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5 談笑のような何か

「アゲハ起きて」


 優しく揺り起こされているのを感じて、意識が覚醒する。

 スッキリとした目覚めだった。

 モンスターの戦闘が続く時などに備えて仮眠をとる癖をつけているので短期間で深く眠るのは得意だった。


「兄さん?」

「久々にそう呼んでくれるのかい、アゲハ?」

「……死んでください」

「おぉ、ようやくお目覚めかな?」


 不覚にも昔の呼び方をしてしまった。

 別に兄のことが好きだったのかもしれないが、好きだったという話だ。

 今では割と嫌いになっている。

 

「父さん、アゲハが反抗期になったみたいだ」

「原因はお前にあるからな」

「そうかな? 父さんの……」


 エーは立ち上がってベッドから離れていく。

 兄さんなどと心の中で呼びたくない。

 あの人は血のつながっただけの他人だ、他人。

 そう思うようにアイツの呼び方は今後ともエーで十分だろう。

 私の部屋に何故か五人分の椅子が置かれていて、そこにはスノーさんと父とアイと見知らぬ男性がいた。

 対峙するようにスノーさんと男性が座る席の反対に座ろうとしたエーがそう言った途端、鉄拳が出る。

 最速で立ち上がって、ゲンコツを叩き込んだ父さん。

 

「腕は落ちてないのね」

「ほぅ……やるな」


 スノーさんがその動きを褒めて、男性が楽しげに笑う。


「やっぱりマスターは父さんを知ってたか」

「……お前」


 エーがニンマリと笑う。

 父がエーを睨むが、そんなことで怯むような人間ではない。


「まぁな。お前を見た時に感じた部分も有ったがな」

「あらら、そうなんですか?」

「隠してはいたぞ。それでも見抜けるほどに覚えていただけだからな」

「へぇ……」

「あの閃光殿と同じ癖があるのだから、それと同じ動きは出来るだろうと思ったよ」

「その名を出すな、恥ずかしい」

「そうかい?」

「ほほぉ……」

「閃光?」


 起き抜けにいきなり雰囲気が殺伐とする中で私は口を噤んでいたが、なんとなく気になったので声を上げてしまった。

 閃光というとイメージはとても早いという話である。

 それにどう考えてもエーにその面影を見ているということは父がそんな呼び名で呼ばれていたということになるわけだ。

 ジェイが昔、吶喊とかいう呼び名で呼ぶように周りに言い含めていたのを率先して止めていたのが父であるということからもなんというかイメージが湧かなかったのだ。


「一線は退いたかな?」

「これでも既に53だぞ?」

「あぁ、そうか。私たちの尺度で考えるのはいかんな」

「そうしてくれ。それにそんな呼び名を吹聴していたのはレインだ」

「へぇ、母さんが」

「そうだったな。自分の恋人にはカッコよくいてくれないと困るとかなんとか」

「なるほど、正しくスノーの姉であったか」

「ゴルック、それはどういう意味かな?」


 スノーさんが見知らぬ男性に鋭い視線を向ける。

 殺気交じりと言っていいが、美人は何をやっても目を惹かれる。

 

「巻き込まれた過去のことを色々と思い出すな、と」

「苦労してるんだな」

「父さんの反応的にウチの母さんは凄い人だったんだね」


 ゴルックさんが苦笑交じりに返答し、父が哀れな同朋を見つけたようにしみじみと言葉を発し、エーですら真顔で遠い顔をしている。アイはよく分かっていないが、それでもゴルックさんに同情的な視線を向けている。

 いったいどういうことが彼らの身にあったのかと気になる。

 私は好奇心にまかせて彼らにそれを問いかけようとした。

 この場にいる男性全員がなぜか一気に仲良くなった様子と私がそれに興味を示したことに気付いたスノーさんが喉を鳴らす。

 

「そう言えば、アゲハにご飯を用意したんだが」

「聞いている。助かるというのか、余計なお世話というのか」

「好意は受け取るものだぞ」

「まぁ、振舞われたものは好評だったからな。そこはいいとするが……」

「歯切れが悪いな」

「高級食材ばかりだったことと備蓄にも手を出したことがな」

「その程度のことだろう。私がその分の補填については責任を負うから気にするな」

「そうして俺がまたここまでとんぼ返りになると」

「ゴルック。そうは言うが、旧時代の工場の発見についてはどのみち調査員の派遣が必要になるだろう」

「貨物があるのとないのとでは難易度が変わるんだが?」

「……そういうこともあるだろうな」

「はぁ……」


 ゴルックさんの大きなため息。


「調査員の派遣?」

「そうだな。今回はただの事実確認でしかなかったのだが、ハンターズギルドとして価値ある発見について見過ごすわけにはいかない」


 私はスノーさんの言葉に何とも言えない不穏さを感じて聞き返していた。

 そしてハンターズギルドという言葉にドキリとしてしまう。

 この世界を統括する巨大組織。

 それこそがハンターズギルドだ。

 モンスターの討伐から、トレーダーの取り締まり、果ては郵便やら引っ越しやらとなんでも手掛けているこの世界の便利屋というか、何でも屋だ。

 逆に言えば、この世界で生きていく中でハンターズギルドに関わらないでは生きていけないし、ハンターズギルドに嘘を言うのは世界に嘘をついて世界を敵に回すことと意味合いとしては近い。

 この地域に住んでいるが、私たちは放浪者としての生活をしているわけで、そうするとハンターズギルドとは一定の距離を取っていても問題はない。

 だから、工場の発見は旨味のある発見であったが、そこにハンターズギルドが関わってくるとややっこしいことになるのではと思う。

 特に思いつくこととして権利関係などについてが心配になる。


「まぁ、こっちも正規のギルド員であるんだが?」

「そうは言うがな。ここ20年間も音沙汰無しの会員の報告だけで、はい、そうですかと受け入れられる内容ではないだろ?」


 正規のギルド員。

 父の言葉に私は首を傾げてしまう。

 いや、私だけではない。

 エーとアイは目線を合わせて確認し合って、やはり首を傾げている。


「それにお前はきっと工場の報告はきっちりするだろうが、アゲハのことについては隠していただろう?」

「……」

「沈黙は肯定だぞ。まぁ、その原因がこちらにあると思っている以上は仕方ないか」

「どういう意味だ?」


 スノーさんの言葉。

 まるで誤解があるとでも言うような態度に父がまなじりを上げる。

 怒っているというよりは困惑しているともとれる態度だ。


「最初に言っただろ。私たちは決して君達と敵対しないし、君達を否定しない。その上で、イチロウ、君に私の片割れを預けているのだ」

「そうだな」

「もしも君が感じていた不信感の通りのギルドであれば、出会い頭に殲滅戦になっていてもおかしくないのでは?」

「そうだな」

「そう思わせないために面識がある私が出向いたのだよ」

「……そうか」

「そうだぞ、しかもセクシーバニーの衣装までおまけしてやったんだ」


 その言葉に男性陣がさっとスノーさんから視線を外す。


「セクシーバニー?」

「気になるなら後で見せてあげよう」

「やめろ」


 父が物凄い声で窘めてきた。


「そうだね。あれはアゲハにとって良くない代物だ」

「カーシャが鬼になった」

「あれはスノーの悪ノリだろ」


 男性陣が口をそろえて否定している。


「うっす、料理のお届けです」


 そんな奇妙な雰囲気をぶち壊した男。

 ジェイが部屋に入ってきた。

 両手で配膳用の大きな皿を持ち、その上にはおいしそうな匂いが立ち込める料理たち。

 

「アゲハに」

「はいはい。エロエロお姉さん」

「エロエロ?」

 

 ジェイはもうそれはそれはデレデレでスノーさんに接する。

 心なしか鼻の下が伸びていて、下品である。


「おっ、起きたのかアゲハ。そうだぞ、飛行機の中から出てきた時にな旧時代のエロ本だっけ、あれに出てもおかしくないような衣装で……」

「ジェイ……」


 父の制止は遅かった。

 

「やはり、ああいう衣装は好意的に受け取られるじゃないか」


 ほら見ろとしたり顔なスノーさん。

 何故だろうか、とっても残念な気持ちになるような、絶対に似合っていただろうなと思うような。

 なお、今のスノーさんはジャケットまでしっかりと着てズボンと厚底靴を履いていて、キッチリとした軍の人と言った雰囲気だ。

 

「料理を置いてさっさと出ていけ」


 父から本気の怒気と殺気がジェイに向けられる。

 震えあがったジェイはベッド用の机を用意し、料理を置いたら逃げるように出ていった。


「はぁ……」

「何が気に食わないのか」

「「「……」」」


 大きな大きな父の溜息と不満そうなスノーさん、そして、口を閉ざす残りの男たち。


「話が逸れたな」

「そうだな」

「私から伝えられるのはただ一つ」


 スノーさんが場を仕切り直す。


「エージェントについてのギルドの位置づけだけだ」


 父の雰囲気が一気に変わる。

 父はとても真剣だ。

 大切な話なのだろう。

 だというのにその言葉を受けて私を最初に見つめてくるのはどういうことなのか。


「そして、エージェントの子供たちについても、話させてくれ」

「もちろんだ」


 スノーさんの言ったこと。

 父の表情。

 それからして分かってしまう。

 この話はきっと自分にはとって無関係でいられない話だということを。

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