29話 普通のおじさん、油断してしまう。
北の大陸、アルランに到着した私たちの第一声は、凄い、綺麗、美しい。
ではなく――。
「「「寒い」」」
だった。
「到着、到着ー!」
船の鐘がカンカンと鳴り響く。運賃は既に払っているので、大勢がゾロゾロと外に出る。
これほどの人数が乗っていたのかと驚いた。
老若男女、だが共通しているのは、皆が温かい服を着ていること。
北なのだから当然かもしれないが、異世界で冬なんてあまり見たことが無かった。
大体夏服だし、季節なんて関係なく兵士は鎧を着ている。
そういえば、真夏の場合、鎧はどうするんだろうか。
「し、シガ様ーど、どうしましょ!?」
ククリが、ガクガクブルブルと身体を震わせている。エヴァはその影に隠れながら歯をカタカタを鳴らせていた。
このままでは凍死してしまう。
いや、実際には別に雪などは降ってないのでそこまでだが、ここは大袈裟にしておこう。
少なくとも風邪を引くことは可能性として高い。
近くに港町はあるが、今は早朝、のんびり宿に泊まってるにしてはもったない時間だ。
できれば出発し、距離を稼ぎたい。
つまり――。
「お買い上げ、ありがとにゃーん♪」
ぽてんっと、黒くて柔らかいものが落ちてくる。
レディース用、キッズ用、そして大人用。
少し値はしたが、今後のことを考えると安いものだ。
私はそれを二人に手渡す。
流石に辿り着いた国では怪しまれて着られないだろう。なので、道中だけだ。
半信半疑で袖を通した後、ククリとエヴァは同時に声をあげた。
「暖かいです!」「あたたかい!」
うむ、ばっちりだ。
そして私も――ウニクロダウンジャケット(Nyamazonバージョン)を羽織る。
最高だ。おそらく異世界でこれを着たのは私が人類初なんじゃないか。
少なくとも私は見たことがない。空気の断熱層が、私たちを温めてくれている。
ちなみに私の色はグレーだ。落ち着いて見えるし、それでいてシンプル。
おそらく、この話は誰も興味がない。
「シガ様、馬車が行ってしまいました……」
「な!?」
服を着替えている間に、第一陣の馬車が出発してしまった。
次が来るのは半日後、となると選択肢は二つ、港町で時間を潰すか、歩くか。
「あったかい、むてき!」
「無敵だねえ、エヴァちゃん」
無敵という単語がこの世界でもあることを知る。
いや、今は置いておこう。
私たちの旅は今のところ平和だが、今後の安全の保障はない。
エヴァの魔法を知って追いかけて来ている輩がいないとも言い切れない。
……答えは一つか。
「このまま歩いて進もうと思う、二人とも大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「私もだいじょうぶ」
エヴァを安全な国へ移動させるのが、私の任務だ。
それだけは忘れてはならない。
だが――。
「ククリ、エヴァ、これを飲みなさい」
「え、これエイヨウドリンクですか!? あれ、なんだか温かい」
「あ、あつい……」
「『おしるこ』と『コーンポタージュ』だ。どちらも美味しいが、好みだな」
ジャケットのついでに購入したのだ。
手に火魔法を漲らせ、適温まで温めておいた。
私の能力も進化しているらしい。繊細な技術も出来るようになっている。
まあ、何がいいたいかというと……旅は、楽しくなきゃならないってことだ。
後、冬はあったか~い飲み物が欲しくなるだろう?
「シガ様、あそこに馬車が! 一台だけ残ってるみたいです!」
「なに!? 急ぐぞ! エヴァっ、おしるこは後で飲みなさい!」
「え、ええ!? おしるこーーー」
エヴァを担ぎ、私とククリは走った。
おそらく、異世界に来て一番機敏だったかもしれない。
無事に運賃を支払って、次の国まで乗せてもらえることになった。
目的地ではないが、経由して向かう予定の国だ。
乗り込む馬車、揺れる馬車、荷台馬車。
それっぽく言ってみたが、全然ラップにならなかった。
それよりも船に比べると揺れが少ない。
以前は思わなかったが、まるで赤ん坊の揺りかごだ。
私はおじさんだが、まだ成長しているらしい。
「シガ様――」
「ククリ、ポテトチップスはまだ早いぞ」
「ふふふ、違いますよ。来てください」
そう言いながら、ククリが自分の膝をぽんぽんと叩いた。
どういうことなのだろうか、なぜ膝を……ああ、瞼が……。
「知っていますよ。船でずっと私たちを見てくれていましたよね」
「……違う、あれは酔いが――」
「それでも、シガ様はずっと私たちの傍から離れませんでした。守ってくださいました。だから、今はゆっくり休んでください。エルフの膝は強いんですよ!」
「……ありがとう、すまないな」
「シガ、わたしも頭を撫でてあげる」
「はは、エヴァもありがとう」
遠慮がちにククリの膝で横になる。
ああ、随分と気持ちがいい。
馬車の揺れが、私の眠気を……。
「おやすみなさい、シガ様」
「おやすみ」
薄れゆく意識の中、私は二人の天使の笑顔を眺めていた。
ああ、まるで……家族みたいだな……。
幸せだ……。
――――
――
―
「――シ――さま」
「――シガ様」
「ん……」
「着いたみたいですよ」
「ああ、ありがとう……」
寝ぼけ眼で目を擦りながら状態を起こす。
馬車は既に止まっていた。
外は暗い、私はかなり長く眠っていたみたいだ。
「すまない」
「いえいえ、私も眠っていたので大丈夫です!」
優しい子だな……。
しかし外に出ようとした瞬間、私は変化に気づく。
「ククリ、エヴァ、下がれ」
「どうしたんで――」
剣を抜き、魔力を高めた。
――外には数十人、全員が剣を構えている。
馬車が一台だけ残っているという状況に、もう少し考えるべきだったのかもしれない。
私たちは、罠にハメられたのだ。
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