13 葛藤
「アゲハ……」
父が私を呼ぶ。
それはお前の番だぞという感じである。
「いきなり!」
「話はしていたんだが?」
「それでもいきなり!」
「イチロウ、私の半身を返してくれないか?」
「いいぞ」
「おいおい、それも持ち出すのか?」
「もちろんだ。というか、私はこれしか使ってこなかったから、下手に他の武器で戦うと加減が出来ないぞ」
スノーさんが父を促して鞭を受け取る。
その光景にゴルックさんが悲鳴のような声と慌てた態度で止めにかかるが返された言葉に溜め息を吐いて戻っていく。
「さぁ、始めよう」
良い笑顔でこちらを見つめる美人。
ただし、向けられるのは殺気だ。
いや、殺気よりも鋭さがないから、これは闘気と言う方が正しいのかもしない。
だが、とんでもない強者の純粋な闘気はまっとうな人間を委縮させるのは当然だと思う。
促されている。
だからこそ、足を動かして向かわねばならないというのに立ち上がることが出来ただけで、そこからは動けない。
周りは私のその光景に何も言わない。
冷汗が溢れてくる。
徐々にだが、スノーさんから向けられる気配が冷たさを帯びてきている。
それは失望から来る怒りのようで、殺気だ。
「アゲハ」
「カーシャ……」
弱音を吐くのも許されないと口を噤んでいた。
そんな私にカーシャが溜め息まじりに名前を呼んだ。
「気付いてる?」
「なに?」
何だというのだ。
動けてもいない。
惨めな自分に気付いているのかとそう言う事かと思って、分かってると泣き叫びたいほどに怖い。
「死にそうな顔して、怖いって思ってるのはいいんだけどさ」
「……?」
「笑ってるよ?」
わらっている。
笑っている?
誰が、いや、この流れ的に自分が?
そう驚いて口元へと手が伸びる。
よく分からない。
涙が出そうになるのを耐えている感覚も確かにあるというのに。
「笑ってるの?」
「そうだね」
今度はエーが私の質問を肯定する。
恐ろしいはずだ。
竦みあがっていると感じるのに私はどうかして笑ってしまっている。
怖いと身体だって震えている。
「武者震いだな」
「そうだな」
父とジロウさんの言葉。
武者震いということは竦みあがっているわけではないということらしい。
おかしい。
感情と身体の反応がちぐはぐだ。
「スノー」
「……本質は私たち寄りだ」
父の呼びかけに冷たく応えるスノーさん。
その声音の平淡さにどこかワクワクドキドキしてしまう。
おかしい。
戦士の顔に変わっていくというのにそれを楽しんでいる感情に戸惑う。
「アゲハ」
気付けば横に父がいた。
「使え」
「え?」
そう言って渡されたのは父の刀だった。
「アイツと戦うのにちゃちな代物では秒も持たないだろう。それと……」
「はいよ」
そう言って近くに来ていたジロウさんが父に手渡した物。
「あっ……」
「……ほぉ」
エーが驚いた声を上げ、スノーさんですら同じような態度になる。
「お前の母の愛銃だ」
「……え?」
「お前に渡す。使い方は知ってるだろ?」
ハンドガン。
型式も特に知らないが、渡された銃を受け取れば手に馴染む。
何というかとても扱いやすいような気もするし、とんでもなく取扱いに苦労するような気もする。
自動式拳銃である、それは今まで使用してきた物と機構などは同じなんだろう。
「弾の口径も同じだ」
「そうなの?」
「あぁ、いつか、お前に渡す気ではいた」
「なんで?」
「良くも悪くも俺は刀を振るしか能がない。息子も気付けば剣士として成長していて、銃の扱いに触れさせてみたが、悪くは無いが才は無いと思った」
父はいつになるのか分からないが、母の形見を譲る気ではいたということだ。
それを知って、嬉しいと思った。
何も教えてくれない。
それが厳しさであり、優しさであると分かってはいてもやるせなさを感じないことはないのだ。
好意の反対は嫌悪。
だが、それ以上の反応もある。
無視。
娘である私と距離を取ったことで父が気にかけていてもそれに気付くのが難しくなってしまったからこそ、私はどこかで鬱屈していた。
いや、それが無かったとしても外の世界を禁じられたことで屈折し続けていたような気もする。
あくまで結果論だ。
今は、別に怒っても嫌いでも悲しくもない。
というか、本当に体感的にはここ数時間で一気に私を取り巻くものが変わっていくことに疲れを覚えてしまう。
「……アドバイスだ」
「うん」
「カーシャが言ったようにお前は世界最強の一角に到達している存在との対峙に高揚している」
「そっか」
父の言葉を素直に受け入れる。
自分でも自分のことがよく分からない。
怖くて当然で、何もできないはずだと思ってる。
でも、周りはそう思ってないのだ。
その上で、父は現実的なアドバイスをするというのだから、それを受け入れないことこそ、周りの期待を裏切ることになるのだと思う。
覚悟の話だ。
「好きに戦いなさい」
「……アドバイス?」
「どんな風に刀を振るうか、どんな風に銃を撃つか。正しいことはあるが、それを忘れるほどにあくまで身体に、そして、その両手にある物に従いなさい」
「……あぁ」
遠くでエーが納得するように声を上げる。
さっきからエーは父の剣技というか、奥義に壊された剣の柄を握り締め項垂れてもいたが、どこかその言葉で吹っ切れたようだ。
「アゲハ、今の父さんの言葉が全てなんだよ」
「……意味わからん」
とても良い笑顔で曖昧な発言をしてくるエーに本当に心の底から殺意が湧いた。
こっちは悩みっぱなしだというのにすっきりした顔をされたことがとてもムカついた。
「アゲハ」
「……はい」
寒々しい闘気だ。
あぁ、そうか、これは殺気ではない。
名前の通りスノー、雪。
彼女は凍土の女王なのだ。
荒れ狂う吹雪の中心に立つ存在。
私はそれから戦うことを求められている。
逃げることは許されない。
そして、また、もう待てないという想いが詰まった呼びかけだ。
「お待たせしました」
恐怖もある。
だが、両親の期待を両手に持って、覚悟が出来ないとは言えない。
刀を抜く。
鞘は邪魔だから、放り捨てる。
ハンドガンをコッキングする。
こんな場面で渡してきてメンテナンスが不十分で弾詰まりとか動作不良になるなんて心配をする気はない。
間違いなくチャンバーに弾丸が送り込まれているのが確認できた。
左手に刀、右手にハンドガン。
私は歩き進んで、構える。
ガンカタもどきは教わった。
だが、ナイフではなくもっと大きく重い刀だから構えは適当だ。
適当と言いつつ、何故かしっくりくるように構えられた。
「合図をしても?」
「頼んだ」
「よろしくお願いします」
父が私たちに問いかける。
緊張感が高まる。
有り得ないほどに身体が冷えていく。
だというのにドキドキと胸から指先、足先へと熱く滾ったエネルギーが流れていく。
「いい感じじゃない」
カーシャが嬉しそうにそう言ってくれる。
「始め!」
父の掛け声。
勝たないといけない戦いが始まった。