6 難しい話よりもごちそう
「エージェント?」
「正確に言えば、ギルドエージェント。30年前に旧時代の技術を模倣して作られた作為的超人兵器として生み出された16人の少女たちのことを指す言葉。成功したのが16人であって、被験者はもっと多かったはずよ」
「そんなことが……」
「別にこんな世界を生き抜くのに倫理観や道徳心に裏打ちされた行動こそが正しいなんて、杓子定規な話は無いと思うわよ?」
「まぁ、そう言われてしまえばそうですね」
スノーさんの発言にエーが問いかける。
それになんということもなく答えようとするスノーさんの言葉。
「そして、私もその一人」
「やっぱりですか」
「そうよ。じゃないと並み居る強者が集うハンターズギルドでギルドマスターに成れないもの」
「……世界最強?」
「惜しいわね。私は辛うじてこの地位にいるだけよ」
というか、今更ながらエーがスノーさんをマスターと呼んでいたのはギルドマスターを略した呼び方だったのかと気付くし、ハンターズギルドのギルドマスターと言えば、この世界でも最強の人間と言う話を聞いていた。
私は無意識に畏怖の念を込めて言葉にしたのだが、スノーさんは疲れた顔で首を振った。
「そうなんですか?」
エーが驚いたように聞き返す。
「確かに私も戦闘力という点では秀でてはいる。でも、分野を分けてみれば戦闘では姉さんたちには勝てないし、カリスマという点ではアンナに劣る。操縦という点でもカーネルには遠く及ばないわ」
「お姉さんたちは知りませんが、聖女アンナにビークルキングのカーネルと言えば、伝説的な現役のサバイバーですね」
「マリアたちは生きているのか?」
「そうね。亡くなったのはビショップくらいなものね」
エーが驚いたようにスノーさんが名前を上げた人たちを確認する。
エーはその名前の人物のことを知っているらしく、納得するようでもある。
父が割り込むようにマリアって人たちのことを聞いた。
苦笑交じりに応えるスノーさんは疲れているようにも見える。
「そう、なのか」
「そうよ。あなたたちに説明する暇すら無く、いなくなって、しかもご丁寧に死の偽装まで完璧にしてくれたおかげで、死んではいないだろうけど見つけ出すのは無理だろうって全員手を引いたんだから」
「先代からの指示でもあったしな」
「うわぁ……そういうことかぁ」
父の言葉にスノーさんが頭を抱える。
「だから、マリアすら、なのね」
「定期的な連絡は一応、マリアにはしてあったが?」
「それをわざわざ私たちに教えてくれるわけないでしょ」
「そうかもしれんな」
どうやらスノーさんと父は昔の知り合いらしい。
ただ、スノーさん達の元からいなくなった父とたぶん母を案じていた人たちはいたという話らしい。
「……もしかしなくても工場の発見については?」
「マリアに報告した」
「入れ違いかな」
「それで来たのではないと?」
「えぇ。この期待の新人、エーがどう見てもあなたの関係者にしか見えなくてね」
「それとトレーダー登録だけしかしてないのにちょっと目立ってね」
「私が要注意するように言伝したせいもあるんだけど、エボリューションの手先なのではと問題になったの」
「……エーが気になっていた上で、エーがヘマをして疑われたから、お前が出張ることで真偽を確かめるということで落ち着かせたと?」
「そう言う話ね。まぁ、お気楽な小旅行のつもりで賞金首に追いかけまわされて面倒な目にあったという事かしら」
なんか、大人の会話が進んでいるというか事情の確認が発生している。
面白くないというか、いや、興味はあるんだけど、それよりも目の前に用意された料理の方が気になる。
「アゲハ」
「……っ、はい」
アイがそっと近づいてきて声をかけてくれる。
真剣な話し合いの最中にご飯に気を取られていたことを誤魔化したくて、声を飲み込んで、どうにか静かに答えた。
アイはいつもの仏頂面ではなく、薄っすらと笑って教えてくれる。
「お前は丸一日寝ていた。外傷は回復しているが、砲台から引っ張り出された時、頭から血を流していた」
「そうなんですか?」
アイの言葉を聞いて頭を触るが傷があったとは思えない。
「嘘ではない、が、既に完治までしている。それが出来る医療ナノマシンを使用してくれたんだ」
アイが誰がとは言わないが目でそんな超高級品を使ってくれた相手を教えてくれる。
父と談笑している彼女。
「だからというわけではないが、この料理についてもあの人はお前に食べて欲しいというか、なんていうんだろうな」
「……」
「あの人はお前に美味しい物を食べて欲しいと思っていそうだった。話し合いは大事だが、きっと、お前が聞くべき話だからここで話しをしているのであって、優先して欲しいのは……」
「優先して欲しいのは?」
「冷めないうちにこれを食べることじゃないかなと、俺は思う」
アイが悪戯っぽく笑う。
そう言う表情をするとやっぱりジェイも含めて自分たちの兄だと思えるから不思議だ。
「じゃあ、兄さんに従っておきますか」
私は行儀が悪いとか、一応、場の空気を壊さないようにと手を付けるか迷っていた食事に手を出す。
とりあえず、明らかにメインと思われる何かの肉のステーキへとフォークを伸ばす。
既に食べやすい大きさにカットされた一欠けを刺しとって、そのまま口に運ぶ。
「うまぁ……」
口に入れて噛みしめた瞬間。
私はあまりの美味しさに感動を覚えた。
ただ、間の悪いことにちょうど私が感動で感想を口にした時、誰もしゃべっていなくて部屋には私の独り言だけがはっきりと響いたのだった。