言ってくれ。俺は長嶺君の右腕になるよ」

「ありがとうございます」

「楽しくやっていこうや」そう言って砂田は長嶺の体を軽く叩いた。

「はい。ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ」砂田は満面の笑みを長嶺に見せた。

長嶺は自分のデスクに戻った。

すると砂田が席を立ち長嶺に言った。

「ちょっと、外言ってくるわ」

「あ、はい」

砂田は事務所のドアを普通に開けて叩きつけることなく普通に閉めた。

その後姿を見送った長嶺は砂田が出て行ってから深く溜息をついた。その溜息は砂田のシカトから解放されて安堵したという溜息だった。心が軽くなった気がした。それは今まで砂田にシカトされ針の筵にいることが大きなストレスになっていた。

しかし、たった今、そのストレスから解放されたのだ。悩みのタネが消え、頭の中が一気に晴れた思いがした。

〈気分がこんなに晴れるのならこれでいい。これでいいんだ。そんな些細なことと、とやかく言う必要はない。拘る必要はない。これが正しいんだ〉

長嶺は砂田に屈してしまった。

それは同時に権力を手放してしたことを意味している。

このことがエリアSのその後を決める転機となった。

砂田はベンチに座り、缶コーヒーを飲みながら紫煙をくゆらせていた。

「なんか、思わぬ方向に進んだなぁ。ま、長嶺が謝ってきたならそれはそれでいい」

砂田はほくそ笑んだ。胸ポケットから商品券の入った封筒を出した。

「使わずに済んだな。またの機会にでも使えばいいか」

砂田は満足げな顔をした。

長嶺は明らかに砂田への対応を間違えた。砂田への謝罪は砂田の身勝手でわがままな行動を認めたことになる。

しかし、それによって長嶺は砂田のシカトからくるストレスから解放され気が楽になった。この心の解放は長嶺にとって何物にも代えがたいものだった。

夏樹は依然として砂田にシカトされたままだった。

そのシカトはあまりにも長く露骨に続いているため、いつしかエリアSで働く人々は、砂田と関わるとシカトされて厄介な目に合うと思う様になった。それゆえ砂田に物言う人、陰口を言う人は徐々にいなくなっていった。いや、それどころか砂田の言うことに対して、「そうですね」と相槌を打って同調する人が増えていった。同調すれば砂田と面倒な関係にならずに済むと。それが砂田のわがままを更に増長させた。

しかし、それだけではない。

砂田もまたエリアSに長年住み働く力のある人や扱いが面倒くさそうな人に対してはそれとなく金券や商品券を密かにプレゼントしていた。

その金券や商品券を砂田は一体どこから手に入れているのか?

それはトラックドライバー時代から各エリアを回っていたころにそれとなく仲が良くなった人から作物を貰い、それを裏で裁いてお金や商品券を不正に得ていたのだ。

エリアSでその片棒を担いでいたのが倉持である。

倉持はトラックドライバーだった頃の砂田に訳アリ作物や高級メロンなど密かに横流ししていた。それゆえに倉持は砂田から色々なものを頂いていたのだ。

そして今、エリアSは兼松、井原という仕事真面目な邪魔者が消え、世代交代をし、砂田は事務官になった。長嶺もまた砂田に従うようになりエリアSは砂田のわがままが利くように変わっていった。

砂田はトラックドライバーと蜜月関係を築き、今まで以上に訳アリ作物や高級品の作物を横流しして、お金や商品券を着服していた。

そういう訳アリ作物は基本、エリアに住んでいる人が勝手に持ち帰っていいことになっている。砂田はそこに目をつけた。訳アリ作物に関しては自分たちで消費して構わないものだけに跡がつかない。横流ししてもバレることはないのだ。

そうやって砂田は訳アリ作物を持ち出してはお金に変えて蓄えていた。それが次第にエスカレートして高級品の作物も手に入れるように倉持のような協力者を作っていった。

そして、横流しで得た金で自分に従う人は勿論、自分に反感を持ちそうな人や口うるさそうな人たちに商品券を与えて自分への不満を抱きにくくするようにしていった。

砂田は自分の腹を痛めることなく他人を自分に迎合するように仕向けていったのだ。

まさに姑息な手段。

そういうカラクリがあることをエリアSの人々は知らない。

唯一、倉持は知っていたかもしれないが倉持は砂田の舎弟、イエスマンゆえにそんなに深く考えはしない。砂田だけの秘密事なのだ。

勿論、夏樹もそこまでは知らない。夏樹はただ砂田にシカトされ続けているだけ。それでも夏樹は引き下がることなく一貫して砂田のわがままな振る舞いを許してはいけないと長嶺に主張し続けた。

「長嶺さん、これでいいんですか⁉ もう砂田さんの好き勝手し放題じゃないですか!」

そう言われると長嶺もエリアマネージャーとして面子があるのか、「わかってるよ」とその時は夏樹の言うことに同意するも一向に行動に移すことはなかった。

それどころか夏樹からの砂田へのクレームが段々疎ましく思うようになった。

そして、それは起こった。

いつものように長嶺は夏樹から砂田のことについて言われた。

「なぜ、砂田さんのわがままを諫めないんですか! 一向に何も変わってない!」

「……」長嶺は目を瞑った。

「長嶺さんはエリアマネージャー。このエリアの最高責任者なんですよ。砂田さんより遥かに上なんです。なのになぜ放置するんです!」

「……」長嶺は目を瞑ったまま微動だにしない。どこかジッと耐えているようにも見えた。

夏樹は頭を振った。

「長嶺さんは戦ってない! 戦うどころか逃げている。長嶺さんが逃げるから砂田さんが増長するんです。長嶺さんは砂田さんを増長させている。それは長嶺さんの罪です!」

長嶺はカッと目を見開き、夏樹を怒鳴りつけた。

「ああ、うるせぇな! そんなこと言うの、お前だけだよ! 大体なんだよ! 年下の癖に生意気言うんじゃねぇよ! お前は俺より偉いのか? なぁ? 調子こいてるんじゃねぇよ! 大体、何、俺に向かって説教垂れてるんだよ! 何様のつもりだよ! 俺に偉そうな口きくな! 俺はここのエリアマネージャーとしていろいろ大変なんだよ! お前みたいに畑弄ってればいいだけじゃねぇんだよ!」長嶺は捲し立てるように吠えた。

夏樹は、黙って長嶺の言うことを聞くも返す言葉が出なかった。

夏樹は長嶺の物言いに唖然とするとともに落胆した。

長嶺も腹に溜まっていたことを一気に捲し立てて言ったせいか、息を切らせた。

しばし沈黙が流れた。

長嶺は落ち着きを取り戻して言った。

「大体、砂田さんのこと。いつまでもとやかく言うの、お前だけだぞ」

「……」

「それだけじゃない。お前は退社時刻が来たら、さっさと帰る。なんか一人、臍曲げてるみたいで感じ悪いって、みんな言ってるぞ」

「それは砂田さんがいるから帰ってるんですよ。その方が砂田さんにとってもいいでしょ。知らないんですか? 定時になって少し働いていたら、倉持さんが、『定時だぞ、早く帰らないのか』って俺に言ってくること。倉持さんって砂田さんと仲いいじゃないですか。いや、仲がいいというか、どこか砂田さんの舎弟のような関係じゃないですか。その舎弟が俺に帰れと言ってくるんです。おそらく、俺が残ってると疎ましいから砂田に帰らせろって言われてるんでしょ。だから、普段、話さないのに、そのときだけは俺に話しかけてくるんです。普通、何も話さない人に早く帰れなんていいます? 言わないでしょ。おかしいじゃないですか」

「考えすぎじゃないのか」

「そんなことないです」

「まぁ、兎に角、みんなとうまくやってくれよ。あんまり、俺に面倒かけさせないでくれ。俺はお前の方が頭が痛いよ。こっちもいろいろ大変なんだから、な」

長嶺は夏樹の肩を軽く叩いて自分の面子を保ち去っていった。

夏樹は何も言えなかった。夏樹はその場に立ち尽くし目を閉じた。

〈もう、この人に何を言っても無駄だ……〉

この時、夏樹は、長嶺が砂田に完全に懐柔されていることを悟った。



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