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神隠し先で出会った僕らは  作者: 月うさぎ
2/10

孤独と勲章


-----…




優しい風とともに、草の匂いが鼻に抜ける。

体を包む柔らかい草が頬を撫でた。

瞼の向こう側に温かな光と熱を感じながら、この空間を噛み締める。

ここが天国というものかと、頭の中で感じてそっと笑うが、誠のことかと、そういえばあの化け物はまだいるのではないかと思い、カッと目を見開き急いで顔を上げた。







あれ?いない?







そして前後左右上下、自分の手足を確認し、呆然と辺りを見渡す。


「ここは…?」


情けない声などすぐに消え溶けてなくなるくらい、広大な草原の中に自分がいることに気がつく。

整理できないその頭のまま、立ち上がりゆっくりと歩き出す。


家どころか建物も見えない。車の音や人の声すらしない。あるのは自由に飛び回る蝶と鳥、遠くには川が流れているくらい。


ここはどこだ。

まだ16の少年ーー友里は思うのであった。


川の近くまで歩き、水面を覗き込む。特に変わった様子のない川。そっと手を入れて冷たさを感じる。

夢じゃないことを感じて、改めて周りを見渡した。


海、平祐の存在はなく、ただ自分だけの空間。

咄嗟に、ポケットから携帯電話を取り出し、メッセージを確認する、が。

電源は付かず、暗い画面には自分の顔が虚しく映る。

海や平祐のみならず、そもそも誰かに連絡する手段がなくなった今、どうすれば良いのか。

友里の気力は失われていた。


その時、前方に小さな動く物体を発見する。目を細めてそれを凝視すると、そこには人の姿があった。

人だ!と思い、すぐさまその人のところへ走って向かう。だが、その足はすぐに止まった。

なぜなら、その人の目の前には無数の謎の物体が蠢いていたから。

友里は反射的に体を小さく縮こませ、その様子を見つめた。すると目の前の人ーー男は謎の物体に笑って話しかける。



「こんなところにいたか、ベータスネイク」



ベータスネイクと呼ばれた物体は、その声に応えるように球体のような体を震わせ、みるみるうちに巨大化させてみせた。

その数、ざっと数えても10を超える。まるで蛇のように長い体と相手を怯ませるような輝く鋭い目と牙、奇怪な程に美しい模様。

見たことのない蛇とその大きさに目を見開き息を呑む。


先頭のベータスネイクは、人など簡単に飲み込んでしまえるような大きな口を開け、先陣を切って男に襲いかかって行く。


「危ないっ…!」


勝手に動いた体と咄嗟に出た声。

男は驚いてこちらを向いていた。


すると男は何かを叫んでいたが、それも束の間。

男の顔など見えなぬくらいに大きな影が自分の目の前におちた。

一瞬だった。

見上げてすぐ、視界は空へと切り替わる。耳からは風を切る音が聞こえ、腹から込み上げる熱いものを感じ、気がつけば体は草の上に叩きつけられていた。


「カハッ…!!」


口からこぼれた熱。体の至る所に鋭い痛みを感じた。

骨が折れたのかもしれない。

感じたことの無い痛みの中、ありったけの力で顔を上げるとそこには口を大きく開けたベータスネイクがいた。

死への恐怖を感じ、硬く目を瞑り、出したことの無い大声を出した。

自分は死んだのだと、思った矢先。

ベータスネイクが激しく燃え始め、無数の閃光が纏い出す。




「!?」




何が起こったのか分からなかった。

瞬く間にベータスネイクは崩れていき、草の上でチリチリと火の粉をあげる。


助かったのだろうか。

体の至る所がズキズキと痛む中、遠ざかる意識にただ身を委ねることしかできなかった。

自分の荒げた息の音が小さくなる。

赤い炎が次第に見えなくなってゆく。










「ベータヒール」











優しい声が聞こえた直後、柔らかい光が瞼裏から感じ、その心地よさに眉を下げた。不思議と体の痛みが解けていき、喉の熱が和らいでいく。


呼吸のしやすさを感じた頃、そっと目を開けるとそこには真っ赤に染まった空が広がっていた。

ゆっくり体を起こし、汗ばんだ背中に風が抜けていく。


「よお。起きたか小僧」


背後から声がして振り向く。


「なかなか起きねぇからくたばっちまったんかと思ったぜ」


間近に見るその姿に衝撃を受けた。

この空と同じ色をした髪と髭、黄金色の瞳。鍛えられた大きな体に見たことの無い服装…鎧を纏い、腰には数本の剣が。

漫画やアニメでしか見たことのなかった人の姿。


「こ…は…」


男はただ口を結び、真剣な眼差しでこちらを見つめる。


「こっ…ここはっ…どこなんですか…!」



視界が揺るぎ出して、熱いものが溢れて止まらなかった。

溢れたものはそれだけじゃ無い。

恐怖や混乱、孤独。

込み上げる様々な思いがぶつかっていく。


居たはずの恐怖がもう居ない。

痛いはずなのに。もうどこも痛く無い。

何も無かったかのように、時はすぎる。


それが違う世界にいることを思い知らせる。


すると頭にずっしりと大きな手が乗った。

じわじわとその温もりを感じる。



「小僧、よく聞け」



とめどなく溢れる熱を止める術はなく、その声に導かれるように顔を少し上げる。



「俺はお前さんがどこからきたのかは分からない。…だが、この世界の人間では無いことはわかる。1人でこんなとこに居て、あんな化け物に襲われて、普通で居られる奴なんざそうそう居ない。それが普通だ。……でもな」



男は友里の肩に手を添えた。



「お前さんは、ここで生きていくんだ。その命を止めてはいけねぇ。弱いものは死ぬ。ここはそういうところだ」



突き付けられたその現実に、唇を噛み締める。

両肩に乗る手が、重く感じた。


男は優しく口角を上げ、目元を緩ませた。



「だからお前さんは、弱者を守れ」



思いもよらない言葉に「えっ」と小さく言葉をこぼす。

見上げたその顔には、無数の傷や跡がまるで勲章のように刻まれていた。

どれだけ戦ってきたのか。どれだけの人を守って、どれだけの人を救ってきたのか。そしてどれだけ自分を

傷つけ犠牲にしてきたのか。


それを思えば思うほど、友里の胸は熱く締め付けられていく。


「僕に…それができると、言うんですか?」


締め付けられる胸を掴みながら、恐る恐る尋ねた。

だがそんな気持ちを跳ね返すように、男はしわくちゃな笑顔で言う。


「当たり前だ!」


男の胸には、ベータスネイクとの戦闘前に聞いた友里の勇気ある声が、熱く響いていた。













見知らぬ土地で孤独を感じていた僕にくれた言葉。

その言葉が、"僕"に出会えたきっかけだった。







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