11 背水
「どう生きたいね……」
「いきなりかな?」
「ううん。でも、ずっと悩んできたのかもしれない」
「それはどうしてだい?」
エーが珍しく矢継ぎ早に問いかけてくる。
「知らないから」
「知らない?」
エーではなく今度はスノーさんが聞き返してくる。
「お話でしか知らない世界でどう生きるのかなんて、キッと答えは出ないんだよ」
「それはそうね」
「だから、もし出来るなら世界を知りたいかな」
「なるほど」
ゴルックさんが頷く。
「あんた……」
なんか、凄い目でカーシャがこっちを見ている。
「な、なにか?」
「ようやくいい顔するじゃん」
おぉ、カーシャがデレた。
「失礼なことを考えている気がする」
「そんなことはないです」
前言撤回というか、優しくはない。
スノーさんが立ち上がる。
「イチロウ、どうだろう、私にアゲハを預けてみないか?」
「預ける?」
「知ってるだろ、この世界で唯一とは言わないがもっとも栄え発展している都市」
「ニューシティ」
「ギルドはそこでハンターを育成しているんだ」
「ついにそういう機関が出来たのか」
「あぁ、それで……」
「アゲハをあそこに通わせようと?」
「そういうことだ。エーも一応は卒業生というか在学していたはずだな?」
「えぇ、確かにあそこに入学するのはおすすめですね」
「まぁ、入学試験の時期は過ぎているが、ギルド職員の推薦状があればそこは問題ないしな」
「俺が書けばいいのか?」
「いやいや、それよりももっと良い人間がいるだろう?」
三人が話しているのだが、スノーさんの言葉に一人を覗いて首を傾げる。
「ギルマス、あんた……」
「アゲハ、どうだい私と試合をしないか?」
「「えっ?」」
「そうなるよな。お嬢ちゃん、どうする?」
「試合をするとどういうことが?」
「まずは実力の把握をしておきたいのが一番かな」
「……」
「睨むなよイチロウ。あくまでも姪がどれほどなのかを知っておきたいと思うのはおかしなことではないだろ?」
「そうだがな」
「その上で、ギルドマスターとしては有望であろう人材の卵をスカウトできるならしたいとか、そう言う思惑もある。それ以上に、姉さんの娘という部分も含めてどちらにしろ手合わせをしてもらうつもりだったから、まぁ、ちょうどいいだろ」
「そうか。どうする、アゲハ?」
「どうするっていうけど、私、戦闘訓練とかろくにしてないけど?」
「そうなのか?」
「あぁ、下手に訓練させると逃げるのではとな」
「そうなると……」
「残念だけど、一応、護身としてナイフとハンドガンの訓練と併せてのガンカタもどきは教えておいてるけど?」
「聞いてないぞ?」
「教えてないですから」
カーシャが事も無げに爆弾発言のように投下する。
父が一気に顔を顰める。
「いくら子ども扱いしても女の子で、家族とはいえ男所帯の中にいるのに戦闘能力を持ってないとかダメでしょ」
「まぁ、それはそうだが」
「それにイチロウから簡単な訓練をって言ってきたでしょ?」
「だから、ナイフの扱いくらいわ、とな」
「ナイフを使えるようにはしてあります。ハンドガンも同じようにです。初心者にしてみれば知ってる物を併せてしまおうと思うのは当然ですが、下手に癖が付く前に基礎程度は教えておくのは当然かと」
カーシャから確かにナイフ術とハンドガンの扱いを習った。
実地は塔を降りる時に出会うことが多かったバード相手にしてきたが、途中で数体に襲われることがあった。
それを乗り切るためにハンドガンを抜いて使用したのだが、その時に、それぞれを片方ずつで扱うように戦ったのが物凄く辛くて、それから勝手に同時に使おうと決めて戦闘していた。
そんなことをすれば即座に気付く程度にはカーシャは強いわけで、完膚なきまでに叩きのめされた。
そして、父に言ったように変に癖が付く前にと簡単に両方を同時に使うならどうすべきかと型のような物を教わった。
「じゃあ、基礎程度は大丈夫ってこと?」
「そう、なるわね」
「それなら問題ないわね」
カーシャに確認を取るスノーさん。
ただ、カーシャが歯切れが悪い。
「問題はあるんだけど、それを言っても?」
「なに?」
「アゲハ自身に使い方は教えたし、訓練もしたけど、対人戦闘については教えてない」
「それは?」
「加減も何もないってことだけど?」
「基礎しか知らない相手に私が後れを取るとでも?」
「……そうは言っても、この筋肉大好きっ子は基礎鍛錬のようなことを延々と続けてるから馬力があるのよね」
「それならそれで」
「そう? なら、アゲハ」
「はい」
「この世界は甘い世界じゃない。あなたはこの鳥籠のように甘い場所で生きてきたからこそ、知らないでしょう。だから、この人に勝てないなら外へ出ることを許しません」
「えっ?」
カーシャが当然でしょうと言うように私に言葉をかけてくる。
なお、私はカーシャに勝てない。
もしもスノーさんがそれでも連れて行ってくれようとしてもカーシャは私をボコボコにして留め置くだろう。
「エーよ。あの子はギルマスだってことは?」
「聞いてたか、怪しいな」
ゴルックさんがエーに確認を取っている。
聞き耳を立てていたというわけではないがわざと聞こえるようにもしていた様子でもある。
「いいね。あなた、個人的に好ましい人間ね」
「あらそう? 私は嫌いよ」
「あらら?」
「おっぱい、大きい、おばさんは敵よ」
スノーさんが笑顔で堪えている。
そういう感情を隠そうともしないのがカーシャである。
「さて、というわけで、アゲハ」
「はい」
「私に勝てないとこの話は無しね」
スノーさんは驚くほどいい笑顔で私にそう言った。
「なら、少しは親らしいことをしないとか」
そう言って、父が私に言い放つ。
「稽古を付けてやる。二人とも、だ」
その言葉に私だけではなく、エーもびっくりしたのだった。