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シカト  作者: 東京卑弥呼
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〈2〉兆し

兼松はエリアSで人望があった。それは兼松自身が父親を介護しながら働いていたため、人の気持ちがわかる。人にはそれぞれ訳がある。訳があって国営農場に移り住んで働いている。その想いを汲み取ってくれる。一人一人に接してくれる。そういうところがここで働く者にとっては嬉しく、兼松はエリアSの人々はおろかエリアSの周りに点在する兼業農家の人々にも頼られ慕われていた。それゆえエリアSの人々は兼松に定年後もエリアマネージャーとして残ってほしいと生活向上庁に嘆願書を提出した。生活向上庁も定年を迎える兼松に嘱託としてそのままエリアマネージャーを続けてくれないかという話を持ち掛けた。

しかし、兼松は「自分もいつなんどき動けなくなるかわからない。動けなくなってからではかえって無責任」と後進に道を譲り、余命いくばくもない父と向かい合って静かに余生を送りたいという希望から生活向上庁の申し出を辞退した。そのため生活向上庁は兼松の定年の三か月前に後任のマネージャーとして長嶺和則をエリアSに配属した。

長嶺和則、三十八歳。

彼の経歴は凄い。日本で最も難しい最難関の国家上級試験に合格した超エリートである。国家上級試験に合格した者の多くは官僚になる。政治家になる人も少なくない。

しかし、エリアSに配属された長嶺は国家を動かす官僚とは程遠い、都市からも遠く離れた過疎地にあるエリアのいちエリアマネージャーという閑職に回された。

霞が関で官僚として働く者には、人の上に立ち、国を動かしていくという矜持と責任が必要とされる。

しかし、長嶺の性格は人の上に立ち、国家を動かしていくという矜持に欠けていた。人の上に立つにはあまりにも心が脆弱過ぎた。それゆえに長嶺の部下になった者は長嶺の決断力のなさに迷い、ミスを冒し後手に回ることが多々あった。長嶺は信頼を失い、役職から外され、地方の役職をたらい回しにされていた。

そこへエリアSのエリアマネージャーという職が空いたので長嶺がエリアSに回されることになった。

そもそも生活保護の受け皿であるエリアマネージャーは国家上級試験に合格するような人が就く役職ではない。国家公務員の中から希望者を募って配属されるような役職。国家公務員が最後に落ち着く、半ば終焉の職である。そこへ国家上級試験合格者が就くことなど前例がない。しかも三十八歳と働き盛り。それほど長嶺は上司から愛想をつかされていた。

そして既に、このエリアSでも長嶺の資質に疑念を抱く者がいた。

それは兼松の右腕的存在である井原みどりである。

井原みどり、五十五歳。

兼松エリアマネージャーを補佐する事務官として、長嶺が来る前から事務所で兼松と二人で働いていた。

兼松と井原のエリアでの主な仕事はエリアSに住んで働く人々の相談にのったり、エリアSに新しく来た人がここに慣れるまでサポートしたり、要は働く人の和を取り持つこと。

それ故、兼松も井原も事務所にいる時間よりも作業場に赴き、エリアで働く人々と一緒に農作業をし、汗を流し、コミュニケーションを取っていた。

エリアでの事務仕事は全エリアを統括している生活向上庁の統制システムにより管理、運営されているため各地に点在する国営農場エリアは業務の進捗状況や生産データを統制システムに入力するだけでよかった。あとはエリアが受け持つ地域に点在する国営農場を束ね、報告を受けたり、備品調達や物資の段取りがほとんどだった。

結果、エリアマネージャーにとって一番大切なことは統制システムでは管理できないもの。目が届かないもの。それは国営農場で働く人々をうまく束ねることであった。

エリアマネージャーの仕事は、それに尽きるといっても過言ではない。それがうまくできるかどうかがエリアマネージャーとして適任か否か、問われる資質であった。

井原は兼松の後継者として赴任してきた長嶺の教育係としてエリアマネージャーの仕事を教えていた。赴任してきたばかりの長嶺に国営農場で働く人々をうまく束ねる資質を問うのはまだ日が浅い。井原は長嶺に各過疎地に点在する国営農場とのやり取りや必要な備品の手配を任せた。

しかし、長嶺は点在する国営農場とのやり取りからくる備品の手配を忘れたり、重複手配したり、些細なミスを繰り返した。どうも段取りを取ることが下手なのか、そこからくる不手際が度々見受けられた。一言で言えば長嶺は頭は良いかもしれないが実務に関してはどんくさかった。

井原は長嶺が些細なミスを繰り返すようではとても国営農場で働く人々の信用、信頼がついてくるとは思えなかった。

「些細なことだからこそ丁寧な仕事が求められるのよ。よく言うでしょ。神は細部に宿るって。小さなことをおろそかにすると人に見下され、信用はおろか、誰も付いて来なくなるわよ」井原は長嶺を度々注意した。

それは長嶺も何度も同じ過ちを繰り返す自分が悪いことは重々承知していた。

しかし、毎回同じことで注意されるといい加減、辟易し、

〈この人はただ俺を注意したいだけなんじゃないのか?〉

と勘ぐるようになり、今では井原の存在を疎ましく思っていた。井原は自分が長嶺に嫌われても長嶺がエリアSで働く人々を束ねることが出来るのなら構わないとは思っていたのだが、些細なミスで人々に迷惑をかける姿を見ると、果たしてこの人に人望がついてくるのかどうか、と疑問に思っていた。



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