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神隠し先で出会った僕らは  作者: 月うさぎ
10/10

緋色の水龍

前投稿から更新が止まっていました。再開します!


 冒険都市シャニオン、冒険者ギルド、ミーティングC室にて。


「……おい、ヴィオラ聞いてんのか」


「はい。シガーフィングの男についてですね」


「……お前さん、誰と話してんだ?」


 項垂れたサイはため息をつきながら足を組んだ。テーブルにはピン留めされた地図と魔物が記された本、受理した依頼書が置かれている。

 サイのリンクマネージャーであるヴィオラは、サイに呼び出され尋問を受けていた。


「ユーリのことだ。……ヴィオラ、何故このデタラメな依頼書を受理したのか、聞いている」


 バンッとテーブルの上の依頼書をヴィオラに向け、強く叩いた。

 依頼書に記されていたのは、中級野草に属する青い解毒草の採取。その名の通り、解毒に高い効果のある野草で、薬草業界では価値が高い。

 しかし、サイは知っていた。この解毒草は緋色の湖畔周辺では育たない。だが、それはもちろんギルドも知っている。

 何故なら、依頼書はギルドが発行しているからだ。ギルド以外の組織や個人が、発行してはいけない規則になっている。その規則を破る依頼を作るのはギルドと対立関係にある通称闇ギルド"オルタナス探偵事務所"のみだ。


「闇ギルドの手は借りてませんよ」


「なら、なんだってんだ。とんでもねえ野郎が偽造したとでも?」


「ええ。そのとんでもねえ野郎です♡」


 嬉しそうにパチっと手を叩き重ねたヴィオラに、サイは二度目のため息を大きくつく。

 2人は長い関係で、互いの性格をとてもよく理解している。だからサイは、ヴィオラのその様子を見て深刻な顔をするのをやめ、頬杖をつき半目で冷たく笑顔の美女に問いかけた。


「……で?今度はナニを考えてる」


 話をするのも面倒になったサイは、頬杖をついた指を立て、頬をポンポンと弾く。反して、嬉しそうに笑っているヴィオラは白く細い両指を絡ませ、その上に滑らかにウェーブした顎を優しく乗せる。


「ただ、気になっただけですよ。貴方の弟子になったユーリ・アサダくんが」


「本当にそれだけか?」


「うーん、あとは、素質がある、と言ったところかしら。試したくなっちゃったわ♡」


「……俺ぁ知らねぇからな、ギルド長にこっぴどく怒られてろ」


「あぁ、それならもうすでに怒られました♡ギルド長、慌てて騎士団に救出要請を出してましたよ。そろそろ、現地に到着する頃かと♡」


「……お前さんのその神経の図太さは尊敬するぜ」


「どーも♡」


 3回目の大きなため息をついたサイは、左手首をさする。すると、ユーリとの関係を示す黒いブレスレットのようなタトゥー"リンカー"が浮き出す。


 それにしても、小僧から危機感は感じられない。ガラグディアンスと遭遇していないといいが…。


 サイは4回目のため息をついた。






----…………





 緋色の湖畔、水深部。悍ましい激流に守られた真っ白な神殿で、ユーリは高鳴る鼓動を必死に抑え息を潜めながらゆっくりと進んでいた。

 体が濡れているのか、汗をかいているのかわからないが、それらがヒヤリと体を冷やしていく。自分だけの足音が広い廊下に響き、ふとした音にビクリと身を震わせていた。


 一体どこまで続いているんだろう。結構歩いた気がするけど…。


 ふと後ろを振り返ると、歩いてきた道はすでに灯火は消え、暗く黒く闇をつくっていた。急いで前を向き、自分の身を自分の腕で抱きながら歩いていると、奥から光が見え始める。

 その光はまるで、ユーリが神隠しにあった時に見たあの一縷の光にどこか似ていた。




 カランッ……




 ビクーーーッ!

「!!」


 声を抑えながら、目を丸くしてその甲高い音の先を見た。銀色に煌めくその物体は、紛れもなくサイからもらったユーリの短剣だった。


「良かった……!サイさんに殺されるかと思った……!」


 優しく拾い上げて、短剣を頬にすり寄せ、鞘に帰す。再び自分の元へ戻った短剣をユーリは強く胸に抱きしめた。すると、右手首にリンガーが浮かび上がり、ユーリの脳内にはある言葉が響いてきた。


『ベータヒール』

「ベータヒール」


 その声と一緒に唱えた言葉と共に、体の周りには柔らかく優しい光が灯し出し、ふわりとユーリの体を温めた。傷がどんどん癒えていき、濡れた体や髪も乾いていく。


 これは……、自分がベータスネイクにやられた時、サイさんがかけてくれた魔法だ。……でも何故、僕が魔法なんて……。これも、この右手首のお陰なのだろうか。


 みるみる体が軽くなり、思わず伸びをしたユーリ。光が落ち着き、靴紐をギュッと締め上げると、腰に装備した短剣がキラリと光った。まるで、己を鼓舞する小さな勇気のように。


「よし、いくぞ!」


 大きく一歩踏み出し、光の元へ走り出した。----その時。






「 どこにいくんだ? 」



 


「!?」





 突如背後から聞こえた声に、ユーリは勢いよく振り返る。灯火が消えた暗闇から、色濃い人影がこちらに向かっていた。コツコツと靴を鳴らす音が、天井や壁を伝ってユーリの元へ響いていく。少しずつ大きくなる反響音を作っているその者から、大きな圧を感じ、ユーリは短剣をそっと抜いた。


 何だこの圧迫感は……暗いから顔は見えないけど、何故こんなところに人が……。


 見えない敵。ただならぬその気配に息を呑み、汗がそっと頬を伝った。


「我と戦う気か?ん?」


 そこでユーリはあることに気がつく。この声に聞き覚えがあった。


『 無様だな、人間 』


 この声だ。大波が押し寄せた時に確かに聞いた、あの声だった。その正体はわからなかったが、おそらく同じ。影が近づくにつれてどんどん大きくなっていく足音と比例して、ユーリの鼓動も早く大きくなっていく。

 灯火がユラユラと揺れ、影がぼんやりと波打つ。姿形も分からないその者は、暗いじっとりとしたこの空間にケラケラと乾いた笑い声を響かせていた。


「あ、あなたは……誰なんですか」


 短剣を構え、戦闘体制を取る。だが、勝敗は見えている。それでも、このままやられてしまうならば、最後まであがこうというのがユーリの考えだった。

 気配が近くまできたところで、一度足音は止み、灯火が全て消えた。


「我は」


 灯火が一気に点火され、真っ暗だった周囲を眩しく灯した。

 その眩しさにぎゅっと目を瞑ったユーリだったが、ゆっくり目を開けた先に見えたものに、大きく目を見開いた。













「こっ……子どもっ!?」




 そこには小さい子どもが立っていた。だが、その子どもはみるみる顔を赤くし、肩をピクピクと震わせ、口をパクパクさせた後、口を硬く結んだ。子どもと言われた"子ども"は、その言葉に腹を立たせていたのだった。

 子どもが広げた手のひらには魔法陣が組み立てられていく。その中心には赤い液体がふつふつと飛び上がっていた。


「魔法……?」


 一度瞬きをしたところで、目の前に大きく渦を巻いた赤い液体が勢いよく迫る。ユーリは反射的にそれを避けるように地面に倒れ込んだ。

 その後それは勢いよく壁にぶつかり、壁を砕き、蒸気を揺らしながら地面に吸収されていく。

 頬に一滴飛んだそれを拭い、何かを確かめる。


 なんだこれ……お湯?


 ユーリは咄嗟に振り返り、子どもに視線を送る。すると、よく見るとその姿にどこか見覚えがあった。

 肩までの赤い髪に赤い角、赤い鱗がギラギラ反射する腕、割に合わない大きい手とその先に伸びる鋭い爪。深海の如く青い瞳と真っ白な牙。

 その姿に類似した"生き物"を、ユーリは知っている。


「もしかして……」


 ゆっくりと立ち上がり、目を丸くして子どもを見つめた。その様子を見た子どもは、満足したように片口角を上げ、腕を組んで仁王立ちをする。

 




「 我は、渾沌、厄災をも呑み込み、激流を司る赤き水龍、ガラグディアンスだ 」




「ガ……ガラグディアンス……!!」




「いかにも!」




 ガラグディアンスと名乗る子どもは満足気に笑みを浮かべていた。

 見た目は少年。肩まである髪が揺れ、光り輝く耳飾りが、キラリと覗いた。赤と黒の和服がすらっと体のラインを作っていた。

 ユーリの理解は追いつかず、なぜあの巨大な水龍がこのような子どもの姿と化しているのか混乱していた。


 ……どう見たって子どもだ。僕よりも年下で、小学校低学年くらい。本当にこの子があの水龍?でも、だとしたら……だとしたら……。


 ただ、確かにその事実を確信付けるものを先程の魔法で確認済みであり、何よりもこのただならぬ気配がこの子どもを水龍であると証明していた。

 頭の中でそれを理解した時、ユーリの中の選択肢はただ一つだけとなった。一か八かだが、この方法しかないと、背中を濡らす汗が己を支援した。

 ユーリは短剣を鞘に滑らせ、後ろ足を踏み込み、力を入れた。そして。







 勢い良く後ろを向いて、ただひたすらに前に向かって走り出す!


「ふんっ!我が怖いかー?人間。我はな、ここ緋色の湖畔を守り続けて……って!おい!人間!どこへ行く!?」


 水龍が気づいた時にはすでに、ユーリは猛ダッシュでその場から立ち去っていた。唖然とした水龍は、首を横に振ってすぐさま正気を取り戻し、「待てー!」と遠くなるユーリの背中に向かって声を放った。響き渡る足音が不規則に重なって響くと、それに合わせて灯火もついたり消えたりとしていた。当然、灯火も驚くのである。


 な、なんだこの人間!足が速いぞ!


 と、水龍ガラグディアンス。


 やばいっ!逃げないと!!


 と、人間ユーリ。

 1人と1体の鬼ごっこが始まったのであった。


 真っ青になりながら必死に走るユーリに対し、キーッ!と怒っている水龍。その姿を恐怖に感じたユーリは水龍相手にまともに戦えるはずがない、瞬殺されると考え、ただひたすらに逃げていた。

 

 確かに、ジンを救うと言い湖に飛び込んだのは自分だった。フレイにかっこいいことも言ったのも自分だった。それを踏まえてユーリは今、とてつもなく恥ずかしくて、「ごめんなさい」をひたすら繰り返していたのであった。


「おっおい!人間!待て!」


「待てません!!」


「止まれ!人間!」


「止まれませんー!!」


 走りながら必死に掛け合う1人と1体。だが、ユーリにその足は止められない。死闘の戦いはすでに始まっているのだ。(ユーリだけ)


「ったく……止まれって……」


 水龍は足をキュッと止め、右肩を後ろに、半身の姿勢をとった。構えた右手のひらには魔法陣が浮き上がり、渦を巻くように水が作り出されていく。


「言ってんだろうがぁあ!!!」


 右足を前に踏み込んだと同時に、水龍が魔法を投げ放った。空気の間を潜り抜けるように放たれた水砲は光を纏い、ユーリに向かって一直線に飛んでいく。

 背後から迫るその音と光に気づいたユーリは、ハッとして後ろを見るが。


「ぐぶハっ!!」


「ぬ!?」


 顔面に直撃した水砲は、ユーリの顔に当たった後、パシャリと音を立てて飛び散った。その勢いで地面に滑るように倒れ込む。

 その姿に、水龍は苦笑いし、頭を掻いた後ユーリの元へ走り寄った。足元に横たわるのは目をぐるぐる回したユーリ。大きなため息をついて頭を抱えた。


「お主が悪いんだからな。止まれば良かったものを。…………よっと」


 軽々とユーリを肩に担いだ水龍。大きな手がユーリの体を支えた。そして、ゆっくりと歩き出し、1人と1体は、灯に照らされて奥へ奥へと進んでいった。




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