16 最終確認
やばい。
何がやばいって柔らかさが凄い。
飛び込むまでは頭の片隅に倒れてくれない場合はどうしようとか、最後の追撃にはもっと続きが出来そうだったと思ったし、手放してしまったけど、なんとなく母の銃がこう凄く怒っているというか不貞腐れてしまっているような気がしていた。
不味いかなとかそういう悩みは一瞬で吹き飛んだ。
スノーさんのおっぱいが凄い。
いや、本当にこれ凄いよ!
そう叫び出したくなるがそんな変態な事をしていいとは思っていない。
カーシャからしてみたら私自身も同じくらい立派な凶器を持っているだろうと窘められること間違いないが、自分の物を堪能するのは無理だ。
そして周りには男しかいないからこそ、女性に憧れが有ったのだと気付く。
いや、別に女性が好きというわけではない。
ただ、別に男性が好きかと聞かれると返事に困る。
今までずっと男しかいない生活を続けてきて、最近ようやくカーシャたちが来たことで女性と触れ合う機会が増えたという感じだ。
ここまで考えて、そう言えばジロウさんの奥さんとかはどうなっているのかと気になった。
ただ、デリケートな話の可能性が有るので聞く気にはならない。
「はわぁ……」
ギュッと私を抱きしめるスノーさん。
更に柔らかい感触が強く感じられて、なんかいい匂いもする。
だが、抱きしめられてるせいか、息が上手く出来ない。
「んんん……」
悶える。
鼻腔にすんごい良い匂いが溜まっていく。
呼吸は出来ないので、苦しいというのに堪能したいという気もしている。
「馬鹿な事してないの……」
カーシャが横にやってきて私の頭にげんこつを落とす。
「ぐへっ」
カーシャのげんこつは容赦なしなので潰れたカエルのように声を出してしまう。
カエルは雨の季節になると大人たちが森の方で大量に狩ってくるし、捕まえてくる。
夏のごちそうというか、ほぼ毎日カエル料理が出てくるのでげんなりする。
ただ、美味しいから文句もしづらいそんな存在だ。
「……むぅ」
カーシャが私とスノーさんを引き剥がす。
ケガをしてないかどうかをカーシャが確認のために色々と触ったり抱きしめたりしてくれるのだが、物足りない。
「失礼なことを考えてるな?」
「そんなこと無いよ?」
「嘘、ね」
カーシャに嘘は通用しない。
それでもここで頷くようなことをしたらしたでケガが増えるのは経験上明らかなので全力で否定する。
むしろ、全力で否定した方が怒るだろうという意見は間違いないが、しないよりしたほうがマシである。
「まぁ、ケガらしいケガはしてないわね」
かすり傷の類はケガには入らないのが普通だ。
もちろん、傷が化膿することも多いので気にしないというのは無いが、極論、それは結果の話でしかないということだ。
ガチコンともう一発頭の上にげんこつが落ちる。
「いたぁ……」
手加減なし。
本当に痛い。
カーシャのげんこつが怖くて割と若い衆が真面目に頑張っているという事実もある。
「アゲハ」
「なに?」
「よくやったわ」
「……ありがと」
珍しく褒められた。
なんとなくカーシャが嬉しそうな感じがして、こっちも嬉しくなる。
カーシャは姉だ。
アイの嫁なんだから当然だが、それでもカーシャにしてみれば他人として見てくれても良いと言ったことがあるのだが、即座にアイの妹なら私にとっても妹でしょとボコボコにされた。
ボコボコにされた後に思いっきり甘やかされた過去があるので、本当にカーシャらしいと思う。
今の態度も本当に嬉しがってくれていると感じる。
「アゲハ?」
スノーさんがどこか怒っているようにも見える。
その視線の先にはカーシャがいる。
私たちの関係を測り兼ねているからこそ、カーシャに不満を覚えているのかもしれない。
「カーシャに褒められました」
だからこそ、私は誤解を解く。
いや、別に解きたいからとかではなくカーシャが不器用に褒めていることが嬉しい。
それを言葉にする。
「そう、なのか?」
「そうですよ。基本的に相手をどついてからじゃないと人のことを心配しないし、どついてからじゃないとほめもしないですからね、カーシャは」
どついても褒めないことの方が多いのだから、やっぱり褒められたことが嬉しいと再確認する。
「アゲハは……いや、別にいい」
スノーさんがなお聞こうとしてきたが、私が本当に嬉しそうにしていることを感じてくれたのか、諦めてくれる。
「お取込みは終わったかな?」
「ゴルック?」
「お取込みですか?」
ゴルックさんが近づいてきて、声をかけてくる。
というか、私たちを直視することはしないで横を向いたままに聞いてくる。
「どうした?」
「いや、なんというか目に毒」
「目に毒?」
ゴルックさんの言葉にスノーさんも私も自分の服装を確認する。
激しい戦闘というわけではなかった。
でも、戦闘であるので着ていた服が破れたりしていれば素肌が見えているのかと思ったが、二人とも服には問題がない。
「いや、格好が……」
「恰好?」
「……ですか?」
そう言われて確認する。
美人を地面に押し倒してその上に乗っかっている。
カーシャの介入で抱きしめられていた格好から抜け出したが、私がスノーさんの上に圧し掛かっている格好になっただけ、私もおっぱいが大きいからこうちょうどいい高さにあるスノーさんのおっぱいに乗っけると楽だからと乗っけている。
「ダブル……」
言われてみれば、これはかなりエッチなのでは?
「ブルック?」
「いや、すまん!」
スノーさんから殺気が溢れる。
私はなんとなくブルックさんの名誉のために立ち上がる。
「まったく、アゲハに色目を使うとは感心しないな」
「……そうですね」
なんというかブルックさんがこちらを見て、ついでスノーさんを見てから大きくため息をついて謝った。
それで感じたのだが、ブルックさんはスノーさんでドキドキしたのではということだ。
「それでわざわざ断って声をかけてきたのはどういう意味が?」
スノーさんが不機嫌さを隠そうとしつつ隠せないままにブルックさんに問いかける。
「試合はアゲハの勝ちだよな」
「勝ちではなく、合格だな」
「「……」」
スノーさんが言い切るように言った言葉に私とブルックさんは沈黙した。
いや、スノーさんが試験官であるので確かに試合の結果は合格という評価でいい。
でも、子供のように不貞腐れて、ブルックさんの言葉を言い換えている辺りに反応に困ってしまう。
個人的には凄い可愛いと思う。
「まぁ、合格なら連れて行くんだよな?」
「そうだな」
「日程が随分遅れている。出来ればすぐにでも戻りたいんだが?」
「あぁ、そうだった」
日程が遅れている。
そしてすぐにでもという言葉。
もしかしなくても付いていくなら時間的猶予はないのだろうか?
「イチロウ」
「なんだ?」
「このまますぐにでもアゲハを連れて行っても?」
「いいぞ」
「えっ?」
父が許可を出した。
「アゲハ」
「あっ、はい」
「準備はどれくらいかかる?」
「準備は……」
「私物なんてほとんどないから、これでいいでしょ?」
いつの間にかいなくなっていたカーシャがショルダーバッグを担いで戻ってきた。
そのショルダーバッグは私の物。
そして確かめなさいとでも言うように渡されたバックを見れば、確かに持っていきたいすべての物が有った。
要らないかなと思う物は何一つ入ってない辺りにカーシャの凄さが見える。
「カーシャ」
私は万感の思いで名前を呼んだ。
「何?」
「本当にありがとう!」
感情のままに抱き着く。
いや、抱き着こうとした。
「暑苦しい」
カウンターパンチ。
躱しようもない速度で差し出されたそれを受けて後ずさる。
「さっさと出発しなさい!」
プリプリ怒っている。
そして、私から離れてアイの腕に抱き着く。
「えぇっと、準備はいいのか?」
スノーさんから問いかけられる。
私は頷く。
「別にもう会えないわけでもないですし、わざわざお別れを告げ回る気はないので」
だから、別に困らない。
「イチロウ」
「……困った子だ」
スノーさんがどこか困ったように父を呼ぶが、私を見て父はそれ以上何も言わない。
「アゲハ、本当にいいんだな?」
「はい」
最後の問い掛け。
スノーさんの言葉に私は気負いなく頷く。
「えぇっと、付いていきますのでよろしくお願いします」
その言葉にブルックさんとスノーさんは見つめ合って、溜息を吐くのだった。