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3知らなかった事と異常事態

「いまそれを聞くのか?」

「正直、お前を外に出したくない理由をまだ喋る気はない」


 足が止まっている。

 こうやって止まってしまえば昇るのが億劫になるのは知っているので、無理やり足を動かす。


「知っているな、功労者にはそれ相応の褒賞がある」

「知っているさ。だから、エーたちはまだトレーダーを続けている」


 そう年上の連中の一部がここを出て活動しているのはトレーダーという職業を成立させ、ここと近隣の町とを繋いだ交易を成立させているからだ。

 ここは平穏に生活できる場所だ。

 もちろんモンスターの心配はある。

 いや、この世界にはいつでもどこでもモンスターがいるのだが、この地域には比較的弱い存在しかいない。

 先ほど倒したバードと呼んでいる黒い巨鳥くらいしか問題になる相手はいない。

 しかもバードが問題になるのは繁殖期でかつ、群れが襲来した時のような限定的な話だ。

 もちろん、一人で5匹と対峙すれば危険な相手ではあるが、バードはそんな数が揃って行動することの方が少ない。

 まぁ、それでもモンスターであり弱いとしても体内には金属を生成するのだから、収入源としての狩場と考えるとこの地域はとんでもなく美味しい場所である。

 

「そして、お前は昨日皆から認められた」

「カレー工場のことか」


 話しながら駆けて、壁を蹴ったり、柱を掴んだりしていく。

 フロアを一つずつ上がっていくのだが、疲労感も溜まるが階段で上がるのとさして変わらない速さで進んでいく。

 

「そうだ。昨日も言ったが安住の地を手に入れたと……」

「そうだったな」


 安住の地という意味には色々な面がある。

 今いるここも安住の地としてはかなりいいのだ。

 モンスターは弱く、外敵も来ない。

 問題としては食料の確保と他の地域との交流がとんでもなく難しいという点だ。

 他の地域に行くためには東にある森を抜けないといけない。

 森。

 木が立ち並んでいるというだけではない。

 あの森はとんでもなくモンスターのレベルが高いのだ。

 バードなどが塵みたいに感じるほどに弱い存在でしかないと体験できるほどの存在が多くいる。

 例えば、カマキリ。

 昆虫のカマキリという種族がいたらそれを100倍くらい大きくして、体組織が一部金属化した奴を筆頭に結晶が身体を覆っている猪とかが跋扈している。

 この地域のモンスターを例えば1という基準としたら森は200とかそういうレベルだ。

 まぁ、装備が揃っていれば森のモンスターも倒せるが、その分、素材などの消費が激しくてわざわざ森で狩りをするのは阿保らしいことだ。

 ちまちまとこの地域のオオネズミとかオオバッタとかを倒した方が良い。

 付け加えるなら森のモンスターは可食部位が少ない。

 バードは本当に大きな鳥なので美味しい。

 一応、オオネズミも美味しい。

 オオバッタも美味しいらしい。

 私はあの見た目から最初から口にしてはいない。

 昔は食べていたとか教わってから、更に口にする気が失せた。

 工場は北にあって、確かに距離は有るので移動には時間がかかるが森ほどの脅威はない。

 ここから工場までの間には砂漠があるがそれも精々が50キロくらいしかないし、モンスターもここより少し強い程度だ。

 

「あっちに拠点を移すにしろ、だ。これで俺たちの居住できる範囲が大きく広がった」

「そうだな」


 昨日の宴で偵察してきたアイからもその辺りは聞いている。

 工場としては機能していないとしても雨風をしのげる建物としては問題ないということだ。

 

「そんなお前の望みを叶えてやらないと今後に遺恨が残る」

「そうか……」


 父の言葉ではない。

 長としての言葉としてその言い分は理解できた。

 だが、だからこそ心がスッと冷えていく。

 兄は既に動いている。

 自分にとって見てはいなくても聞き知ったからこそ、外へ出たい理由があった。

 母の敵討ち。

 

「……俺はお前がレインの敵討ちに出ていこうとしていることに反対しているんじゃない」

「……は?」


 娘である私が母がこの地にやってきたカルトの一派と戦って死んだことを知って、それで父は外へ出ていくのを止めたのだと思っていた。

 またしても足が止まる。

 ちょうど68階辺りだったはずだ。

 この辺りからフロアの床ではなく、鉄筋をパルクールで進んでいくことになる。

 数階昇ればまた床が有る場所になるのでそこまではちょっと大変だ。

 落ちても数階層なので受け身さえ取れれば問題はないが、こんなあやふやな気持ちで昇るのは危険だと分かっている。


「じゃあ、何が問題なんだよ」

「……お前がレインの娘だから、だ」


 余計に分からない。


「母さんの娘だからって、じゃあ息子はいいのかよ」

「それも危険だとは思った。だが、アゲハ。お前よりは誤魔化しが効くと判断した」

「教えてもらってない」

「エーからか?」

「そうだ」

「……そう言う所ではやはり血のつながった兄なんだろう」

「帰ってきたら許さない」

「……て、手加減はしてやってくれ」


 なお、私は外で活動している奴らと同じくらい強い。

 それはこの塔の昇り降りをしているからだと思っていたが、母さんの娘であるということももしかすると関係があるのかもしれない。

 兄は強いが私の方が強い。

 本気で喧嘩することがあれば勝つのは私である。

 それを知っているので父は兄を庇う。

 首飾りを引っ張り出す。

 母の形見。

 デザインも凝っていて価値があるだろうと思えるこれを兄は外へ出ていくときに私にくれた。

 自分が持っていると危ないからと言う兄の言葉。

 価値がある物を持ち歩きたくないという以上に母にまつわる何かが問題なのだと兄は知っていたのだろう。

 いつもニコニコとしていて掴みどころがないお調子者のくせに頭が切れる兄に尊敬は覚える。


「もしかしなくても」

「なんだ?」

「私が外へ出れない理由に兄も関与しているのでは?」

「あぁ……むしろ首謀者だな」


 父が白状した。

 いや、私はようやくここに来て兄を疑ったのだ。

 そう、疑ってみれば色々と腑に落ちることが多い。

 そしてそこに気付かれれば長として隠す気はないのだろう。

 

「俺としてはお前を外へやることにメリットも大きくあったからな」

「……」


 どういうメリットがあるというのかと問いただしたいが私が女であるということでなんとなく理解することも多い。

 

「お前が考えている話よりも、俺としてはソルジャーとかとしての活躍に期待していたんだぞ」


 私の沈黙の意図を正確に把握している。

 父の言葉は苦笑交じりだ。


「……色々と思うことはあったのに、それでも反対することにしていたのに、今になってどうして?」

「今になってだな。お前がレインに似ていくからというのが俺の気持ちだ」

「母さんに似てきたから?」

「お前の母さんが一番輝いていたのは何時だと思う?」

「……知らない」


 母さんの記憶は私にはほとんどないんだ。

 私はまだ赤ちゃんの時に死んでるんだから、顔だって良く覚えてない。


「戦ってる時だよ」

「……え?」

「そうなんだよな。お前たち、アゲハとエーの相手をしている時もそりゃ良かったけど、一番輝いていたのはモンスターと戦ってる時だった」

「マジで?」

「嘘は言わない。しかも、この地域の相手じゃ物足りないって森まで足を延ばしてたからな」

「えぇ……」

「それで仕留めてたからな……」

「なお意味不明」

「そういう女だったんだよ」

「……そうなんだ」


 父から母親のことを聞くのは初めてだった。

 死んだ母親のことを聞くのが怖かったのだと思う。

 でも、こうやって話してくれるなら聞いてみたい。


「……まだ聞きたいか?」


 そう問いかけられれば、


「もちろん」

「わかったよ。上まではあとどれくらいだ?」


 順調に進むとしたらと考える。

 足を止めたから疲労は回復してきている。


「20分くらいかな」

「じゃあ、適当に話すか」


 話し出す父。

 知らない母のことを知れていく楽しさに昇っていく速度が上がっていく。

 楽しい時間。

 面白いともっと聞きたいと思っている間に、最後の難所を乗り越える。


「到着……」

「ずいぶん速いな」

「調子が良かった」

「……そうか」


 塔の屋上。

 吹き抜ける風に眼を細める。

 母と父の馴れ初めを初めて聞いた。

 

「ここに来るまでに好きになって父から告白したとか、驚き」

「お前な、レインがどれくらい美人だったかって話だ」


 父とこうやって屈託なく話すのは久々だ。

 昇っているのに笑えて、腹筋が変に痛かったりもした。


「それで、だ」

「うん?」

「出ていきたいか?」

「……分かんないや」


 出ていきたかったのは本当だ。

 でも、出て行けずにここで過ごし続けて鬱屈はしていて、退屈ではあっても、どこか充足はしていた。

 やっかみもあったし、幸せを感じることもあったから真正面から問いかけられるとやっぱり分からないというのが正直な気持ちだった。


「そうか。別に今、決めろってことでも無い。俺としてはもう縛って閉じ込めておくことに意味を感じないって話だからな」

「うわぁ、無責任だ」

「そろそろ一人前だろ? それくらい自分で考えろって……」

「……うん?」


 父と話しをしていた。

 屋上は見晴らしが良い。

 だから何となく見ていた空にキラリと光る物を捉えた気がした。

「どうかしたか?」

「何かが飛んでる?」


 目の錯覚かと目を凝らす。

 また見えた。


「えぇっと……東! 空を飛んだ何かがある?」

「確認しろ」

「了解」


 私はその言葉を受けて砲台へと進んでいく。

 いつもはゆっくりと進む鉄骨を駆け抜ける。

 砲台に入るスイッチを押す。

 駆動音。

 ハッチが開いた所に滑り込む。


「ようこそ、アゲハ」

「東の空を拡大して」

「いきなりですね。移動物体を補足。これですか?」


 この砲台は半球状のコクピットに大砲が付いている形で、砲手が乗り込むとサポートAIが世話を焼いてくれる。

 とはいえ、私がサポートAIをインストールしたのが数か月前のことなので、それまでは乗り込むと外の景色が内側からでも見えるだけだったのだが、今では望遠したりしてくれる。

 拡大されたそれを見た。


「飛行機?」

「飛行機だと?」

「正確には飛行機ではありませんね。垂直離着陸機、フォルムから戦闘向きではなくどちらかというと輸送用かと推測されます」


 私の言葉を受けて父が驚くが、AIが補足してきた。


「アゲハ。これを……」

「えっ、なに、これ?」

 

 飛んでいる垂直離着陸機、面倒だから飛行機がいきなり急降下した。

 なんでそんなことをと思っていればAIがその理由を教えてくれる。

 鳥型のモンスターに追われてる。

 身体の全てが金属で出来た鳥がそこにいた。


「どうしたんだ!」

「飛行機、金属の鳥に追いかけられてるみたい?」

「……進路は!」


 そう聞かれてハッとした。

 どういう理由か知らないが襲われているから逃げている中でこっちに来られたら迷惑でしかない。


「東なんだな」

「そう」


 父から確認が入る。

 応えると静かになったので、東側にある別の観測点に状況を聞いているのだろう。


「進路的にはこちらに来てる」

「……本当だ」

「だが、距離はある」


 AIの言葉。

 もしかすると飛行機はこっちまでこないかもしれない。

 だが、緊急性がある。

 あんなモンスターは見たことが無い。

 大きさもそうだし、金属が全身に広がっていることの異常さがあった。

 

「アゲハ!」

「どうするの⁉」

「向こうから連絡が有った」

「向こうって飛行機から?」

「そうだ。あれにはエーが乗っている」

「なんで」

「詳しいことは後だ。いいか、あれを打て」

「打てって……」

「お前なら出来る。自信を持て」

「……あぁ、もう、分かった」

「一応、分かっていると思うが打てるのは一発だけだぞ」


 AIに釘を刺される。

 AIもこの砲台の状況は正確に把握している。

 打てばこの砲台は支えを失って落ちる。

 

「分かってる」

「フォローはするが、私はあくまで観測型AIだ。戦闘用ではないから、砲撃のサポートはかなり程度が低い……」

「分かってるから」


 私は砲台を操縦する。

 どういうわけか操縦するのに使うのは球体のコントローラー。

 打つことはしないけど、AIを導入してからは砲撃用の訓練もしていた。

 飛んでくる飛行機にターゲットを合わせる。


「……ふぅ」


 深呼吸。

 飛行機は狙いやすいようにか、塔に向かってきている。

 飛行機と金属の鳥が一直線に並んでいて普通なら困惑すればいい場面かもしれない。

 だというのに、私はらしいなと思ってしまう。

 これは兄がよく使っていた手だ。

 わざと引き付けて囮となって、自分へと当たる直線状の攻撃を避けて後ろから迫る相手に致命傷を与える。

 躱すことが前提という飛んでもない作戦だ。


「やぁ、久々」

 

 無線から聞こえてくる兄の声。


「合図は?」

「この無線越しで良いと思う」

「なんでそんなのに乗ってるの?」

「話せば長いからそれは後でね」


 気楽なやりとりだ。

 失敗のことなど考えていないような気配すらある。


「狙えてる?」

「ばっちり」

「じゃあ、カウント。5,4……」


 いきなりなのは時間がないからだ。

 飛行機はかなり速いらしく、もう、猶予はない。


「3,2……」


 発射ボタンに指をかける。


「1!」


 カチッとボタンを押し込む。

 ズンという衝撃。

 

「アゲハ。外へ!」


 AIの指示に従って外へ出ようと動く。

 ハッチは開けてくれたらしい。

 身体を外へ出そうとして止めた。


「ハッチ閉めて!」

「……」


 私の指示に即座に応えてくれる。

 浮遊感後、再度の衝撃。

衝撃で頭を打った。

死ぬかもな。

 ハッチ越しに見えたのは崩れていく塔だった。

 そして今の衝撃は完全に落ちたやつだろうと思うのと同時に目の前が真っ黒になった。

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