初依頼
「……はい。これで申請は完了です。明日、早速試験として依頼を受けて頂きますので、掲示板から依頼を取った後、ギルドに立ち寄り、受付の者にお声掛けください。……それと、もう騒ぎは起こさないように」
「わ、わかりました!」
ユーリは今、ギルドに来ている。ジンと騒動後、街の人々からの親切心を貰い、スピカに連れられたユーリだったが、噂は既にギルドの耳に。
皆の視線が集まり受付の人に初見で怒られたことに恥ずかしさを感じながら、申請書を書くという、あまりにも悪いファーストコンタクトをとってしまった。
……仕方ない。
申請を終え、ギルドの中心で足を止める。
「わぁ…」
漫画で見るような光景に胸をときめかせ、目移りが過ぎ、キョロキョロとしてしまう。
煉瓦でできたその建物は、窓が多く日の光が四方八方から差し込む。また、数多くの書物が並び、高いところにあるものは魔法を使って出し引きしている。
冒険者やギルドの従業員かわからないほど賑わうこの場所は、この街の中核と言って良いほど。
掲示板には無数の依頼書が釘打たれていた。
そんなギルドには、冒険者に宛てた仕事が2種類あるらしい。
【依頼】
4つの区分に分かれており、下級から上級までがある。
【クエスト】
高難度の依頼であり、高レベル者のみがチャレンジする資格を得られる。内容は2つの区分に分かれており、挑戦者の中では過去に命を落とした者もいる、とのこと。
明日はあの掲示板から依頼を取って、受付に行くんだ。…依頼と言えば、サイさんが戦っていたベータスネイクを思い出すなぁ…
……自分にできるのだろうか。
突然思い出した衝撃と痛みに弱気になるユーリだが、首を横に振って自分で自分の目を覚ませる。
……そうだ。弱気になってる暇なんかない。
あの掲示板の中に、海や平祐の手がかりがあるかもしれないんだ。
ユーリは拳をギュッと握りしめた。
それを見ていたスピカはユーリの手を優しく解いた。
「へっ!?」と変な声を出すユーリをスピカは優しい目で見つめる。
「大丈夫、オマエ、強いから………オ、オマエ、じゃなくて……ユ、ユ…」
だんだん声が小さくなるスピカに微笑んだユーリは、そっとスピカの頭に手を添えた。
「ユーリですよ、スピカちゃん」
頬を赤らめ恥ずかしそうにするスピカ。だがその後すぐに頬を膨らませ、「もう友達!敬語、しない!」と言い張り、ユーリは笑って頭を撫でた。
「ありがとう、スピカ」
ユーリには5歳下の妹がいる。
活発で、わがままで、家族思いな妹であった。
学校から家に帰ってきたユーリを見つけて、ホースで水をかけたり、ゲームで負けたら泣きながら叩きにきたり、最後に食べようと思ってお皿に残しておいた唐揚げを食べてきたり。
だけど、ユーリが学校でガキ大将にガミガミ言われた時に、走ってきて助けてくれたのは妹だった。
今頃どうしてるかな。
きっと探しているだろうな。
……ごめんな。
ひたすら撫で続けるユーリに対し、「撫でるな!」と顔を赤らめるも、寂し気なユーリの顔を見てスピカはそれを受け取った様子で抵抗せずただ撫でられていた。
ーーー…
「ほ、本当にいいの?」
「いい」
あたりが暗くなり始め、涼しい風が頬を撫でる。ユーリはまたもスピカに手を引かれ、街を歩いていた。
ユーリは今晩泊まる宿に今向かっている。どうやら、スピカが住み込みで働いている場所が宿屋のようで、事情を話せばきっと一部屋貸してくれるというのだ。
これは、「どこかで野宿をすれば良い」と話していたユーリを怒り、スピカが提案してくれたもの。
…まあ、確かにこの世界で野宿とかしたら、どうなるかわからないし、助かった。(元の世界でも野宿したことはないけど)
スピカに引かれ数分経った後、薄暗いあたりに映える優しいオレンジの光が街中を照らし始める。
夜の冒険都市シャニオンが始まった合図だ。
美味しい匂いがうっすらと漂い始め、街を歩く人達はお店に吸い込まれるようにして入っていく。
あのお店はこれが美味しい、このお店に来たらこれを食べた方がいい、など、スピカは歩きながら教えてくれる。
「今度、一緒、行こ!」
まるで太陽の下で咲く大輪の向日葵。スピカの笑顔がキラキラ輝いていた。
そして、ある建物の前で足を止める。
「ちょっと待ってて」と、スピカが建物の中に入ると、耳を疑うような大きな声が聞こえた。
「どこをほっつき歩いてたんだい!!何時だと思ってんだ!!」
少し年配の女性の声だった。
心配になったユーリは、ドアのそばで耳を澄ませる。
中では、ユーリを泊まらせる泊まらせない論争が勃発しており、スピカが一生懸命説明をしていた。
街中で男に絡まれたところ、ユーリに助けてもらったのだと。
その男のことを説明したところで論争は鎮まり、少し間が空いたところでドアが開いた。
するとそこにはスピカでは無く、小柄なお婆さんが杖を片手に立っていた。
「アンタかい」
「あっ、えっと…」
「入んな」
「…えっ、いいんですか?」
「ダメと言ったら帰んのかい?帰る場所なんてないのに」
「あ…」
帰る場所。
ユーリにはその言葉が重くのしかかった。
他人事ではないその言葉が、酷く現実を突き付ける。
スピカと手を繋ぎ他愛のない会話をしていて浮かれていたのかもしれない。
帰る場所なんてないし、身寄る場所もない。
居場所など、ないのだ。
元の世界の生活がまるで幻のように頭の中を駆け巡っていった。
呆然と立ち尽くすユーリに、お婆さんはため息をつき、服を引っ張って建物の中へ半強引に連れ込んだ。
そしてエントランスを通り廊下へ。
突き当たりを右に曲がって階段を登り、扉が両側にずらっと並ぶ廊下をさらに通り、突き当たりの踊り場に縁を描くように並んだ5つのドアのうち、真っ直ぐ進んだ真ん中のドアをお婆さんが巧みな杖使いで開け、ユーリを放り投げた。
ドサッ
ふかふかとした感触だった。
「ここがアンタの部屋だよ。……いいかい、隣の部屋は絶対に開けんじゃないよ。アタシらの部屋だからね。……わかったらとっとと寝ちまいな、あたしゃ忙しんだよ」
そう言ってお婆さんは杖をつきながら出て行った。
足音と床が軋む音が遠ざかる。そして聞こえるお客さんの声。
びっくりした。
部屋の中がシン…と静まり返る。
ここはどうやら繁盛している宿屋らしい。
少し冷たいお婆さんだが、冷たいながらも面倒見の良いお婆さんなのかもしれない。
ふかふかして柔らかいベッドマットを触る。
窓からは月の光が差し込み、ユーリの部屋を照らす。
靴を脱いでベッドに上がったユーリは窓の外を見たあと、ゴロンと横になった。
今日はすごく疲れた。
ここに来て、色んな事があったなぁ。
今度サイさんに話そう。
海や平祐にも。
布団を被り、ゆっくり深呼吸をする。
明日は初依頼。
少しでも2人の情報を得られるように。
一歩ずつ頑張るんだ。
すると包み込まれた部分からじんわりと温かくなり、吸い込まれるようにして眠りについた。
目が覚めた時の朝は、まだ薄暗くて太陽が来るのを待ち侘びた空が光を引きつける。
少し肌寒い空気に身を震わせながらも、部屋の扉を開けた。
何時かわからないが、下に降りてエントランスに向かう。
すると、小さな声が聞こえ、ユーリはそーっとその声に近づいた。
「…いつ帰ってくるんだい…どこをほっつき歩いてるんだい……早く帰ってきなさいなっ…」
そこにはある人の写真に向かって祈りを捧げるお婆さんの姿があった。か細くて、今にも途切れそうなその声は、やっとの思いで繋いでる気持ちを表しているようだった。
その時、ユーリの足元がギィっと軋み、お婆さんが一度驚いたように振り返り、すぐに背を向けた。
「なんだい、いたんなら声かけな」
「すっすみません!えっと…その方は…」
「なんでもないさ。ほら、さっさと行きな。試験なんだろ?」
「あっ、は、はい!」
すると、お婆さんがテーブルの方を指差した。近寄って見てみると、そこには葉に包まれたものと布や上着などが置いてあった。
「これは…?」
「持ってきな」
「あ…ありがとうございます!!」
そう言ってユーリはそれらをまじまじ見ては目を輝かせた。
それを見たお婆さんは「早く行かんか!」と怒り、逃げるようにユーリは宿を出た。
「また返しに来ます!!」
そう言いながら走ってギルドへ向かった。
それを不機嫌そうに見ていたお婆さんは、ため息をつきながらコトコトと杖をつき、宿へ戻る。
「…ミオちゃん」
起きてきたスピカはお婆さんをそう呼び、心配そうな顔をして扉が閉まるのを見守った。
「おはよう、スピカ。眠れたかい」
「うん。…ミオちゃん、大丈夫、だよ」
目を開いて顔を上げたお婆さん。
「ユーリ、帰ってくる、大丈夫」
その言葉に一息ついたお婆さんは、ゆっくり目を閉じ、開けたあと写真を見つめる。
そこには、元気いっぱいの笑顔をした少年が写っていた。
「どの依頼にしようかな…」
掲示板の前で腕を組みながらウロウロしているユーリ。
お婆さんから貰った上着を羽織り、葉に包まれた食べ物(いい匂いがしたから多分そう)を布で包み体に縛りつけた。
それと、膝当てと肘当て、怪し気な液体(ポーション的なやつかな)も身につけ、やる気満々。
周りの冒険者に比べればかなりの軽装だけれど。
まあ、仕方ない。
早朝ながらも数多く集まる冒険者は、立派な装備品を身に纏い掲示板の前に集まる。
少し恥ずかしさを感じながらも、依頼書を端から見ていくユーリ。
見たことの無い文字だけれどなぜか読めるのを不思議に感じながら、ある一つの依頼書の前で立ち止まった。
「突如現れたシャドウを探せ…?」
真っ黒い人のような形の魔物だろうか。
"静寂の森"で現れたとのことで、「静寂を破るものを解明せよ!」との文字が書かれている。
見つけてくれば依頼達成ということかな。
これにしようかな…
そう思って手を伸ばした時だった。
「ユ、ユーリ様!」
「えっ!?」
声のする方へ振り返ると、そこには綺麗な栗色の長い髪の女の子が立っていた。
声をかけるのにだいぶ勇気を要したのか、耳まで赤くした女の子は肩で呼吸している。
「あ、あの…君は…?」
「わっ私はフレイ……フレイ・レヴェリアと申します!」
どこか緊張した様子のフレイ。
それにつられてユーリも体をこわばらせながら自己紹介し、2人は向き合って直角にお辞儀し合った
「昨日はっ…その…か、かかっこよかったです!!」
フレイは昨日のユーリとジンの騒動を見ていた。人々に紛れながらキカの実のアイスクリームを片手に、溶けて流れることを気にも留めず、ただひたすらにその舞踏を見続け、踊る心を抑えきれなかった。
悪目立ちしたと思っていたが、良いこともあったと安堵するユーリであった。
「あ、ありがとうございます!……えっと…それじゃあ僕、依頼を受けたいので、これで失礼します!」
「まま待ってください!」
元気いっぱいにお辞儀をし、掲示板に向かおうとするユーリの腕を、フレイは必死に両手でギュッと掴み、引き止める。
そして何やら荷物から一枚の紙を取り出し、その内容をユーリ見せた。
依頼書だった。
「私と、一緒に行きませんか!?」
これがユーリの初依頼だった。