背水の陣
土曜日になってしまいましたm(_ _)m
朝日が昇り、あたりは優しい温かさを纏い始める。
仮身分証を手に、ユーリは右大門を抜け、順路を歩き始める。
緊張に胸を弾ませながら引き受ける初依頼。
不安と期待が入り混じり、気持ちが落ち着かない。
だが、ユーリには大きな安心があった。
「今日はとっても良い天気ですね〜!」
「そ、そうですね!」
初依頼とはいえ、1人では無いのだ。
一緒に依頼をするのは、今朝初めて会ったばかりの女の子、フレイという名前しか知らないが、彼女はギルドからの信頼があった。
1時間前。
「お待ちしておりました。ユーリ・アサダさん。依頼書は決まりましたか?」
提出した依頼書を受付の女性に渡し、内容を確認してもらう。
受付の女性はそれを見て一瞬驚いた表情をしたが、フレイの顔を見て安堵の笑みを浮かべた。
「この依頼はレベル2。初心者の冒険者1名では本来難しい依頼です。………ですが、レヴェリアさんが付いているなら、心配ないですね。気をつけて行って来てください」
……という事があったのだ。
ギルドの人が顔を見ただけで、名前が出て来る冒険者。
きっと只者ではない!
そしてなんたって…
チラリとフレイを見たユーリ。
目が合い、フレイは首を傾げた。
「ん?」
なんたって、可愛い!
ドキドキ緊張するのは、これが原因でもある。
栗色のサラサした長い髪を下ろし、陶器のような白い肌がその隙間から見え隠れする。
華奢な体とは裏腹に部分的に身につけた鎧がまたギャップ。
決して、露出が多いわけではないが所々肌が見える。
手には、宝石が散りばめられ蔓のようなものが巻き付いた長い杖。先端には大きな宝石が1つ。
漫画やアニメの知識からすると、おそらく魔法の杖だろう。
「あ、この杖が気になりますか?」
じーっと見ていたからか、それを差し出して見せてくれた。
「これは魔杖です。私は冒険者の中でも魔術師に分類されてて、主に魔法を使って魔物を倒します!ほら、こうやって…」
そう言ってフレイは手始めに、氷の結晶をつくった。結晶がみるみる氷柱のように先端を尖らせ、フレイの掛け声と共に地面に突き刺さった。
「す…すごい…!」
「大袈裟ですよ。あははは」
その笑顔にドキッとするユーリ。
女の子との話が上手ではないユーリは、徐々にまた口を固く閉じ、ひたすら前を向いて歩いていた。
学校でも女子と話す事があまり得意ではなかったユーリにとって、フレイと2人きりというのはなかなか難易度の高いものだった。
緊張する。
ひたすら緊張する!
そうこうするうちに、2人は木々の茂みに入る。
恥ずかしさのあまり、沈黙を貫くユーリに、恐る恐る探るようにフレイは口を開いた。
「…そういえば、ユーリさんは…、なぜ昨日ジン……あの男と戦っていたんですか?」
「あ、えっと…、友達が絡まれていたので…」
照れくさそうに笑いながら頭を掻くユーリ。
その様子に、微笑んだフレイは「そうですか」と優しく返した。
その後、他愛のない会話をしながら奥へ奥へ進んでいく。楽しげな笑い声と、ジャリジャリと足音が林道を彩る。
自然と女の子と話せてる。
良かった。
密かにユーリはガッツポーズをした。
すると、木々の奥から魔物の声が聞こえ始め、慌ててユーリは短剣を、フレイは魔杖を構えた。
「…ま、魔物ですかね」
「…はい。おそらくこの辺りから、魔物の生息地なのでしょう」
ごくりと喉を鳴らしたユーリは、声がした方をじっと見つめ、力強く短剣を握った。
するとフレイは目を閉じ、小さな声で言葉を紡ぐ。
「汝、この声に従い、この心に従い、ここに馳せよ」
その声を合図に、フレイの足元には魔法陣が組み合わされていく。
どこから拭いた風なのかわからないが、周囲の空気がフレイに向かう。
そして自分の体に温かい風が吹く。
「……我が名はレヴェリア。この力、ユーリに賜る!!!」
するとフワリとした感覚がユーリの体に宿る。
この不思議な感覚に、ユーリはフレイに問う。
「これは…?」
「ブースターです。付加魔法の1つで、今ユーリ様の攻撃力を上げました!」
キラキラ光る手元を見てこの感覚に浸る。
「すごい……!」
これが、魔法!
ゲームの中だけの世界じゃないんだ。
ワクワク感を感じながら感心していると、草をかき分ける音が大きく聞こえ始めた。
そして。
「来ます!!!」
ガサガサガサッ!!!
フレイの声がした後、低木の陰から大きい体の魔物が現れた。
すかさず反応して短剣で受け止め、弾き返し、魔物と距離を取ったユーリ。
魔物を向かい合って、お互い牽制し合う。
「鹿…?」
「ジィーカです。この茂みに生息する魔物。初級魔物ですが……群れを作って行動するため、ちょっと厄介です…」
「群れっ…!?」
そう話していると目の前のジィーカが突如、鳴き声を
天に向かって上げた。
「まずい!」と言った後、ユーリは目の前のジィーカ2体を短剣で素早く撃破をした。
フレイによるブースター効果で難なく撃破したものの、先程の鳴き声によって潜むジィーカが反応したのか、地響きがユーリたちに向かってやって来るのを感じた。
このままここにいたら、ジィーカに囲まれてしまうと考えたユーリはフレイの手を引き、走り出した。
「ふぇっ!?」
「このままでは、囲まれてしまいます!!ひとまずここから離れましょう!!」
「はっはい!!」
走って順路へ進んでいく2人。
背後からは猛スピードで距離を詰めて来るジィーカの群れ。
背後だけでなく前方、左右からもジィーカはやってきて、その都度ユーリは短剣を振り道を開く。
…一方フレイは何かを思い出したかのように、魔物が来るたび、ユーリに向けて詠唱を続けた。
「はぁっはぁっ…」
しばらくしたところで、ジィーカの群れは退却し、ユーリとフレイは木の影に隠れた。
2人は腰掛け、木にもたれかかる。
息が乱れるユーリに対し、一息つくフレイ。
これが冒険者の強さの差であると、項垂れるユーリであった。
だがフレイはどこか上の空で、杖を両手でしっかり握り、辺りを見渡していた。
「大丈夫ですかっ…?フレイさんっ…」
「………えっ!?」
フレイはビクっと驚き、その後傷を負ったユーリに「すっすみません!すぐ治癒します!」と言い、詠唱を始めた。
「すみません、ありがとうございます。………フレイさんは強いですね。羨ましいです」
「え…」
ユーリの体にヒヤリと冷たい風が当たる。
ピリッとした感覚が体中に巡った。
「…僕は自分のことだけで精一杯で。フレイさんのように魔法なんて使えないし、剣だってろくに振れない。…まあ、初めは仕方ないですかね」
またも「あははは」と笑うユーリ。
フレイはその様子を見てユーリに問う。
「……それなのに、あの男に立ち向かえたのは、なぜですか?」
どこか暗い表情をしたフレイ。
ユーリは笑顔で答える。
「体が勝手に動いちゃったんです。……友達を守りたいって思ったら、勝手に。このまま僕が逃げ出したら、友達はどうなるのかなって考えたら怖くて。きっと今まで、ずっと苦しかったんだと思うんです。…だから、ここで止めようって、思ったんです。………なんて、ちょっと恥ずかしいですね」
そう言ってまた笑うユーリ。
ユーリはサイとの約束を、この時守れたと思い、その嬉しさに綻んだ。
その時、フレイは杖を持つ手をぎゅっと力一杯握りしめた。
「なぜですかっ……!!!」
フレイの声が響いた。
詠唱を止め、ユーリの前で俯きながら立ち上がり、今にも泣きそうな表情で、ユーリを睨んだ。
「なぜっ…なぜそんな簡単に人を守れるのですかっ…!!………強くなんてないっ…!!私は強くないんです…!!」
「ふ、フレイさん…?」
すかさず立ち上がるユーリだが、ジィーカと戦った時についた傷がズキズキしてふらつく。
「私だって…守りたいって…思っているんですっ…!!……でもっ!!!」
「フレイさん、落ち着いてっ…!」
苦しげな表情をして震えるフレイの両肩を掴み、落ち着いてもらおうと試みるユーリだが、それを払いのけられ、2人の間には距離が生まれる。
その勢いで木にぶつかったユーリは、その痛みに顔を歪めた。
守りたい。
彼女は誰を守りたいんだろうか。
ユーリは今ある息を全て吐いて、大きく息を吸った後、フレイに歩み寄る。
華奢な肩は震えていて、まるで何かに怯えているようにも見える。
ユーリは、自分を抱きしめるようにして縮こまるフレイと向かい合うようにして腰を下ろし、そっとその肩に手を添えた。
フレイの肩がピクリと跳ねた。
「…フレイさんは、誰を守りたいんですか?」
「…ぇ…」
ゆっくり顔を上げたフレイ。
その先には柔らかい表情をしたユーリの顔が。
震えた唇を動かし、小さく声を出した。
「わっ…私は…」
その時、フレイの脳裏にはある人達の顔が浮かぶ。
そこには、太陽のように輝く友の笑顔。
辛い時も嬉しい時も共に分かち合い、共に成長し、互いになくてはならない存在なのだ。
安心できる場所。
帰る場所。
どこでもない。フレイの居場所なのだ。
続いて脳裏によぎったのは、ある悪の顔。
愛など無縁なその者は、フレイの居場所を壊していく。
友の笑顔がドロドロと溶けて火の海に流れる。
まるで何かを案じているように、繰り返し脳裏によぎり、日々怯えている。
まるで幻覚と戦っているかのように。
フレイはその存在に苦しめられているのだ。
苦しい。
怖い。
助けて。
唇を噛み締め、震える手で地面を握った。
「私はっ……!!」
「ご苦労だっなぁ〜あ、フレーイ」
木の陰から聞こえた聞き覚えのある声がして、顔を上げ声がする方を見るユーリは、その正体を見た途端目を見開いた。
「…パーティー=スガルスの…ジン…!!!」
「よお〜、小僧」
ジンはどこか楽しげに笑みを浮かべていた。
背後には、以前一緒にいた取り巻きの男2人。
ユーリはなぜここにこの男達がいるのか、分からなかった。
「なんで俺たちがここにいるんかって?…クックック……分からねえよなぁ、分からねえよなあ!!」
狂ったように笑うジン。
ごくりと喉を鳴らしたユーリは立ち上がり、縮こまるフレイを守るように前に立ち、そっと左手でフレイに触れた。
左手から感じたフレイの体は小刻みに震えていた。
その様子を見たジンと男達ははさらに声高らかに笑う。
「無駄だ無駄だ!!守る必要なんて1mmもねぇって!!…そいつがオメェをここに連れてきたんだからよぉ!!」
「えっ…」
どういうことかわからず、後ろを振り返るユーリ。
フレイはゆっくり立ち上がり、顔に影を落としながら小股でジンの元へ歩き出す。
「フ、フレイさん…?冗談……ですよね?」
「……」
フレイはユーリの目も見ず、無言で背を向けていた。
ズキズキと腕が痛み、顔を歪める。
同時に絶望を感じた。
何が起こっているだろうか。
依頼、ではないのか?
自分は、ハメられたのだろうか。
…でもなぜ?
なぜフレイさんが?
この人と何の繋がりが…
ユーリは現状を受け止められないでいた。
その様子をジンは面白そうに笑い、背に装備した大きな金槌を取り出し、大きく上に振るう。
勢い良く振りかざした金槌が地面をずっしりと重く弾いた。そして視界が一気に真っ白になり、ユーリの全身には強烈な衝撃波がぶつかっていく。
「うわぁぁああっ!!」
ザザザザッ
ジリジリと足で線を引きながら衝撃波を受け止めるが、耐えきれず吹き飛ばされていく。
身体を強く地面にぶつけながら木々の間を猛スピードで抜けていく。
そして。
バシャンッ
衝撃波がどこかへ抜けていき、冷たさが体に伝わっていくのを感じた。
水だった。
体がズキズキと痛み、刺さった木の枝を抜くと、じわり、血が水に溶けていった。
ユーリはゆっくり立ち上がり、ふらつく体を抱くようにして立ち上がる。
「ゲホッゲホッ…こ…ここは…?…………!?」
お婆さんから貰った肘当てが、ピシャリと音を立てながら水の中に落ちる。
"真っ赤に染まった"水の中に。
「…なんだ…ここ…」
「"緋色の湖畔"、聞いたことねぇかぁ?」
その声にピクッと反応し、傷だらけの体で短剣を構え、息を荒げながら睨んだ。
木の陰からゆっくり歩きながら、ジンが楽しげにユーリを追ってきた。
「こんな言い伝えがある----」
昔、何人もの冒険者が、まるで競うように、魔物を討伐するため森を駆け巡っていた。
当時の魔物と冒険者の力は冒険者が圧倒的だった。
その力を使っては、まるで見せ物のように魔物を排除し、民を魔物から守るはずの冒険者はいつしかその任を忘れ、力無き者や弱き魔物達を滅ぼし、己の力を比べるように冒険者同士戦い合うまでに至った。
…そこで1人の冒険者が、己の私利私欲の為に、ある魔物に手を出した。
その者はいつになっても帰らず、それを好機と捉えた数々の冒険者がその魔物の元へ向かったが、皆、姿をくらませた。
その中で、ある冒険者は見たのだ。
"真っ赤に染まった"湖の中に、蠢く赤い龍を。
ちゃぷんっ…
ぴしゃっ…
水に使ったユーリの足に、波が音を立てた。
次第押し出されるように、また引き込まれるように波打つ湖。
「まさかっ…!!」
ザザッ!!ザザザザザザッ!!!!!!!
バシャバシャッ!!!!
地鳴りと共に聞こえた滝のような水飛沫と轟音が鼓膜を揺らす。
びしょびしょになった顔にかかった水を袖で拭った後、ユーリは目の前の光景に己の目を疑った。
「なっ……なんだ…これ…」
「なぜっ……本当にいるなんてっ…」
フレイは震えながら、あまりの恐ろしさに足の力を無くし地面に座り込むが、上がる息は治らない。
一方、愉しげに大声をあげて笑うジンはフレイの髪を掴んで、興奮冷めぬまま勢いよく揺らし、悲鳴を上げるフレイなど相手にせず、その光景にひたすら高揚していた。
湖と同じ色をした、赤く分厚い鱗を光らせる太く長い胴体と、長く鋭く、水をかき分ける真っ青の尾鰭と背鰭。
大きく広がった手と尖った赤い爪、陶器のように白く鋭い牙。
どんな者でも丸呑みしてしまいそうな大きな口と真っ赤な髭。
何もかもをひれ伏す深海の如く青い目。
推奨レベル5相当
"緋色の湖畔"の主
通称 豪食のガラグディアンス
ユーリの汗がポツリと水面を跳ねた。