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シカト  作者: 東京卑弥呼
10/25

〈9〉新入り

長嶺が砂田の傀儡に成り下がり、夏樹がこのエリアSで四面楚歌になって一年が過ぎた。

井原がいてみんなとうまく楽しく働いていたころはもう今は昔。

今では夏樹に話しかけてくる人はほとんどいない。あっても仕事のことだけ。

夏樹も自分が話しかけるとほとんどの人が迷惑そうな顔をするので積極的に話しかけることはしなかった。

こうして夏樹は生来、持ち合わせていた社交性を失い、笑顔が消えた。それでも話しかけてくる人が何人かはいた。特に砂田の舎弟の倉持などは話しかけてきて、最後には「若いんだから都会に出れば」と。

要はこのエリアSから夏樹を追い出したい始末。

またそれを砂田がいるところで言うと砂田が喜ぶので倉持の決め台詞のようになっていた。

夏樹も正直、出ていけるなら出ていきたかった。

しかし、病床の母がいる。

母を置いてここを離れるわけにはいかない。その母も息子がエリアで冷遇されているのを人づてに聞いたのか、何かにかこつけて、「私のせいで夏樹に辛い思いをさせてごめんね」と謝ってくる。

夏樹はそれが一番辛かった。

「別に母さんのせいじゃないよ」

それでも美和子は自分が夏樹の重荷になっていると気を病んでいた。

〈そんなことに気を病まずに、元気になって欲しいのに……〉

いじめは、いじめられている人とその家族の心を蝕ませる。

夏樹には同い年で彼女の雅がいた。

雅も初めは夏樹がみんなと疎遠になっても一緒に話をしたりしていた。

しかし、夏樹が頑なまでに砂田の勤務態度に拘っていることが、次第に、面倒くさい、そんなことどうでもいい、と思うようになっていた。

そして、このエリアで一緒に働いている父、庄造が夏樹のことを快く思っていなかった。

「父から、会うなって言われてる」

「仕方ないよ。俺は和を乱す厄介者だからね」

「砂田さんとあんだけ仲良く話してたのにね。どうして?」

「さぁ、どうしてだろう。性分なのかな」夏樹は苦笑した。

二人は段々、話すことも躊躇うようになり自然と疎遠になっていった。

夏樹にはもうこのエリアで心許せる、気さくに話が出来る人はいなくなり、どこか孤独を感じていた。

そんなある日、このエリアSに新入りがやってきた。

エリアSの人々はエリアセンターに集まった。みんなの前に長嶺マネージャーがいて、その隣に新入りがいる。事務官の砂田も傍にいる。

長嶺マネージャーがみんなに向かって挨拶をした。

「おはようございます」

挨拶に呼応する人もいればく会釈する人もいる。朝ということもあって覇気はない。

いつものことだ。

「仕事に取り掛かる前にエリアSに新しい仲間が入ってきましたので皆さんに紹介します」

長嶺が新入りに目配せした。

新入りは一歩前に出た。

「佐野亮といいます。年は二十歳です。今まで都会で働いていましたが、なんか農業がしてみたくなってこのエリアSにやってきました。だから、農作業の経験はありません。皆さんに農業を教えてもらい、勉強しながら頑張っていきたいと思っています。宜しくお願いします」

そう言って佐野は軽く会釈した。

所々でまばらな拍手が上がった。

佐野は身長176センチで細身で丸いフレームのメガネをかけ、どことなくクールにみえる。

長嶺は佐野に言った。

「何かあったら聞いてください。みんな気さくな人ばかりだから」

「はい」

「それじゃ、仕事を覚えるまでは、佐野君は倉持さんと一緒に働いてください」

長嶺はそういって前列にいる倉持を見た。

「倉持さん。よろしくお願いします」

倉持は微笑みながら軽く会釈した。倉持は砂田を見た。

砂田は満足そうな顔をしていた。

夏樹は、一番後ろの目立たないところで見ていた。

年齢から考えれば、佐野は二十歳、夏樹は二十二歳と年が近いので仕事を教えたり、エリアのことを教えるのなら年の近い夏樹が妥当だろう。

しかし、そうはならなかった。

『舎弟の倉持に新入りを預けるのは、おそらく砂田の指示だろう。俺なんかに預けたら、敵を育てるだけになるからな』

朝礼が終わると各々持ち場に行った。

夏樹もまた一人、畑に行き、雑草を抜いたり黙々と農作業し、終業時刻がくればいつものように誰とも会話することなくあがった。

他の人は久しぶりに新入りが入ってきたこともあって、定時が過ぎても新入りの佐野を囲んで暫く談笑していた。

佐野も早くエリアに馴染むために気さくに笑顔で付き合った。

夏樹は佐野と話をする気は毛頭なかった。

おそらく、倉持から自分のことを吹き込まれているだろう。

それぐらいは容易に想像がついた。

だから、夏樹は佐野が迷惑な思いをしないように近づくこともなければ話しかけることもしなかった。

佐野が入って一週間が経過したころのことだった。

夏樹が昼食を済ませ、いつものようにエリアセンターの片隅の日陰で一人、ベンチで昼寝をしていると佐野が現れた。

「こんにちは」

夏樹は佐野を一瞥して、「こんにちは」と答えたがそれ以上、話す気はなかった。

佐野は夏樹の寝ているベンチの脇に座って胡坐をかいた。

佐野は夏樹に構わず話しかけてきた。

「中原さんは、いつもここで休んでいるんですか?」

「ええ」そっけなく答えた。

「皆さん、食堂でテレビ見てるじゃないですか? そっちにはいかないんですか?」

夏樹は寝たままの状態を変えることなく言った。

「倉持さんからいろいろ聞いてるだろう。俺のこと」

「ええ、まぁ」

「なんて言ってた?」

「まぁ、この職場の雰囲気を乱す者だとか、まあ、色々です。色々」佐野は答えずらそうに答えた。

「なら、ここに来ない方がいいよ」

「そうですか。煙草、吸ってもいいですか?」

「構わないよ」

「じゃぁ、失礼して」佐野はポケットから煙草を取り出してライターで火をつけて吸った。一服してから呟いた。

「正直、年寄の相手するの、面倒くさくなっちゃって。やれ、その若さでここに来るのは珍しい、とか、都会でなんかやったのか、とか。あの人たち、いつも同じことばかり聞いてくる。若い人が農業しちゃいけないんですかね?」

夏樹は鼻で笑った。

「そもそもここで働く人々は農業がしたくているわけじゃない。国営農場で働けば最低限の生活が保障されるから働いてるだけ。なんちゃって農業だから。本気の農業を覚えたければ、ちゃんとした農家に行った方がいいよ」

佐野は思わず笑った。

「なんちゃって農業ですか。そうなんですか?」

「そうだよ。国営農場は所詮、生活保護の受け皿。だから、就職出来ないお年寄りがほとんどなんだよ。ここでは四十代で若手呼ばわりされる」

「中原さんと樋口さんがいるじゃないですか?」

「俺と雅は、それぞれ家庭の事情でここに残っているだけで、同世代はみんな都会に行ったよ」

「国営農場は年寄りが多いとは聞いていたが、まさか、こんな年寄りばかりとは思っていませんでした」佐野は苦笑した。

「仕方ないよ。それに田舎だし。そもそも国営農場は過疎地の耕作放棄地を国が買い取って作られたから俺たちのような若い人がいないのは当たり前。まれに大自然が好きとか、田舎暮らしに憧れる人が来ることはあるけど、中々、そのまま留まる人はいない。時がくれば飽きる。都会の刺激や魅力に勝るものはないよ」

「そうですね。なんか一週間もいたらもう飽きてきました」佐野は笑った。

「農業をしにここに来たって言ってたのに?」

「いやぁ、あれは、ただの口実ですよ。ここに落ち着くためのね」

「都会で何かやらかしたの?」

「中原さんまでそれ聞くんですか?」

「いや、別にどうでもいいよ」

「ちょっとやんちゃしちゃいましてね。雲隠れのつもりでここにきました。だから、ほとぼりが冷めたら都会に戻ります」

「そうなんだ」

「だから、ここに長居するつもりはありません。それに俺は根無し草ですから一か所には留まるのはどうも苦手で」

「そうか」

「これはみんなには言ってないので、ここだけの話にしてくださいよ。でも、まぁ、ここもたいしたことはなさそうだ。あの砂田さんの扱いさえ間違えなければなんてことはない」

「長嶺マネージャーは?」

「あの人は名ばかりのマネージャーじゃないですか。何をやるにしても砂田さんに相談している。いや、相談じゃないな、あれはお伺いを立てているって感じかな。このエリアのボスがエリアマネージャーの長嶺さんではなく、事務官の砂田さんであることは容易に察しがつく。それに皆も重々承知しているみたいだし」

「まだ一週間ぐらいしかたってないのにわかるんだ」

「わかりますよ。でも、あの砂田事務官、そんなに悪い人じゃなさそうだ」

「どうして?」

「俺に、ここに来て何かと物入りだろうからといって金券くれましたよ」

「金券くれればいい人なのかい」

「なら、悪い人なんですか?」

「昔は違っていたよ。といっても一年前かな。まだ長嶺さんがエリアマネージャーになる前。砂田さんも事務官ではなく一労働者に過ぎなかったころ。それまでここには仕事に真面目な人がいたんだ。だから今よりずっと職場が引き締まっていた。それがその真面目な人が辞めて、長嶺さんがエリアマネージャーになり砂田さんが事務官になってから全てが変わった。砂田さんが突如、わがままな振る舞いをするようになったんだ。それを長嶺マネージャーが許してしまった。それ以来、このエリアの実権は砂田さんが握ってる。長嶺さんはこのエリアの長ではあるが、実質、砂田さんの傀儡に成り下がってしまったんだ」

佐野は黙って興味深そうに聞いていた。

「結局、みんな砂田さんの外面に騙されていたのさ」

「中々、面白い話ですね」

「面白い話か。確かに。でも俺は学んだよ。組織は人のわがままや身勝手を決して許容してはいけないということを。それを許容してしまうと組織は瓦解する。組織は秩序と規律で出来ている。その秩序が壊されたとき、組織は腐敗し、壊した人物の私物になる。そうなるともう元には戻らない。腐敗した組織に自浄能力なんてものはない。不正を正そうとする者は厄介者にされつまはじきに会う。俺はそのことを身をもって学んだよ」

夏樹は胸の中にある思いを全て吐き出すように言った。

それは言わなくてもいいことだったのかもしれない。

そんなことを聞かされても佐野は困ってしまうだろう。

いや、佐野も話半分に聞いているだけかもしれない。

それでも夏樹は言った。

誰にも言えず、鬱積した思いをのべつ幕なしに言いたかった。

夏樹にとって佐野が聞いていようがいまいがどうでもよかった。

ただ胸の中に溜まった汚泥を全て吐き出せればそれでいい。

佐野は煙草を消した。

「中原さんは中々面白い人だ」

夏樹はふと我に返った。

「なんか、余計なこと言ったかな」

「いえいえ、ためになります」

すると就業のチャイムが鳴る。

夏樹は横になっているベンチから体を起こした。

「ほんと、久しぶりに人と話したから、ついおしゃべりが過ぎた。なんかへんな愚痴、聞かせて悪かったね」

「いえ、構いませんよ」

「でも、わかっただろ。みんなが俺を避ける理由が。厄介者には誰も関わりたくないのさ。だから佐野さんも俺に近づかない方がいい。その方がみんなとうまくやっていける」

「わかりました。また来ます」佐野は微笑んだ。

二人はそれぞれの持ち場へ戻っていった。




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