貴女の味方となる
「我が名は『ヒフミヨイツ』! 異世界『地球』よりこの世界『ルミークライン』に来た! 貴公はこの『セラエノの地下墓』に彷徨う亡霊か?」
「私は『若葉』! ヨイツに召喚された『案内妖精』だよ! 貴女はどなた?」
安価の結果に従い高らかに名乗り上げるヨイツと、それを真似する若葉。
もう少し穏当かつ丁寧な自己紹介の方が良かったのでは? とも一瞬考えたが、初対面で異世界から来たとか意味不明な事を言っている訳だしある程度勢いでのゴリ押しも必要かとヨイツは納得していた。
それに今居るこの世界ルミークラインは剣と魔法のファンタジー世界であり、今の自分は相手から騎士として認識されているのだ、堂々とした態度と物言いの方が様になるだろう。
なお、若葉の場合は単に他人への自己紹介が初めてである為、ヨイツの口上を真似しただけである。
一方ヨイツと若葉の名乗りを受けたアルアはというと、ヨイツの言葉の内容に驚いてはいたが驚愕していたのは異世界から来たという部分ではなく、長年謎だった自分の囚われているこの地下墓の名前に対してだった。
「『セラエノの地下墓』ですって!? そんな、それじゃあわたくしの誘拐に関与したのは教会だけでなく……っ!」
信じられないと言った表情で後退り、俯いてぶつぶつと呟くアルア。
自身が長年閉じ込められていたこの場所が『セラエノの地下墓』である、その事実はアルアにとって信じ難い一つの真実を裏付けるものであったのだ。
可能性の一つとしては浮かんでいた、だがそんな事はある筈が無いと考えないようにしていたその答えに対し、まだ確証がある訳では無いと頭で判っていても、アルアの心はどうしようもなく打ちひしがれていた。
そんなアルアの尋常では無い様子に困惑したのはヨイツと若葉だ。
アルアの事情どころか、現段階では名前すら判っていないような有様だったが、それでも彼女に複雑な事情と酷く心が傷つくような出来事があった事は、地下墓ダンジョンに居る事と彼女の今にも泣きそうな顔から推察するのは難しくなかった。
だからだろう、ヨイツは後先考えずにその言葉を口にしていた。
「――お嬢さん、何か事情がある様だし貴女の事を俺たちに教えてくれないか? 勿論俺たち側の事情も包み隠さず全て話すと約束しよう。そして……未だ貴女の名前すら知らぬ身だが、貴女の助けに、貴女の味方になる事をここに誓おう」
「――!?」
一歩踏み出し、その場に跪きながらそう口にするヨイツ。
若葉は空気を読んだのか、喋る事無く静かにその様子を見守っている。
ヨイツが取った右手を胸に当てながら片膝をつくそのポーズは、ラストゲート内に登場するジェスチャーの一つ『騎士の誓約礼』だ。
いきなり忠誠を誓うかのように跪かれたアルアはと言えば一瞬驚きの表情を見せた後、続けて困惑と疑念の混じった目でヨイツを見つめ問い返した。
「何故、いきなりそのような事を? 貴方が言う様に、わたくしは未だ名乗ってすらいない。貴方が教会の騎士でも王国の騎士でも無く、本当に異世界から来た、わたくしとは縁も所縁も無い存在であるなら猶更……一体、何が目的なんですの?」
「異世界から来たばかりの身でこの世界についての情報を欲していた。というのはあるが、先ほどの言葉はそう言った事は関係無い。例え貴女が何一つ事情を話たくないというのであっても、俺は貴女の力になると約束しよう」
兜越しにアルアの目を真っ直ぐ見つめ、一切の迷いなくそう返すヨイツ。
そんなヨイツの姿にアルアはますます混乱する。
アルアには自分に向けられる感情の種類が何となく判る。
これはアルアの持つ異能などでは無く、霊体となった事で後天的に獲得した特性だ。
霊体であるアルアは、肌で寒暖を感じるように向き合った相手の感情を感じ取ることが出来る。
アルアがこの地下墓に囚われてから自分以外の意思や感情を持つ存在と向き合うのは、ヨイツと若葉が初めてあったため今この瞬間にようやく自覚した特性であったが、長く霊体として過ごしたアルアは何の違和感もなく当たり前のようにその感覚を自分の物とする事が出来ていた。
だからこそアルアにはヨイツが自分に対して向ける感情の種類が判った。
男の持つ女に対する情欲、悲惨な目に遭ったであろう者に対する憐憫、それを成したであろう者に対する怒り、そして―――それらを脇に押しやる強い使命感。
なるほど、ヨイツという男は女としての自分に好意を持っているようだ、事情を話した訳では無いが推察したアルアの境遇を憐れみ、アルアをこの様な目に合わせた何者かに対する義憤を感じているのだろう。
だが、それらを押しのけている強い使命感の正体がアルアには判らなかった。
ヨイツの持つ使命感は好意によるものでも、憐憫によるものでも、義憤によるものでも無い。
アルアを好きになったから助けたい訳でも、アルアを哀れんだから力になりたい訳でも、アルアの境遇に怒りを覚えたから味方になりたい訳でも無いのである。
しいて言うならただそうしたい、そうしなければならないと思っているのだとアルアには感じられた。
前提となる感情を飛び越えて、何故そんな結論になったのかがアルアには判らなかった。
だからアルアは、ヨイツ本人に訊く事にした。
「……わたくしには、貴方がわたくしに向けている感情の種類が判ります。貴方は女としてのわたくしに好意的であり、わたくしの境遇に同情をしており、わたくしをこの地下墓に捕らえた者に対する怒りも感じている様です。ですが、わたくしの力になると言ったのはそれらが理由ではありませんよね? 理由の一部ではあるでしょうが、それが主体ではないはずです」
「ふむ、主体となる理由か……」
「ええ、そうです。わたくしはそれをお教えいただきたいのですわ」
そうでなければ……そうでなければ、何だろうか?
言い切った途端に、アルアはどうしようもなく不安や頼りなさを感じて思わず自分の腕を抑えた。
こんな事を言うつもりは無かった、言う必要は無かったはずだ。
嘘をついていないのも、悪意を持っていないのも判っていたのだから、相手に話を合わせてゆっくり今後の事を考えて行けば良かったのだ。
助けてくれるというのなら好都合、相手が自分に好意を持って同情してくれているのなら、それを利用すれば良いだけの話、そんな事は生前の貴族社会で慣れきっている筈だった。
だが、実際には言う必要のない言葉がどんどん出て来た、止められなかった。
余計な事を言ってはいけなかったのに、ただ頷いてヨイツの提案を受け入れれば良かったのに、そんな当たり前の事が出来なかった。
けれどどうしても……どうしてもアルアは欲しかった。
何が欲しいのか自分でもよく判って無い癖に、その何かをヨイツに与えて欲しかった、示して欲しかったのだ。
ああ、この地下墓で遂に自分はおかしくなってしまったのだろうか? と、アルアは内心で自嘲する。
初対面の、異世界人を自称する顔も見せない妖しい人物に、自分にもよく判らない何かを与えて欲しいと願うなど。
自分はこんなにも愚かだったのかと、アルアが泣きそうな気分になっている中、ヨイツはというとアルアの質問にしばらく考え込んだ後、あっけらかんとした軽い調子で答えた。
「理由、理由か……そんなものは無い! 貴女を助けたい、貴女には味方が必要だと思ったから力を貸すと決めた、それだけだ!!」
「私も手伝うよ!!」
「――はぁっ!?」
バッと立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張り堂々とそう宣言するヨイツ。
若葉もヨイツのポーズを真似して手伝うと宣言し、アルアは目を剥いて驚き訳が判らないと叫んだ。
「理由は無いって、貴方何を考えてっ……いえ、そもそも何も考えてないというの!?」
「何も考えていない訳じゃ無いさ、ただ直感に従って行動しただけで」
「要するに熟考もせずその場の思い付きで行動したという事でしょう!? 貴方それでも騎士なの!?」
「生憎騎士歴数時間の新米、しかも叙任された訳でも無いのでな! 騎士の振る舞いだの常識だのなんぞ知らん知らん」
「何ですのそれ……? はぁ、そもそも正規の騎士ですらない、格好だけの自称騎士とか聞いてませんわぁ……」
ヒラヒラと手を振ってそう宣うヨイツに対し、どっと疲れたという表情でその場にへたり込むアルア。
色々考え悩んだ結果、相対していた相手が考え無しの阿呆だったアルアの心労は如何程だろうか?
そんなアルアに対して、ヨイツはからころと笑いながらしゃがむと手を差し出した。
「はははっ、まぁなんだ。転んで泣いている子供に対して手を差し伸べて大丈夫? って声をかけるのに一々小難しい事を考える奴は居ないだろう? 俺が君を助けようと思った動機なんてそんなもんだよ」
顔を上げたアルアは、そう語ったヨイツの兜の奥にある瞳を見て何を感じ取ったのだろうか?
アルア本人にもそれは定かでは無いが、ともかくアルアはヨイツの差し出した手に自分の手をかざしてから立ち上がり、ヨイツもそれに合わせるように同時に立ち上がった。
もっとも、霊体のアルアには生身のヨイツに触れる事は出来なかったが。
「……子供扱いはしないで下さる? 亡霊の身であろうとわたくしはアルハザード公爵家の娘『アルア・ジーフ・アルハザード』。王国一の淑女なのですから」
「なら猶更手を差し伸べたくなるもんだろ? 困っているレディを助けるのが騎士ってもんだ」
「減らず口ですわね。それと、騎士たろうと志すのなら万民に手を差し伸べる存在であるべきですわ」
「生憎、万民に差し伸べられるほど俺の手は長くも多くも無いんでな。まぁ、目の前にいる相手に対してなら不足は無いが」
「フフッ、本当に減らず口がお上手ですわね」
そう言えば、声を出して笑うこと自体久しぶりだったとアルアは思い出す。
ああ言えばこういうヨイツに対してアルアは不快には感じず、寧ろ久しぶりの他者との会話を楽しんですらいた。
悪くない雰囲気だ、だからこのまま自己紹介も済ましてしまおうとアルアは思った。
「――改めまして、わたくしの名はアルア・ジーフ・アルハザードです。本当にわたくしの力になってくれるのですね、騎士様?」
そう言って、握手を求めるように手を差し出すアルア。
見つめて来る視線にまだどこか不安が混じっているのを感じ取ったヨイツは、その不安を吹き飛ばすように快活な調子でアルアの手を握り返すように自身の手を添えた。
「二言は無い!! それと、騎士様は止めてくれ。俺の名はヒフミヨイツ、ヨイツで良い」
「あらそう? なら、わたくしの事もアルアと呼びなさいヨイツ」
「私は若葉だよ! よろしくねアルアちゃん!」
お互いの手を重ね合わせて真っ直ぐ見つめ合っていると、それに混ざる様に若葉が上から二人の手にタッチして来た。
なお、半霊体の妖精である若葉には霊体のアルアと肉体のヨイツの両方に触れる事が可能である。
自分に触れられる事に一瞬驚いたアルアだったが、続いて綻ぶ様な笑顔を若葉に見せて答えていた。
「若葉さんね。わたくしはアルア、よろしくお願い致しますわね。ふふっ、実はわたくし、幼い頃から妖精さんとお友達になるのが夢でしたのよ。若葉さんはわたくしのお友達になってくれるかしら?」
「アルアちゃん私のお友達になってくれるの? わーい! ヨイツヨイツー! 生まれて初めてお友達が出来たよー!!」
「良かったな若葉」
大はしゃぎの若葉の様子にほっこりした気分になるヨイツ。
一方で、静かながらアルアもまた絵本を読んでいた幼い頃の夢が叶い、若葉ほど判り易くは無いが内心では大はしゃぎの状態であった。
が、自分よりも大袈裟なほどはしゃぎまくる若葉の姿を近くで見ていたからこそ直ぐに冷静さを取り戻し、一度咳払いをしてから話を進めた。
「コホン、さて……ヨイツ、貴方はわたくしが事情を一切話さずとも味方になってくれると言っていましたが、わたくしはわたくしの事情の全てを話そうと思います。長くなりますが宜しいですか?」
「ああ勿論、時間ならあるからゆっくりでいいぞ。それより俺の事情も一通り話すつもりだがどっちから先に話す?」
「異世界から来たという貴方の話には大いに興味が引かれますが、まずはわたくしからで」
「了解。なら聞かせてくれ、君の事を」
「私もアルアちゃんの事もっとよく知りたい!」
「ふふっ、若葉さんにそう言って貰えると何だか嬉しいですわね。けど、あまり面白い結末の話では無いからあまり期待しないで下さいね? まず、わたくしの家や家族の事から簡単に説明しますわね。わたくしの生家であるアルハザード公爵家は―――」
そうして、アルアの身の上話を聞きながら時は過ぎて行った。




