1 今日も今日とて、少女哨戒中
「------おぉい、きこ、るか?」
「ごめん、ノイズ」
「まじ……、これ……」
「まだまだ」
「じゃあ、これでどうだ?」
ノイズ交じりの交信音が途端に鮮明になる。
「聞こえる」
「そっちからは何か見えるか?」
「いや?」
ジェイの言葉に私はどうかしたのかと思った。
「いや、変化が欲しかっただけだ」
「物騒な願いだ」
「そうか?」
「そうだろう?」
私は見張りをしている。
旧時代のビル。
その屋上に取り付けられた壊れかけた砲台。
私がいるのはその砲台のコクピット部分。
旧時代のビルの壊れかけた砲台は頑丈な足場に乗っていない。
ここは折曲がって今にも崩れそうな鉄骨の上にどうにか残っていた代物だ。
打てないことはないのは確認済みだが、私が生まれる前、この地に私たちのキャラバンが住み着いたときに試し打ちしたせいで、その後、この砲台に乗り込めるのが少女や少年しかいなくなったのはなんという皮肉か。
そうここはもっとも重要な見張り台の一つであるのだが、最も危険な場所でもあった。
最も高い場所にあるのだが、一番射撃の腕が良い人間は来ない場所である。
「今日はもういいぞ、アゲハ」
「そうか?」
「今から降りたら日も暮れるんだ。はやく降りてこい」
「了解」
私はハッチを慎重に開ける。
別に慎重に開けなくても大丈夫だと思うが、今日も夜風に変わろうとして渦巻く風がハッチを帆にするように当たる。
ギギギ……。
鉄骨の揺れる感覚が襲ってくる。
「相変わらず、だな」
この場所で最も怖いのは出入りの時だ。
高層に位置するこの場所では風が強い。
きっと昔は風程度にはびくともしない強さが有ったのだろうが、今はそんなものはない。
風で揺れては、音を立てるほどに朽ちている。
それが利用できることに安心する部分もあるが、子供で少し目と射撃の腕前が良かったからこそ、抜擢された砲手という役職に浮かれ二つ返事で了承した自分を過去に戻って滾々と叱りたい。
本当に今では自然と身体が縮こまる程度だったが、昔は怖くて仕方なかったのだ。
コクピットを離れ、細い鉄骨に足を延ばす。
もちろん、それも揺れる揺れる。
命綱はあるのでカチリと使うのだが、私は今日も今日とて慎重に足を踏み出していく。
時間にして数分。
自分にとっては数十分の労力をかけて渡り切り、安全な揺れない床に足がつくと座り込んでしまう。
「今日も生きてる……」
悲しいかな、これが私の一日だ。
年齢16歳。
なぜか胸とお尻の成長が良いガンナーの少女、アゲハ。
私は今日もこの砂塵の世界を生きている。
「ようやくか」
「遅くなった」
「そうだな。まぁ、無事に帰ってこれたんなら文句も言えないな」
遠目でこちらを見る奴らが舌打ちする。
いつものことだ。
廃ビルの地下空間。
そこは金と技術を投入し、修復された場所。
昔は食堂として機能していたこの場所は私達『ラクダ』の生活拠点だ。
いつも通りの哨戒任務の適度な疲労感に椅子に腰掛ければ、やっかみが
ジョイはそれも織り込み済みで私の遅刻を最初に指摘したのだ。
実際、ジョイと数人しか知らないがここ数年で砲台まで行くのは難しさを増していて、昇ることも大変なのだが、降りる方が問題になっていたりするのは知られていない。
周りからしたら大変だけど昇るだけ、降りるだけなのに時間がかかっていることに苛立ちを覚えているのかもしれない。
「ほら、今日はカレーだぞ」
「贅沢だな」
「北に工場が有ったって言ったろ?」
「あの廃墟か?」
「そうだ。お前が見つけてくれたあれが実はまだ動いていたんだ」
「そんな馬鹿な」
「ところがぎっちょん、本当でな」
「それでカレーなのか?」
「そうなる」
「……」
差し出されたお椀にはかぐわしい香りを放つカレー。
「誰か他には?」
「お前が見つけたんだ、お前が一番最初に口にすべきだって、な」
差し出してきたジョイがにこやかにそう言う。
「毒見か?」
「それもある」
「おい」
「俺も久しくカレーなんて食べてないからな?」
「私もだが?」
旧時代にはポピュラーな食べ物だったはずのカレーはいまや希少な食べ物だ。
いや、それを言うなら200年前に食べられていた物のほとんどが今では口にするのも難しく、代用品ですら一生に一度よりは口に出来るが自慢話になる程度の価値はあるのだ。
「だから、それを食べるべきなのはやはりお前だよ」
「ジェイ……」
「……あのな、アゲハ」
背後から声がかけられる。
「アイ」
「お前が気まぐれで砲台のスコープを起動できて見つけた工場は大きかったよな?」
「おぉい、アイ?」
「ジェイ、悪いがこれについては親父殿からの指示だ」
「げっ……」
話しかけてきたのはアイ。
ジェイの兄。
ここでは誰の子供などは関係ない。
年齢順で子供たちは名付けを受ける。
正確に言えば男はという括りではある。
親たちは旧時代の日本の数の読み方だったが、それは味気ないとアルファベットで名付けられたのだ。
エーからエフまではトレーダーとしてこの地にはいない。
残りはジーとエイチだが、正直、彼らは彼らで問題児なのだ。
そうなるとこういう場でリーダーシップを執るのはジェイであることが多い。
ユーモアもあって、愛嬌もあって、顔もいい。
家族としての今までの生活が無ければ、私自身もコロッと恋に落ちていたのではと思う。
いや、無いか。
いい男ではあるが良き人間とは思えない辺りにジェイという人間の残念さと好ましさがあるのだ。
その点で言えばアイは地味な男だ。
だが、良い男である。
エーからエフが行商の一環で迎い入れた女性達。
その中で一番の美人であるカーシャを伴侶にしているのだから。
余談だがジェイの女からの人気は無い。
「……どういう?」
食事を既に終えてもここにいるのが普通である。
親たちもいつも通り奥の方に固まっていて、アイは基本的にそっちに座っていることが多い。
私はジェイの慌てぶりとアイのムスッとした表情に首を傾げる。
「お前が見つけた工場は生産設備諸々が生きていた」
「……は?」
「正確に言えば、カレーをレトルトパウチに詰める機構については規模からして8割ほど損壊しているが」
「……食材になる自動化農園が地下に広がっていたよ」
「そんな……」
口の中が乾いていく。
そんな、そんなお伽噺のような良い話があるわけ。
「喜べ。俺たちは安住の地を手に入れた」
アイの静かな言葉。
周りを見渡す。
誰も彼も私を見る目に安堵の色が浮かんでいた。
「あぁ……、一応、夢でも嘘でも無いからな?」
「お前がそういうことを口にするな」
「ひでぇ……」
アイとジェイのやり取りに笑いが起こる。
自然とその声は大きくなって……。
この日、私はようやく生まれてきて二度目の恩返しが出来た気がした。
「今日の夕飯は全員カレーだったからな」
「なっ……」
何度目だろう。
アイの言葉に私は目を見張る。
ここには60人の人間がいる。
その全員が食べれる程の量が提供出来るだけの資源があったということだ。
笑い声は渦となって、私を取り巻いて、気付けば宴になっていた。
美味しいものを食べ、腹も満ちたからか、誰も私を睨むことも妬むこともなかった。
「……アゲハ」
そんな風にアゲハが考えているだろうことに目敏く気付いた大人が一人。
名前は一。
通称はイチロウ。
この集団の長をしている男であり、アゲハと血のつながった親。
その瞳は複雑な色が浮かんでいるが、誰もそれに気付かない。
いや、大人達は気付いているが気付かないふりをしているだけ。
長の娘は名前の通り、蛹の期間を終えたのだとひっそりと溜め息を皆で吐いてしまう。
「無礼講とはいえ、明日も普通にシフトはあるからな」
「ひでぇ!」
アイが締めるところを締めるとジェイが声を上げる。
それすらも予定調和のように騒ぎは深まっていくのだから、皆が皆、浮かれているのだろう。
それを止める気は誰もないのだから、しょうがないことなのだが……。
小説家になろうの人には初めまして?
今回からこの小説も頑張っていこうと思います。
モチーフになった作品はあります。
それを明言しないまでも感じて欲しいです。
個人的な挑戦作です。
そして、私は文章が下手くそです。
それでもどうか楽しんでも欲しいという我儘があります。
だから、感想やブックマークを欲しています。
でも、まずは面白かったら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします!!