冒険都市シャニオン
「そんじゃあ、俺はここまでだ。この先は1人で行けるな、ユーリ」
「はい、これまでありがとうございました!」
木が覆い茂る森を抜け、広々とした草原が広がる安全地帯に出た2人は、向かい合って言葉を交わす。
青空に浮かぶ雲は、一つ一つ独立し、早いスピードで流れていく。
「おいおい、これまでってお前……これからもよろしく、だろ?俺たちは師弟関係だ。右手首がその証」
右手首には師弟関係を示す模様が施された。不思議なことに、特に違和感なくついたそれは、まるでブレスレットのようなタトゥーに見える。
……だが、これをつけるまでが大変だった。
『なっ、なんでそんなことしないと、いけないんですか!?』
『仕方ねえだろ!これが師弟関係を繋ぐ儀式だ!できんなら俺もしたかねぇよ!』
今にもサイの唇に触れそうな自分の手首。力一杯抵抗するも、同じ力がサイ側に働く。
師弟関係を結ぶ。その方法は、相手の手首の内側にお互い口付けをすること。
なぜ口付けなのか、別のやり方はないのか、問う者は多いという。
……誰がどうして、こんなやり方を生み出したのか、それはわからない。
『早くしねぇか!これじゃあ始まんねぇだろ!!』
『無理無理無理無理!!たとえ手首でもそれはいやぁぁぁあ!!!!』
ーー…
ーーー…
そして今に至る。
自分の唇と手首の内側にまだ先程の感触が残っている。……内側っていうのも、更に嫌な感じ。
異性同性ともに、そんなことした経験などないし、年下でも年上でもない。もとい、出会って間もない人となど、普通あるわけない。
……思い返す度に、心臓がドクドクと弾み血液を沸騰させる。
側から見たら、男2人で何をしているんだって話になるだろう。
ハラハラする気持ちを抑え、ユーリはサイに言われた右手首を確認する。
タトゥーのように記された模様は右手首を一周する。ブレスレットのようで綺麗だった。
同じものがサイの左手首にある。
「まぁ、これと言って何か変わるってことはねぇが、師弟関係を結ぶメリットは3つある。1つは、互いの体力を分け合えること。そんで1つは、危機的状況になった時、知らせることができる。そして、もう1つは互いに殺し合えない」
「えっ、3つ目ってメリットになるんですか?」
1つ目と2つ目が利点になるのは分かるが、3つ目が利点になるのは、命を今すぐ奪われてもおかしくない、弱小の自分のみ。
サイのような強い冒険者なら3つ目の利点は必要ないはずだ。
いとも簡単に僕はやられてしまうだろう。
だが、そんなユーリの考えは関係なしに、サイはそれを「最も大きなメリット」だと言う。
「だが、当然デメリットもある。それはな……」
ーーー…
そして、2人は別れ、ユーリは前を向いて歩き出す。
デメリットの話を聞いたユーリは、ただただサイに冷たい視線を送った。
理由はこうだ。
『ある一定の距離にいたら念話で話せるんだ。だからよ………俺が女と寝てる時、お前さんに話しかけられたら、折角の熱も冷めちゃうだろ!?だからあんま使うんじゃねぇぞ!?』
「流石に、僕だってそんな時に話したくないって」
ただ、念話で話せるなど、物語の世界でしか出来ないと思っていたから、どのように話すのか正直気になるもの。
そんな、非現実的な事にワクワクしている自分がいたが、その後吹いた風に、現実に戻される。
「…海や平祐を探さないと」
力強く、大地に足を一歩一歩踏み締めて歩き出した。
この時、サイは振り返り、次第に小さくなっていくユーリを見ていた。
左手首の紋章を手でさすり、空中に浮かび上がった数字や文字を読み解いていく。
ユーリのステータスだ。
するとニヤリと口角を上げた。
「こらぁ参ったな。…とんだもんを引いたな」
ステータスに書かれていたのは“適正判定不能“の文字と“アビリティSS“の文字。
……アビリティSSって、俺と同じじゃねぇかよ。
サイは腕を組んでうなっていた。
その頃、ユーリの目の前には街が見えていた。
「街だ…!!」
きっとあそこだと、足を速め、下り坂を一気に駆け降りる。
大きな高い塀に囲まれたその街は、まるで絵画のように美しい。間近で見るともっと美しいのだろう。
勢いよく走っているが息一つ切らさない自分の体力のことよりも、好奇心が優勢となっていた。
すると、坂を下った平坦の道に、街に入る前に通る門を前にして人がずらっと並んでいた。
人がいる安心感と嬉しさに笑顔になりながら、ユーリは列に並んだ。
「こないだ貰ったアレ、すごい効いたよ!」
「そーいや、新しい剣が出たんだって?」
「ギルドの換金野郎…今度こそは…!!」
列に並ぶ人からは様々な話が飛び交う。また、装いは様々で、サイの様に鎧を着た物や魔法使いの様な者もいる。また、商人の様な積み荷を持つ者や華やかなドレスを着た者もいる。
"冒険都市シャニオン"
この街には色々な人達が集まっているんだ。
見たことない光景にワクワクと緊張が半分ずつ。
ゆっくりと列は流れ、建物が見えてきた。
だが、次は自分だと思ったところで、驚く。
「ほら、君。身分証」
「みっ、身分証?」
身分証って?保険証のこと?
それとも免許証?
…どちらにせよ、何も持ってない!
まずい、と、顔を青ざめていたその時。
後ろの人がユーリにぶつかりながら身分証を門番に見せた。
2枚分を。
「はい。アタシと…彼の分。よろしくね」
「あっアンタ…!」
門番の男の顔がみるみる赤く染まっていく。
すると女は男に体を密着させ、片手で顎の辺りにふれ、ふぅっと耳に息をかける。
「…思い出した?あの日のアノコト」
妖艶さを漂わせるその女は、男を骨抜きにした後、身分証を持ってひらひらと揺らしながら歩いて行った。
「あ、あの!」
咄嗟にユーリは女に駆け寄り、頭を下げてお礼を言った。
「あ、ありがとうございます!…僕、身分証持ってなくて、お姉さんがいなかったら街に入れなかったので……本当にありがとうございました!」
そう言ってもう一度頭を下げると、女が持つ身分証が目に入った。
そこには、なぜか、自分の顔と自分の名前が記されており「えっ」と小さく声が溢れた。
それを見た女はクスっと笑い、先ほどの男同様、顎に手を添える。
「ひぇっ…!」
思わず裏返る声。
それもそのはず、恐ろしいほどに美しく、そして艶やかな顔が甘い香りと共にふわりと近寄った。
そして耳元に熱い息がかかる。
沸騰する体。頭がクラクラし出すユーリ、だが。
「 待っていたわァ… 浅田友里くん 」
「!?」
吐息混じりに聞こえた言葉にカッと目を見開き、顎に触れていた手を払い除けようとした、が。
「……い、ない」
女の姿はなかった。消えたのだ。
あの狂気と狂愛に満ちたあの声と香りと熱が残るだけだった。
殺気か。執着か。愛か。
分からない何かを感じた。
なぜ、自分の身分証を持っていたのか。
身分証など、この世界に来て作ったことはない。
なぜ、自分の名を知っているのか。
知っている人はサイさんだけ……そもそも、自分はこれまでサイさんとしか会った事がない。
まさか。
神隠しについて知っているのかもしれない。
海や平祐の居場所も。彼女ならば。
根拠はないが、勘がユーリを動かす。走って女を探し始めた。
高い建物、店、人、それらを避けながら覗き込みながら、ただ女を探した。
だがここは見知らぬ地。どこまで広がる街なのかも分からぬこの場所で、人探しなど到底無理な話。
少し飛び出た石畳に足を引っ掛け、前を歩く人にぶつかる。
「すみません!」と、勢いよく頭を下げた後、一息つき無謀なことをしていた自分に気づく。
顔を上げて見てみると、活気付く屋台と商品を買う人で溢れ、美味しそうな匂いを運んでいた。
笑顔の商人と客。手には湯気が漂う美味しそうなものや光が反射してキラリと輝く宝石。
この空間で気が焦っているのは自分だけ。
急な孤独感を感じ、背中に感じるごつごつとした壁がやけにヒヤリと冷たく感じた。
自分の荒れた呼吸が、妙に大きく聞こえる。大小なりとも周りの音や声にビクビクする。
なぜ僕を知っている?
なぜ僕を待っていた?
彼女が今も自分を見ているかもしれない。
彼女はまたあの狂気か狂愛かに満ちたあの目を自分に向けているのかもしれない。
そう思うと、この美しい街や楽しげな音楽が奇妙に感じる。
海や平祐は、今頃どうしているのだろうか。
自分と同じだろうか。
そもそも、神隠しに遭ってるのだろうか。
背中を擦りながらしゃがみ込んだ。
すると誰かの足が近づき、ユーリの目の前で止まる。
もしや…!!
ハッとして顔を上げると、目の前に白いモヤがかかった。