少女《スピカ》
ちょっとかっこよくしすぎ?
「えっ」
良い匂いがする出来立ての串焼きだ。
白いモヤの正体は湯気。
串焼きの隙間から、こちらを見つめる少女の姿があった。
急いで立ち上がり向かい合うが、少女は串焼きをユーリに向ける。
「ん」
「あ…あの」
「ん」
食べろ、と言わんばかりに少女は串焼きを突き出す。
少し間が空いた後、「ありがとう」と言い串焼きを貰う。
食べるのか、食べないのか、少女の目に催促されている気がしたユーリは、ゆっくりと串焼きを口に運ぶ。
そして一気に平らげた。
「美味しかった…美味しかったです!ありがとうございます!」
深々とお辞儀をし、少女に笑顔を向けた。
「来て」
「えっ」
ユーリは少女に手を引かれて賑わう通りへ。
どこからも良い匂いがする屋台。
食べ物だけじゃなく、キラキラ光る不思議な雑貨や服、子供向けの縁日のようなものまである。
ユーリは少女に連れられ、屋台を転々とした。
サクサクする煎餅のようなものに塩が効いたひき肉とハーブを包んだ食べ物。
見たことのないフルーツが乗ったカップケーキ。
水々しい野菜とクリーミーなペーストのサンドイッチなど。
少女は様々なものを食べさせてくれた。
どれも美味しい。
けど、こっちの食べ物って自分の世界のものと少し違う気がするけど……大丈夫なのか?
多少の疑問は残るが、味に問題はない。
何より少女がガツガツとそれらを食べているため、安全であることは保証できる。
久々の感覚。
誰かと食べ歩き。
楽しかった。
まるで、地域でやっていたお祭りのようだった。
色々食べたせいか、満腹となった2人は噴水前のベンチに腰掛け、大きく一息ついた。
すると少女が口を開く。
「…さっきの続き。その女、ヘルティー。街の男、みんな、食われてる」
「くっ、食われてる!?」
屋台を回る道中、ユーリは少女に先程の妖艶な女の話をした。どうやら、女はヘルティーと言い、街中の男を誘惑しているらしい。
ユーリもその一人だったのだろう、とのこと。
だが気になるのは、自分の名前を知っていることと、身分証を持っていたこと。
うーん、と悩むように首を傾げた。
その後、満腹感を思い出し、ユーリはハッとした表情を見せ、みるみる青ざめていった。
待て待て待て!
何を満腹で満足してるんだ…!?
自分よりも年下であろう少女に、食べ物を買ってもらって!
何してんだぁぁもう!!
お金なんて持ってないし、そもそもこの世界のお金見たことないし…
い、いくら分食べたんだ?
あれと、これと…あとあれと…
指を使って数を数えるユーリ。
少女は小さな手でユーリの手を上から押さえた。
「いい。スピカ、楽しかったから、いいの」
そう言って少女ーースピカは笑う。
小さな女の子になんて事を…と項垂れるユーリだが、ベンチから立ち上がり深々と頭を下げ、「次は必ず自分がご馳走する」と約束をした。
スピカは嬉しそうに頷き、足をパタパタと動かしていた。
…また、助けて貰ってしまった。
このまま、誰かに助けて貰ってばかりではだめだ。
サイさんが言っていたように、誰かを助けられるようにならないと。
腰に刺すサイから貰った短剣を握りしめた。
「…武器?」
スピカが、首を傾げながらポケットに入れてある短剣を見て、指を指した。
ユーリはそっと短剣を取り出した。
「この街へ来る途中で出会った方に頂いたんです。これで自分の身くらい自分で守れよーって。でも実際に使ったのはまだ一度だけなんですけどね、ははは…」
頭を掻きながら笑うユーリに対し、スピカは真剣な顔をしていた。
「オマエ、冒険者?」
そう見えるのも無理はないだろう。
普通の人はこんな危なっかしいもの持ってないもんね。
「まだ、冒険者ではありません。これからなろうと思っていたところで。ギルドに行ってみようと思っていたんですが…」
「スピカ、邪魔した」
そう言ってスピカは俯き凹み出した。
「そうじゃないですよ!違います!ほんとに!」と説明をするユーリに、スピカは吹き出し、笑った。
「スピカ、案内する。こっち、着いてきて」
「えっ、あっ…はい!」
そう言って歩き出したスピカを後から追うように歩き出そうとした。
その時。
「あーーーれぇ?スピカぁ?ここで何してんだ?あ?」
ユーリを大きな影が覆い、聞こえた図太い声。
ハッとして振り返ると、そこに現れたのは大きく鍛え上げられた筋肉をむき出しにした男がいた。
その男の目は、スピカを捉えていた。
ニタニタと笑みを浮かべて、スピカに近づく。
さっきまでの笑顔はスピカの顔から消えていた。や
「…オマエ」
「探したんだぜ?」と言いながら、細く白いスピカの腕にゴツゴツとした巨大な手を伸ばす。
「やめっ」
スピカがか細い悲鳴を上げた後、体が咄嗟に動いた。
ドンッ
ユーリは男を押し除け、スピカの前に立つ。
「おっと」と体制を崩した巨体の男の目は、スピカではなくユーリを射止めた。
「スピカちゃんに触るな」
「なんだ兄ちゃん。王子様気取りかぁ?」
巨体の男の言葉につられ、取り巻きの2人の男はユーリを見て嘲笑っていた。
もちろん自分でも驚いている。
敵うわけないとも分かってる。
……それにデジャヴだし。
だけど。
だけど聞こえるんだ。
サイさんの声が。
自分の体が言うんだ。
"守れ"と。
「僕が相手だ」
男は鼻で笑った後、首や指の関節を鳴らした。
そして、大きく目を見開く。
それがスタートの合図だった。