7 アゲハと言う少女について
私はようやく素直な感情を覗かせるアゲハを見て、ホッとした。
仕方ないという想いとこれではいけないという気持ちがせめぎ合っていたことにイチロウは気付いているのか、黙ってくれていた。
アゲハはまるで生気がなかった。
いや、この世界で生きている以上はどこか達観するとか、感情のふり幅を小さくしないと生きていけないことも多い。
だからこそ、この世界の全ての生きている人間をサバイバーと呼び、生きているだけでも賞賛されることだと定義を浸透させ、滅びゆくだけではなく、明日を夢見ること。
それこそが自分たちの本分であり、それがハンターズギルドが世界を率いることになった理由でもある。
生まれてからずっと、ギルドの構成員として活動してきた自分にとって、アゲハが自分にとってどういう存在であるかということよりも一人の少女がただ無為に生きていると感じたことの方がつらかった。
最初は自分とゴルックを助けてくれたという存在に感謝をしたい一心だった。
こんな言い方をすると酷いが、襲ってきた相手は自分としては格下の存在だと言える。だから別にどうにか出来た。
それなのにエーはイチロウに連絡を取って、イチロウも即座にアゲハへと連絡を流した。
今にして思えば二人とも知っていたのだろう。
アゲハの心が芽を出し、息吹を上げる前に腐りかけていることに。
代り映えの無い日常をただ繰り返すだけを繰り返し続けることが出来る者はそうはいないことは誰であろう自分が良く知っている。
変化というよりは強い刺激を与えることで応急処置のような高揚感を与えたかったのだろう。
それも間違ってはいない。
そう思ってはいたが、やはりこの部屋を訪れた瞬間から私はどうしてもその程度のことでは意味はないと思えてならなかった。
ケガをしたというから、私が持っていた医薬品を提供し、助けたアゲハが少女だから看病という点で問題が起きた。
他に女はいたが、アゲハを面倒みるほどの余裕がほとんどなかったのだ。
そうなると手持ち無沙汰になった私がいるわけで、流れとして看病をすることになった。
そして、信頼していたナノマシンは無事に治療を終え、あとは血を失ったのだから療養すれば、寝れば問題ないとアゲハを彼女の部屋にはこんだ。
そこは殺風景で小物もほとんどない部屋。
男の部屋でももう少し生活感があってもおかしくないはずなのに、年頃の少女の部屋と考えると本当に何もない。
姿見といった自分を確認するものが無いことに男が仕切っている集団の駄目さが伺える気がしたし、唯一、生活感があると思えたのはボロボロの絵本が大事そうにあったことだ。
見覚えがある。
こんな世界になっても、いや、だからこそという意味で絵本が多く作られた。
その中でもこの世界を子供に教えるという意味で誰しもが知っているであろう、『ふるいじだい』と『せかいはふしぎでできている』といったものと見たこと無い本。
アゲハをベッドに寝かせ、何かあるとは思っていないが、することもないので気になった本を手に取るのは当然だった。
それは私が良く知る人が体験したことがそのまま絵本になっていた。
「姉さん……」
その絵本の主人公は自分の姉で間違いない。
イチロウが私を見て、アゲハに近寄らせないようにと奮闘していたことからも、それ以上にアゲハを見た瞬間に即座に分かったこと。
アゲハは自分の姪である。
姉であるレインとイチロウの娘。
たぶん、エーの妹。
そこまで来てようやくというか、ずらずらとアゲハのことが気になり始めた辺りに自分の白状さが窺えて、苦笑を漏らしていたことだろう。
「アゲハの様子は?」
音もなく、部屋の中にいたイチロウに問いかけられてから、彼を見た。
「問題ない。最高級品だ」
「……旧時代の?」
「あぁ。問題があればケガ以外も全て直るだろう」
「あれを使ったのか」
「恩人に報いるのは当然だと思うが?」
「恩人だからか?」
「建前はそれだが、姪を助けるのに理由はいるか?」
「……レインは死んだ」
「そうか」
私が来たということを知っていて、出てこないことで理解は出来ていた。
「レヴォリューションの襲撃で……」
「だからか」
ようやく腑に落ちた。
どうして低ランクのトレーダーなのに、レヴォリューションが関わる時には高ランクと遜色ない結果を残すのか。
敵討ちなのだ。
そして、エーという青年が意気揚々としているのは彼がしたい事をしているからであろうということも分かる。
「アゲハは……」
「復讐を望んでいたよ」
「それなのにか?」
イチロウは私の言葉に遠い目をした。
「だからと言って娘を修羅の路に進めることを嬉しく思う親はいないだろう?」
「それがこんな鳥籠の中の鳥か?」
イチロウは私が言いたいことをしっかりと理解している。
そして、私の言葉に力なく項垂れている辺り、彼自身も理解しているのだろう。
アゲハは籠の中に収まらないほどに成長している。
助けるにはあとは壊すしかない。
「……それにアゲハはレインの娘だ」
「それが、いや、そうか」
イチロウは知らないのだ。
過去、全てのエージェントが精密検査を受けるようにと指示を受け、長い時間経過観察をされた本当の理由。
だというのにイチロウは正しく仮説であったエージェントが子を成せるという机上の空論を証明している。
「信じろ」
「……」
私はそう口にした。
それは既に私が現ハンターズギルドのギルドマスターであるからこそ、最初に言うべきことだと思う。
私が真剣であることは理解していることだろう。
「それも含めてアゲハが目覚めたら話をしないか?」
「そう、だな」
頷くイチロウ。
「あぁ、それと……」
「まだなにか?」
「アゲハ、いや、可愛い姪に最上級のご飯を用意しても良いかな?」
「……任せる」
賞金首であるリヴァイブルバードを倒したということは即座に大金が手に入ることが確定している。
話を聞けば旧時代の遺産を見つけたのもアゲハだというのだから、彼女は今とても運が向いていると誰もが思っているだろうし、誰もが彼女を特別視している。
寝ている病人に迷惑をかけることはしない分別はあるのだろうが、宴は延々と盛り上がっているのは容易に想像できる。
だから、奮発してご褒美を用意することに否やは無い。
イチロウにとっても申し出はありがたかったのかもしれない。
「じゃあ、こちらから食材のいくつかと料理人を提供するから……」
「何か?」
「多少は食材の融通を利かせてね」
「……おい」
「好きにしていいのよね?」
「待て、誰が料理を……」
「筆頭は私よ、もちろん」
「嘘だろ?」
残念ね。
私は今、とってもお腹が減ってるのよ。
満面の笑みをイチロウに向ければ彼が青ざめる。
「可愛い姪の存在を教えなかった嫌がらせではないからね」
「嘘だろ?」
私は無視して部屋を飛び出す。
「看病は」
「必要かしら?」
「……っく」
再度、言い負かせばあとは、振り返ることもしないでそのまま調理場へと進んでいく。
美味しい物を食べるための努力は手を抜かないのが私のポリシーでもある。
それに食べさせたい相手がいる以上、妥協する基準を高めるべきだと私は気合を入れなおすのだった。