4 少女の起床と初対面の美女
喧騒。
それと瞼に刺さってくる光の感触。
意識が浮上する。
夢を見ていた気がするけど、その内容はもう思い出せない。
悲しい夢ではなかったと思う。
もっと言葉に出来ないけど嬉しい夢。
「あら、目が覚めた?」
聞いたこと無い声。
瞼が重い。
それでも最後の記憶は落ちていく砲台の中の景色。
そういえば、あの鳥はどうなったのかと思う。
「兄さん……」
口から勝手に出たのはそんな言葉だった。
置いていった相手だというのに、それでも父よりもやっぱり兄の方が大切に思えていた。
「……寝起きの第一声が兄さんなんて、ずいぶんお兄さんのこと好きなのね」
「嫌いです」
「そうなの?」
「そうです。あの人は割と人としてだらしないので」
「そうかしら?」
「そうですよ」
瞼を開けば電灯の明かりが目に眩しい。
目を細める。
見慣れた天井。
ここは自分の部屋だと思う。
「ここはあなたの部屋よ」
「そうですね」
「えぇ、まさか、あんな物を持っているとは思ってなかったわ。とても助かったけど」
「助かった?」
「そうよ。あの機体に乗っていたのよ、私」
「飛行機に?」
「飛行機かぁ、まぁ飛ぶものだから飛行機でもいいか。そうよ、その飛行機に乗っていたの」
私のベッドに座っている女性。
年齢は20代後半くらいかな。
色々と凄い。
スタイルがとんでもない。
おっぱいでかいし、お尻大きいし、顔、綺麗だしと目が回りそうになる。
カーシャがいたら襲い掛かっていてもおかしくない。
最近では私にも敵意を向けてくるのだから困ったものだ。
別に胸やお尻の大きさがすべてではないと思うのだが、幼女にも見える彼女にとってみればコンプレックスなのかもしれない。
名前が分からないから美女とでも呼ぼう。
もちろん、声に出さずに心の中でだが。
「タバコいいかしら?」
「どうぞ」
タバコは嫌いじゃない。
タバコが身体に悪いとか聞くのだが、それでもこの世界で生きていく上で嗜好を楽しむのは気休めでも必要だ。
私の楽しみは身体を鍛えることになりつつあるのだが、それはまぁ、この世界で生きている人間としては真っ当な方だろう。
それを口にした途端にあのカーシャが私を哀れな物を見るような表情を浮かべたことでこれを人前で言うつもりはもうない。
アイからも生暖かい目を向けられている気がして、最近では趣味や楽しい話題を口にしていないなと思考が脱線する。
「……すぅ、はぁ……」
タバコを吸って、煙を吐く。
仕草は誰がやっても同じだろうと思うが、この人がやると貫禄というのか、それとも妖艶さというのか、ドキドキする。
「……」
見惚れるように静かに吸い終わるのを待つ。
「大丈夫?」
「えぇ、どうぞ」
「どうぞって、変な子ね」
「……うっ」
なんというのか同棲だろうと思うのだが、カッコイイと思う人から変な子と言われて胸が痛い。
「まぁ、気分が悪いとかは無いのね?」
「大丈夫ですね?」
そう聞かれるということはケガを心配されているのだろう。
私は自分の身体を確認する。
別に折れたとかケガをしている感触を感じない。
「まぁ、マーティアス製だったからそこまで心配はしてなかったけどね」
「マーティアス?」
「旧時代において世界最高と謳われた兵器開発会社。この時代においてもまだ稼働してたりとか、そう言う意味では本当にとんでもない技術力よね」
美女さんは苦笑交じりでそう言った。
「正直、お尋ね者のリヴァイブルバードに追われることになって、これは不味いかしらとか思っていたのだけど、そういう心配がバカみたいになったわ」
「倒せたんですか?」
美女さんの口ぶりから一世一代の勝負は成功したらしい。
「倒せたわ。あの西方地域では地獄の使者とか殺戮の暴風とか呼ばれてた存在が呆気なくね」
「良かった」
「狙いが良かったというよりも作戦が良かったのよ?」
「分かってます」
「分かってはいるのね」
練習はしていた。
目標を狙うくらいのだけど。
それが実践では役に立たないのも知っていた。
それでも哨戒として索敵する分には問題はなかった。
だから成功したのは兄の作戦が上手くいったということを理解しないといけない。
「まぁ、自分がどれだけのことをしたのかは分かっていないだろうけど」
「……分かっていない?」
「分かってないことが罪なことも多いけど、この場合は分かってない方が余計な気負いや驕りも持たないだろうからいいのよ」
「はぁ……」
美女さんは私の反応に困ったようにしつつ、どこか嬉しそうだ。
「さてと、アゲハが起きたことを皆に伝えてくるわね」
「えっ?」
唐突に名前を呼ばれて驚いてしまう。
「自己紹介がまだだったわね。私の名前はスノー。他にも色々と自己紹介することはあるんだけど、それはまた後でね」
美女、スノーさんが立ち上がる。
「お腹空いたかしら?」
「……空きましたね」
指摘されると忘れていたようにお腹が鳴った。
「連れてきたメンバーの中に料理が出来る奴がいるし、材料はあるみたいだから期待してなさい」
そう言って、部屋を出ていく。
歩き方がとってもカッコイイし、隙が無い。
屈託ない雰囲気を醸し出しているがとんでもなく強い人のように感じる。
強い女性。
身体を鍛えるのが趣味と思える自分にとってスノーさんはいきなりと思うが目標にしたい相手ランキングで一気に上位になった。
「起きよう……」
「あっ、ベッドから出ないで大人しく待ってなさい」
ベッドから出ようとしていたら思い出したように戻ってきたスノーさんにそう言われる。
「えぇっと……」
「寝てなさい」
「いや、でも……」
「寝てなさい?」
「はい」
どういうわけか笑顔が怖いスノーさんの言葉に従って、ベッドに横になる。
「ご飯の準備に少し時間がかかると思うから、寝ちゃいなさい」
「……はい」
頷くしか許さないとでもいうような雰囲気。
これは殺気なのではと勘違いする感覚で目を閉じる。
「お休みなさい、アゲハ」
優しくどこか懐かしい声。
スノーさんとは初めて会ったはずなのにと疑問を覚えるが、抗い切れない睡魔に意識が途絶えた。