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その5

 その後、大介と二本木は、境線を使って、弓ヶ浜(ゆみがはま)海岸や米子空港をまわった。


 そこで二本木は、この地の歴史や文化の魅力、自分の若い頃を語った。


 ひたすら楽しげに語る彼を見て、大介は、境港で彼の言っていたことの本質が、つかめてきた気がした。


「米子空港は自衛隊基地が隣にありますが、あそこが旧日本海軍の飛行場だなんて知りませんでしたよ」


「そうでしょう、そうでしょう」


 米子空港の最寄り駅である大篠津おおしのづ駅。時刻は18時30分。二人は、その駅舎前にやってきていた。


 ダイヤ通りであれば、もうすぐ米子行きの普通列車がやってくるはずだ。


 そのとき――!


「誰だ?」


 大介は、駅舎脇の大樹の陰から、飛び出てきた影――若い男に気づいた。


 直後その男は、二本木のもとへ駆け寄り、光る何かを振りかざした!


「危ない!」


 大介は、とっさに二本木をかばい、さらに男の持つ光るものをはたき落とした。


 地面に落ちたことで、それがナイフだとわかった。


「お前、鳥取駅のヤツか!?」


 大介は、男を蹴って間合いをとり、携帯していた拳銃を構えた。


「……!」


 大介の銃口は男を捉えていたが、発砲することができなかった。


 鉄道公安官は、拳銃を携帯することができるが、創設以来実際に現場で発砲したことはない。


 そのことが頭をよぎった彼は、引き金を引くことをためらってしまったのだ。


 そして、そのためらいが、彼に隙を生んだ。


「――っ!」


 気が付くと、大介の右腕に、ざっくりと深い傷跡ができていた。


 男は、ナイフだけではなくカミソリも持っていたのだ。


(これまでなのか?)


 拳銃を落とし、出血多量で意識が薄れていく彼が、そう思った瞬間。


 ズドン!


 一発の銃声が聞こえ、男は足を抱えて悶えながら倒れた。


「なっ……!?」


 大介が、銃声が聞こえたほうを向くと――そこには、しりもちをついて拳銃を構える二本木の姿があった。


 動きの悪かった左足は義足だったらしく、白いそれが、生々しく露出していた。


「こう見えても、若い頃は海軍の航空兵。拳銃の使い方くらい、身体で覚えてますよ」


 二本木が得意げにニヤリと笑った。


 大介の記憶は、ここで途切れていた。



   *   *   *



 大介が気がついたのは、温泉街に近いK病院・個室病室のベッドの上だった。


 勢いよく起き上がると、その脇に、スーツ姿の後藤室長が座っているのが見えた。


「そんなムチャな動きをしちゃいかん! 君は、ケガ人なんだから」


 起き上がろうとする大介を、後藤室長は覆いかぶさるようにして止めた。


 がっしりした体格に角刈りという、いかつい見た目をしている彼だったが、大介に対して柔和な笑みを見せた。


「二本木さんは……どうなりましたか?」


「あの人は無事だよ。帰りに乗る予定だった急行「さんべ」に間に合わなかったから、代わりにこちらで急行「だいせん」の切符を取って、鳥取に帰ってもらった」


「よかった……」


 大介は安堵して、壁掛け時計が0時半を指しているのを確認した。


 定刻通りなら、10分ほど前に鳥取駅に着いていることだろう。


 そして、この会話の流れで後藤室長は、大介たちを襲った男――犯人とその顛末について語った。


 犯人は、県内のX大学に通う加悦健二かや けんじ。過激思想に傾倒し、たびたび県内で、旧日本軍人を相手に障害未遂事件を起こしていたのだという。今回二本木を襲ったのも、その延長だった。


 二本木が襲われたのは、彼自身に何か問題があったからというわけではなかったのだ。


「二本木さん、何か言っていましたか? 結局私は、最後まで警護できなかったので」


 大介が申し訳なさそうに訊くと、後藤室長は「そういえば」と前置きして、答えた。


「君がここに来たのも何かの縁なのだから、それを知る努力をしたほうがいい、って言ってたな。その土地を知ることが、その土地を愛することになる……んだそうだ」


「……!」


 後藤室長は、二本木の言葉をよくわからないまま伝えていたようだが、大介には、その言葉の意図がハッキリとわかっていた。


 そうだ。米子に来たのも、きっと何かの縁なのだ。人間と一緒で、自分から知ろうとしなければ、振り向いてくれるはずがない。


 大介は、今までの己の考えを恥じた。


「室長。室長は……公安官として、全国転勤を続けてこられたんですよね。辛くはなかったんですか?」


「そうだな……北は盛岡、南は直方のおがただ。国鉄マンの宿命とはいえ、大変だったよ。この米子も、気候的にはかなり厳しいけどな」


 大介の問いに、後藤室長は懐かしむように笑いながら答え、さらにこう続けた。


「でも、嘆いてても仕方ないから、赴任地を楽しむことにした。この仕事をしなけりゃ、行かないような場所もあったしな。仕事をしながら、ディスカバー・ジャパンしてたようなもんだ。いや、今なら、いい日旅立ちと言うべきか?」


 上手いことを言ったと言わんばかりに高笑いする後藤室長をよそに、大介はその言葉をただひたすら噛みしめていた。


 そして、二本木の言い残したことが本質をついていることを、確信した――。

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