初戦
主人公に戦ってもらいます。
友里が集めた細い木の枝に、男が火を点ける。正しくは、手から火を出して、枝を燃やす。
何事もなかったように男は「よし!」と言い、友里は目を大きくして凝視していた。
……ここでは普通のことかもしれない。
パチパチと燃える火を前に2人は座り込む。
赤く染まっていた空は、星屑を纏った藍色に染まりつつあり、あたりの草原は薄暗く色を変えていく。
果てしなく続く暗い草原を背に、小さな物音に対してもビクっとする友里。それに男は笑った。
男を睨み、小さく縮こまった。
「大丈夫だ、ここは安全地帯。さっきのベータスネイクは訳あって出現したが………もう、この辺りには魔物の気配もねぇし、俺の結界魔法もあっから問題ねぇぞ」
ポカーン。
……色々つっこみたい言葉が多いが、整理すると、まず、ここ一帯は安全基地であり、ベータスネイクのような魔物は本来この辺りにいないらしい。また、男が魔法を施し、結界が貼られて安全であると言う。
安心しろと言わんばかりの笑顔とグーサインに、頷くことしかできなかった。
「そうだそうだ、自己紹介がまだだったな。俺は、サイ・フォーグロード。冒険者だ」
冒険者。
まるで物語の世界だった。
「拠点は置かない性分でな、パーティにはもう1人いるんだが……まあ、おっかねぇ奴だ……んで、好きなもんは、酒!肉!女!これは譲れねぇな。んで?お前さんは?」
少し緊張して、肩を上げる。
「ぼっ僕は、浅田友里、です!…ここに来た理由は分かりませんが、友人2人とはぐれてしまって………途方に暮れているところです」
ガハハハっと豪快に笑ったサイに、恥ずかしくなって顔を赤らめる。
「寂しかったんだなぁ、よく頑張った!……そうだな、名前が長ぇから、よし。今日からお前さんは『ユーリ』だ!」
「えっ」
「よし、ユーリ。お前さんを俺の弟子にしてやる」
「ええっ!?」
この後の記憶は正直ないに等しい。
サイが持ち物からコップのようなものを出し、謎の液体を注いだ後、乾杯をした。
そしてそれを喉に流し込み、そこから記憶がストップ。
「んんっ…」
瞼の向こう側が眩しくて、少しずつ目を開けた。
そこには既に目を覚ましたサイの姿があった。
「よっ、おはようさん、ユーリ」
「お、おはようございます!」
ここで生きていく。
友里は朝日を浴びて、大きく伸びをした。
そこから2人は地面が剥き出しになった道を歩き始めた。
そこで聞いた“冒険者”の話。
冒険者は、ギルドで試験を行い、受かった者がなれる職業で、主にギルドからの【依頼】や【クエスト】を受け生計を立てる。
「じゃあ、サイさんは今、【依頼】を受けている最中ということですか?」
「ああ。やかましいギルド様から直々にな。困っちまうよなぁ、ギルドで掲示板見てったら、ドスドスとリンクマネージャーの姉ちゃんが怖え顔して来やがってよ。安全地帯に上級クラスのベータスネイクが出たって。…俺ぁ暇じゃねぇのに。…あ、リンクマネージャーってのはな……」
【リンクマネージャー】
ギルド従業員。冒険者一人一人に依頼やクエストを本人の性格やレベル、私生活に合わせて提案をしてくれる。担当マネージャー。
サイのリンクマネージャーはヴィオラという女性らしく、気品あふれる淑女とのこと。だが、仕事に追われると血相を変えて業務を遂行するらしい。
「…まあ、お前さんも街に着いたら寄ってみるといいさ。………お?」
サイは目を細め、ある一点を見つめた。
ユーリもつられてそこへ目線を送ると、微かに動く生き物が見えた。
「…あれは魔物ですか?」
「あぁ。ブサギだな。初級魔物だから、お前さんでも倒せるぞ。……………きっと」
「きっと、って!」
ユーリの声にブサギが反応した。
長い耳をピンと立て、真っ赤な目と巻いたツノが鋭く光る。それを合図に、3匹のブサギがこちらに向かってきた。
「えっ!えーっ!サイさん!来ますよこっち!」
左右には多い茂る木々。
逃げるとしたら後ろ、だが。
「ほれ、これ使ってやっつけてこい」
サイが何かをユーリに投げた。
「えっ!は、刃物!?」
「短剣だ。初心者にはちょうどいいだろ。俺ぁ、ここでちょいと昼寝でもして待ってっから、チャチャっとやっちゃってこい」
「そんな無茶な…!」
「ほら、来るぜ」
ギーギー鳴き歯を鳴らす顔がブサイクなウサギが、ユーリに飛び掛かる。
3匹は確実に自分を見ている。僕を敵と認識しているんだ。
避けられない、体が動かない、このままではやられてしまう。
どうする!どうする!
凄まじい速度で思考が回転していった。
その時だった。
『お前さんは、ここで生きていくんだ』
サイの声が頭に響いた。
そうだ。
僕は、こんなところでくたばってはいけない。
海や平祐を見つけなくちゃ。
やられてたまるか…!!!
「うわぁぁぁあああ!!」
ユーリは目を瞑って大声を上げる。短剣の鞘を抜き、脇を締め顔の前で構え、そのまま短剣を思いのまま振った。
「ん…?」
ユーリは恐る恐る目を開ける。硬く瞑っていたからか、眉間がジンジンと戦いの余韻を残す。
ブサギの場所を確認しようと、短剣を構えながら周りをキョロキョロする、が。ブサギの姿はなく、残るはキラキラと輝く石とブサギの巻きツノのみ。
何が起こったのかと、咄嗟にサイの顔を見るが、サイもまるで同じ顔をしていた。
「…ユーリ、お前さん…何者だ?」
「な、何が起こったんですか…?サイさん…僕に何かして…?」
サイが首を横に大きく振り、その後、目を輝かせ、興奮した様子でユーリの肩を掴んだ。
「ブースターか!?なんださっきの動きはよ!!ユーリ、お前さんどっかの守護師様からの恩恵受けてんのか!?あ!?冒険者じゃなかったらなんだ!?わっからねぇよ俺ぁよ!!!」
「さ、ささサイさん!!痛いです!!痛い!!」
落ち着いたサイは「悪い悪い」と気持ちを落ち着かせ、再びユーリに問う。
「ユーリ、お前さん本当は最初っから冒険者か?」
「ち、違います!!」
「なら、誰かの弟子か」
「それも違います!!」
「なら、守護師様の」
「守護師様って何ですかーー!」
「……」
はあはあ、と息を荒げて反論をする。
黙り込んだサイはユーリの目をじっと見つめ、その後ユーリの額に己の手をかざした。
じんわりと額に光が差し込み、眩しくて目を瞑る。
すると。
「っ!?」
『うわぁぁぁあああ!!』
シャキィィン……
先程のブサギとの一戦が頭の中で映し出された。
そこには無駄のない動きの中で、確実にブサギを仕留めている自分がいた。
強く地面を蹴り、弧を描くように跳躍しながら1匹ずつ煌めく石に変えて行っている。
紛れもなく、自分。
だがどことなく、ベータスネイクを仕留めた時のサイの動きにも似ている。
「…これは」
「記憶投影魔法だ。術者の見た記憶を映像化して、相手に見せることができる」
サイの顔は真剣そのものだった。
「ユーリ。俺の弟子にならないか」
なぜ、自分にこんな動きができたのか。
運動神経は良くはないが、こんな動きはしたことない。
だが覚えている感覚がある。
この時、胸が熱くなって体が軽くなった。
どこまでも行けてしまえそうなそんな感覚。
何が起こったのかわからない。
でも自分自身に期待している自分がいる。
『お前さんは、ここで生きていくんだ』
ここで生きていくために。
強くなるために。
僕にできるなら。
「はい!!」
この先で出会う自分のために、ユーリは大きく返事をした。