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「おいおい、おい……」


 目の前の光景が異常すぎて唖然としてしまう。

 俺だけじゃない。

 あの子の父親も兄もイチャイチャしていた二人でさえ、その瞬間を見て固まった。

 俺たちが固まったのはアゲハって子がスノーを一瞬でも圧倒したからだ。

 もちろん、スノーが全力ではないとかお試しだったとしても、スノーが扱っていた鞭の方は残念ながら手を抜くようなことはない。

 武器は武器でしかない。

 手入れを怠れば、性能を発揮しないこともあるが、エージェントであるスノーが自分の半身とまで使い込んでいる鞭の手入れを忘れるわけがない。

 暇を見つけては撫でまわすように丁寧に磨いているのがスノーという奇人である。

 それに隠しても仕方ないが、あの鞭はバイオニックウェポンだ。

 この世界のモンスターは生命の概念を大きく逸脱し、成長し、強力になればなるほど金属生命体へと変異していく。

 そうやって討伐されたモンスターの心臓は無尽蔵に金属を生み出す。

 いや、強大であればあるほど心臓以外の重要な臓器に金属を生み出す機能が増えていくのだ。

 だからこそ、この世界で金属は割と貴重ではあるが、貴重ではないという矛盾した資源になっている。

 そして、そんな特殊な性質を持った素材がある以上、それを利用した武器が開発されるまでそう時間はかからなかった。

 エージェントの生みの親であるドクトルは人類が持てるギリギリの戦力で討伐した最上級モンスターの心臓や内臓を利用して自己修復や自己進化をする武器の開発にも成功していた。

 それを最強の人的戦力であるエージェントに割り振った。

 それがバイオニックウェポンである。

 

「まじか……」


 故にバイオニックウェポンは意思というか、なんというか生きているようにも感じれる時が有る。

 最後の最後、まさか鞭の先端のごく短いとはいえ、切り落とされたことで怒りのままに全力を振るおうとしていたのは、半身のように可愛がっていた鞭が傷を負ったことで冷静な判断が出来ていなかったからだ。

 足が動いていなかったのは、あの状況ではカウンターのような攻撃こそがスノーの出せる最強の攻撃だったからだろう。

 もちろん、飛び込んできた相手を認識した瞬間に急制動をかけようとしていたし、真正面から名前を呼ばれてしまえば非情な試験官の仮面は大いに削がれることだろう。

 それだけアゲハの出した声はなんていうか嬉しそうというか、楽しそうというかで、子供が大人に甘えるという感じが強かった。

 胸に飛び込んでいったのも狙っているのか知らないが、スノーは抱きしめ癖が有る。

 俺にそんなことはしないが、年端も行かない子供とか、有望な女の子がいると抱きしめることが多いのを知っている。

 だから姪っ子が元気よく飛び込んでくるという状況に顔をだらけさせて二人仲良く地面に倒れ込んだ状況まで含めて、頭が痛くなりそうだった。



 いや、本当にすごい。

 我が妹ながら、空恐ろしいほどに強い。

 もちろん、まだまだ甘い部分もあるけどもそれでも見ただけの父さんの動きをほとんど再現した上で、スノーさんの行動の上限まで見極めて勝ちに行ったことが凄い。

 もちろん、その見極めが出来ていると観察している僕らともちろんそれも分かっているスノーさんにしても、誰もがもう一度吹き飛ばされるだろうと思っていた。

 見たところカーシャですら、驚いて目をバチクリさせているのだから、彼女は戦おうとする気概を確認したかっただけだろう。

 ゴルックさんですら、感嘆の声が漏れていて、驚き続けている。

 何度も思うけど、本当に籠の中に閉じ込めていて正解だった。

 一緒に外へ連れ出していたら今頃はどんな化け物になっていたことか。

 恐ろしいと思うのに勿体ないことをしたと思う辺り自分自身が血なまぐさいことに身を置き過ぎている気がしてしまう。

 でも、本当にすごい。

 

「あれをどう思う?」


 父さんは終了を告げたまま、僕の横に来て、問いかけてきた。


「僕には出来ないね」

「俺も出来ないぞ」

「……それはそれは」

 

 妹が放った突き。

 あれは動きこそシンプルだ。

 左手で突き、止まったら再度勢いを付けて突き出す。

 極めれば多段にもなるだろう。

 並みのモンスターであればまず普通に突き刺せる威力が元々あった上で、そこから更に威力が上がった追撃。

 

「それこそ、ベヒーモス級の外皮すら貫くぞ」

「まさか」

「それだけの硬度、いや、それ以上の硬度があるはずだからな」


 父さんが指摘したのは今まさに修復しようとスノーさんの手から離れて地面を這いまわる鞭。

 ベヒーモス級というのはモンスターの危険度や強さの指数のようなものだ。

 雑多なモンスターは数が多いだけで危険度はない。

 危険度と共に識別されるのは下からワイバーン級、ドラゴン級、ベヒーモス級、エンシェント級、レジェンド級となる。

 一番弱いとされるワイバーン級ですら町が葬り去られる程度の危険性があるモンスターを刺す言葉だ。

 エージェントはベヒーモス級以上をよく相手し、単体でレジェンド級すら討伐することもあると聞くが、レジェンド級というのはエージェントですら危ない相手である。

 

「というか、バイオニックウェポンに打ち勝つってあの刀も異常では?」

「いや、本当にそれもおかしいはずなんだ」

「えっ?」

「あの刀って、一応、昔倒したドラゴンレックスの心臓から鍛え上げた代物だよな」

「そうだ。心臓とはいえ、金属の生産能力が弱いから、そのまま鋳潰して鍛造してもらっただけだ」


 ジロウさんが父さんに問いかけている。


「業物だよね?」

「業物なのには間違いないが、武器の質で言えば中の中くらいだ。むしろ、俺はスノーを倒すカギは刀よりレインの銃だろうって思ってたよ」

「正直、俺もだ」


 ジロウさんの言葉になるほどと思う。

 この世界、上中下で武器の質を分けると上物は本当に希少である。

 中品は頑張れば手に入るが、一般的な代物は下品である。

 むしろ、下品こそがこの世界の武器のスタンダードと言っても良い。

 であるなら、バイオニックウェポンは上物の中の上物である。

 それを切り落とした父の刀を特別視したくなったが、そんな代物を父が持ってるかと問われると無いだろう。

 持っていたとしても、手放して金にした方が良いと思う程度にはここでの暮らしは大変だったろうというのは聞き知っていた。

 長として統治してきた父がとんでもない高価な代物を抱え込むとは思えない。

 金にはなるにしてもすぐに消える程度の代物な中の中くらいの武器ならば持っていてもおかしくはないと納得した。


「というか、母さんの銃って、そっか」


 問いかけようとして自分で気付く。

 エージェントが使っていた愛銃。

 それがただの銃ではないだろうことであれば、二人が何かを期待していて、その読みが外れたことに肩を落としているのだ。


「……まぁ、勝負はついた」

「予想外な結果だがな」


 ジロウさんの言葉に憮然として父さんが頷く。


「結果は想定通りで過程が外れただけだろ?」

「そうだ」


 面白くなそうにしている父さんを見るジロウさんは楽しそうだ。


「いい加減、子離れしろって」

「している!」

「そうかぁ?」


 割と娘に甘いのは父さんだから、ジロウさんはそれを揶揄しているのだろう。

 

「あっ、それでよぉ」


 ゴルックさんが声をかけてくる。

 

「どうかしましたか?」

「結果は嬢ちゃんの勝ちだろ?」

「勝ちと言うか合格ですね」

「じゃあ、嬢ちゃんを連れて行くんだろ?」


 そう言う話だ。


「そうですね」

「この後すぐ?」

「……どうなんでしょ」


 割と既にここに長居しすぎているのだ。

 本当はここに到着するのも昨日の予定だったし、帰るのも昨日の予定だった。

 到着が遅れたためにスケジュールがずれているのもそうだが、看病をしたいと居直った人のせいで、予定が遅れに遅れた上で、こんな試合までしているのだ。


「本人に決めさせよう」


 重々しく父がそう言うので、僕たちはまだ倒れている二人の方を見る。

 そして、見ない方が良かったような気がしたのだった。

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