怒虎の眼光
今日2話目更新( ̄▽ ̄)
賑わっていた屋台の通りが、先程とは違う盛り上がりを見せ、店員客関係なしに集まる人々。
「やっちまえー!」
「負けんな兄ちゃん!」
そんな声が飛び交い、皆の視線はこちらに集まる。
殴り殴られ。
蹴り蹴られ。
ユーリと巨体の男はぶつかり続けた。
押されているのはユーリ。
やっとの思いで男の攻撃を避けるが、避けきれず体には何度も重い衝撃がのしかかっていた。
力で敵うはずがないのだ。
「おいおい大丈夫かぁ?」
ヘラヘラと笑う男。
ユーリは距離を取り、流れる汗を拭う。
着用してる服が鬱陶しくまとわりつき、体を重くする。
どうする。
どうする。
どうすれば、この人に勝てる。
繰り返しやって来る攻撃をひたすら回避する。
幸運なことに、この人は武器を持っていない。
でもそれは、物理的攻撃を得意としているからかもしれない。
するとその時、避けきれなかった男の拳がユーリの腹を一突きした。
「ぐはっ…!!!」
激痛と眩暈がユーリを襲う。
腹を抱えながら、その威力で後ろによろけた。
人々がユーリと男を囲い、突如盛り上がりが増した。
その声に誘導されて見上げたその先には、目を疑うものが映った。
「そろそろ終わりにしようぜー?ぬるま湯育ちのお子サマよぉ」
男の手には巨大な金槌のような、ハンマーのようなものがあった。
そして、2人を取り囲む人々の中から、声を上がった。
「あ、あいつ!1つのパーティーを壊滅させた、パーティー=スガルスのジンじゃねぇか!!!」
「パーティーをっ…壊滅…?」
荒ぐ息の中、口を開いたユーリ。
その言葉から、この人がどんな人か分かった。
この広い街の中で名が覚えられる程の者。
……つまり、ただ者ではないということだ。
パーティーを壊滅。
パーティーはよくゲームで聞く言葉だからわかるけど、壊滅させるということは現役の冒険者の集団を壊滅させる程の力があるということ。
……だか、普通の人であればするはずないことだと思う。
それをこの人は、してしまう人なんだ。
ゴクリ、喉を鳴らした。
足が小刻みに震え始める。
…自分には敵わないのか。
やはりだめなのだろうか。
考えるほど、さらにユーリを追い込んでいく。
そして周りの歓声が悲鳴混じりに一部変わる。
「逃げろ!」「無理よあんな子じゃあ!」など。
正直、逃げてしまいたい。
怖くて怖くてたまらないんだ。
髪の隙間から見えた男の姿。
大きな指をパキパキと鳴らしていた。
……だけど、考えてみろ。
今、この戦いから逃れたとして。
スピカちゃんはどうなる。
この人が、スピカちゃんを傷つけてしまうかもしれない。
どうなってしまうかわからない。
今日だけ?いや、この先もきっと、スピカちゃんを苦しめるかもしれない。
ユーリはスピカに目を向けた。
小さな体を震わせ、涙目をした少女。
………そんなこと、させない。
させてたまるか。
ユーリは短剣を片手に握り、ジンを前に構えた。
「おいおい、笑わせんなよ。なぁんだその短ぇ剣はよぉ!!」
笑うジンをよそに、ユーリは走って突っ込む。
当然、ジンはユーリの攻撃を回避し、反撃を行う。
激しくぶつかる両者。
殴られ蹴られ、押されては押して。
ぶつかり合う巨体の男と、小さな男に、周囲は釘付けだった。
…だが、そこでジンはあることに気づく。
ユーリに自分の攻撃が全て受け止められていること、そして、自分が押されていることに。
「あぁぁ!!」
突く度威力を増すユーリに、徐々に焦りを感じ始めるジン。
重い金槌、対するは素早い短剣。
次第に、歓声はユーリに向けられた。
「いいぞー!兄ちゃん!」
「やれー!やっちまえー!」
「頑張れー!」
声を力に、ユーリは素早く動き、ジンの体勢を崩す。
なんだ…!
なんなんだこいつは…!!
ジンは思うのであった。
そして、グラついたその時。
「ひっ…!」
ユーリの短剣が、ジンの顔の前で刃先を光らせながら動きを止めた。
ジンの額からは、汗が流れ落ちた。
ユーリが勝利したのだ。
あたりにはブワッと歓声が広がり、まるでお祭り騒ぎ。
ユーリは短剣を下げ、安堵の息を吐いた。
そして約束を交わす。
「もう、スピカちゃんを怖がらせることはしないで下さい。お願いします」
軽くお辞儀をしたユーリ。
その横から走ってきたスピカが、ぴょんとジャンプしながら飛び付いた。
そこには、キラキラした笑顔が戻っていた。
「オマエ、かっこいい!かっこいい!」
そして、見ていた人たちが集まり、ユーリにあれもこれもと食べ物や雑貨などを渡しにきた。
その歓声の波に押されていくユーリは、スピカと溺れるように屋台のある通りに飲み込まれていく。
…良かった。
勝ちました、サイさん。
……なんて、聞こえないか。
ユーリは顔を綻ばせ、短剣を握りしめた。
……一方で、残されたジン。
一向に引かない汗。
体は動かなかった。
そんなジンにかけよる取り巻きの男2人はその様子に驚く。
「お、おいジン、何がどうしたよ」
「オマエらしくないよ〜!大丈夫?」
俯くジンは、先程のユーリの目を思い出す。
刃を顔に向けた時の目が焼きついて離れない。
ジンは唾を飲み込み、話し始めた。
「 アイツの目が、虎のように見えた。…ぶつかればぶつかる程、体が動かなくなってきやがって… 」
思い出せば思い出す程、恐怖と羞恥心がジンを駆け巡る。
ただ、怯んでしまった自分。
周りの歓声がユーリに傾き始めたのも気づいていた。
それらが一気に怒りに変わった時、歯を食いしばる音が静かに響く。
そして。
ガシャン!!!
近くのベンチの足を、力一杯振った拳で壊した。
そのジンの様子に、男達は事態の深刻さに気づく。
「ジ…ジン」
「テメェら、"緋色の湖畔"に行くぞ」
「あっ…あそこって…」
ジンの言葉にたじろぐ男達。
ニヤリと口角を上げた危険な男が唇を舐める。
「俺を辱めた罰だ…あの小僧を地獄に落としてやる」
立ち上がるジンの影が濃くなる。
それに続くように、2人の男の顔には影が落ちた。
「…さぁて、まずはギルドだ」
3人の男は歩き出し、建物の影に消えていった。