その4
米子駅に向かう道中、大介は二本木と向かい合わせに座って会話しながら、彼の素性を知った。
鳥取市に住む二本木は、毎年この時期に、日帰りで米子と境港を一人旅行しているのだという。
鉄道を使っているのは、足が悪いせいで、車の運転が困難だかららしい。
「米子と境港の海っぺり――美保湾は、わしの思い出なんですよ」
「美保湾、って言うんですね。私はまだ転勤したてで、この辺の地理に詳しくなくて」
しわがれた声で楽しげに語る二本木に対して、大介の表情は固いままだった。
そんな話をしているうちに、急行「美保」は米子駅に滑り込んだ。
11時41分到着。ここから、境港へ向かう境線の普通列車に乗り換えである。
「今度の境線は、11時58分。松江方面からの急行「石見」の乗客も拾うんで、混むかもしれないですよ」
「公安官さん、わしは大丈夫です。毎年のことで、慣れてますから……」
大介は、二本木の手を取りながら跨線橋を渡り、境線の0番ホームへ向かって、止まっているキハ40形普通列車に乗り込んだ。
そして、大介の言ったとおり、急行「石見」からの客も乗せ、ほぼ満員となった列車は、エンジンをうならせながら発車。
境線をゴロゴロと走り、終点境港駅に到着したのは、12時36分だった。
「さて、ここからどこへ向かうんですか?」
尻をさすりながら、大介は訊いた。
倉吉駅からほぼずっと窮屈なボックスシートに座りっぱなしだったため、尾てい骨あたりを痛めていた。
「タクシーで、境港へ向かいます。フェリーターミナルじゃなくて、工業港のほうに行きたいんでね」
対する二本木はぴんぴんしており、不自由な左足を引きずりながら、意気揚々と駅前でタクシーを拾った。
「足は悪いけど、すげぇ元気じゃん……」
本当に、二本木を一日警護する必要があるのか?
そう思いながら、大介は彼の後を追った。
* * *
境港駅から、タクシーで約8分。二人は、境港に到着した。
フェリーターミナルとは違い、工業港であることから、やや殺風景であり、この日は休日であるため人もまばらだった。
(ここを観光して、何が楽しいんだろう?)
湾岸から、美保湾をただひたすら見つめる二本木を見て、大介は疑問を抱いた。
「街並みは変わっても、美保湾はずっと見守ってくれる。それがいいんですよ。私が若い頃も、よく眺めたものです」
二本木は、まるで大介の胸中を察したかのようにぼやいた。
「二本木さんは、この辺出身なんですか?」
「いや。国は大阪のほうなんですがね。縁あってこっちに来て、それからずっとです」
大介の問いに、二本木は穏やかに答えた。
「でも、大阪からこうした地方に来て、不自由しなかったんですか? 俺はどうも――」
大介は、素直に山陰地方に対して思うことを、二本木にぶつけた。
自分と彼が、似たような境遇であるように感じたからだった。
「そりゃあ、最初は難儀しましたよ。希望した道とはいえ、環境が厳しい田舎の港町は、大阪に比べりゃ不自由です。でも――」
「でも?」
「地元の人やその文化と触れ合ううちに、どうも愛着が湧いてきたんですよ。そいで、気づいたらこの地が好きになってました」
そう答える二本木の顔は、喜びいっぱいだった。
「そういうもの……なんですかね」
「何事もそうですが、自分から歩み寄らないと、動かないことがある。嘆くだけじゃなくて、赴任地を自分から知ろうとすることも、必要なんじゃないですかね」
「……」
大介は、二本木の言葉がわかったような、わからなかったような、もどかしさを抱いていた。
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