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その3

 スリの現行犯で、少女を取り押さえた大介と一は、そのままデッキへと彼女を連行し、取調べを開始した。


 特急であれば、乗務員室で行うのだが、キハ58系にはそのような設備がないため、やむを得ない処置であった。


 狭くエンジン音のうるさいそこでの取調べは、困難を極めた。


 が、少女が米原泉よねはら いずみという大阪の家出高校生であることと、ここまで昨夜から在来線を乗り継いでやって来たことが判明した。


「岡山で始発の津山つやま線鳥取行き普通列車に乗って、津山で一度財布をスッて。それでここでもまたスリか。まったく、どうしようもねぇな」


 ため息をつきながら、一は吐き捨てるように言った。


「金が無かったんや。四国への連絡船には乗れんし、こっち来るしかなくて……」


 泉は、微塵も反省していない様子だった。


「大阪から岡山までは、どうやって? 深夜1時じゃ、寝台列車は終わってるだろう」


「走ってたよ? なんか窓の小さい、似たようなのが。それに潜りこんで……」


「……なんてこった、深夜の荷物列車に無断乗車してたのか!」


 今度は大介が泉に訊き、彼女へ理解を示そうとしたが、逆にその行動に呆れる結果になってしまった。


「恵さん。現行犯で押さえたんですし、早いところ米原を警察に引き渡しましょう」


 一は、面倒くさそうに大介に声をかけた。


「そうだな。もうすぐ停車駅の松崎まつざきだから、そこで――」


「いや、ここは倉吉くらよし署の管轄なんで、一つ先の倉吉まで行きましょう……そうだ!」


 突然、一は表情を明るくし、大介の耳元に顔を近づけてきた。


「恵さん、頼みがあるんですけど」


「何……何?」


「私ね、もとはあるお年寄りの警護のために乗ってたんですよ。ほら、あそこの」


 眉をひそめる大介を気にせず、一は小声で話しながら、デッキ越しに客室内を指した。


 確かに、彼が指した先には、老人が座っていた。


 杖を持っており、足が悪そうだ。


「私が、この米原を倉吉署に連行します。だから恵さん。代わりに、あの人を警護してくれませんか?」


「はあ!?」


 一の頼みに、大介は思わず絶叫した。


「いいじゃないですか。あの人は、境港さかいみなと方面の旅行者なんですが、鳥取で暴漢に襲われたんで、一日私が警護につくことになったんです。恵さんなら、米子方面で方向が一緒じゃないですか」


「いや、そりゃそうだけど……」


「それに、さっき第一種警乗の帰りだって言ってましたよね。アレ、持ってるんでしょう? なら、僕よりもあの人の警護に適任です」


 調子のいい一に、大介は圧倒された。


 そして、先ほど第一種警乗のことを話さなければよかったと、後悔した。


 一の言う「アレ」は、拳銃のことである。


 普段それを持つことが少ない鉄道公安職員だったが、第一種警乗の時は、その携帯が義務付けられていた。


「……わかったよ。松崎で駅員に電話してもらって、室長に倉吉へ折り返して回答してもらうようにしよう」


 許可など出るはずがない。そう思って、大介はひとまずこれで手を打った。



   *   *   *



 松崎駅を経て、大介たちが倉吉駅に到着したのは、10時42分。


 駅に着くと同時に、彼らが乗る車両のデッキの扉に近づいてきた駅員の伝言に、大介は耳を疑った。


「警護交代を許可する? 室長が本当にそう言ったのか!?」


「ええ、そうです。間違いありません」


 上司である後藤浩三ごとう こうぞう室長の判断に、大介は思わず頭を抱えた。


「じゃあ、恵さん。あのお年寄りの警護をよろしくお願いします。私は、倉吉署に米原を連行しますので」


「ちょっと待ってくれよ。お年寄りって、あの人の素性とかは……」


 素早く支度し、笑みを浮かべて降りようとする一を、大介はあわてて呼び止めた。


「名前は、二本木国雄にほんぎ くにおさん。見た目は老けていますが、定年退職してまだ数年の58歳です。足が少し不自由なんで、それは注意してあげてください」


「鳥取で暴漢に襲われたというのは?」


「反戦運動家の学生に、ナイフでやられました。二本木さんは無傷でしたが、学生には逃げられまして……まったく! ベトナムが終わって、しばらく経ってるってのに、勘弁してほしいもんですよ」


 一の大介に対する回答は、やけに素っ気なく、そして早口だった。


「襲われた理由って、何かあるんじゃないのか? 足の悪い二本木さんを襲っても……」


 大介が困惑しているうちに、倉吉駅の発車ベルが、けたたましく鳴った。


「恵さん、もう発車です。私はこれで!」


「おい! そりゃ――」


 彼が言い終わらないうちに、一は泉とともに降り、列車の扉がガチャンと閉まった。


「……なんで、こんなことに」


 ため息をつきながらぼやいた大介は、とぼとぼと二本木の座席へと向かった――。

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