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8.楓子さんの絶叫3

 それからも俺は度々刀部屋に忍び込んだ。そして刀達との一時を楽しんだ。最初は刀にどんどん力を吸い上げられ簡単に疲れきってしまった体も、段々刀の扱いに慣れて楽になってきた。 

 だが俺のこの行動を内緒にしている相手は、あのニコラス=フォレスターだ。今考えてみれば俺は甘かった。そう長い時間隠し通せるはずはないのだ。数カ月で俺は父親に捕まった。当然といえば当然であった。


 ある日曜日の午後、俺はリビングのソファの前に正座させられた。父親は真ん前のソファに踏ん反り返っている。母親は俺達から少し離れた場所に立ち、不安そうな目で俺達の方を見ていた。


『ここ数カ月、お前は勝手に刀部屋に入って、刀を弄っているな』


 父親は俺の秘かな楽しみを知っている? 

 何故バレたのか、俺には思いつかなかった。俺は頭をフル回転させる。父親から言われたこの言葉。否定すべきか肯定すべきか。

 父親は何の証拠もなく俺を疑っていて、鎌をかけているだけなのだろうか。いや、そんなことはないだろうし、そう考えるのは危険だ。なら俺が何か失敗をしたのだ。何がいけなかったのかはわからないが、ここは諦めて素直に答えるしかない。


『はい』


 俺は項垂れた。心から反省しているわけではない。父親相手のポーズだ。


『どうやって入った?』

『鍵を開けて』


 俺は父親に刀部屋の前に連れて行かれた。そして鍵を開けてみせる。本当は秒で開けられるのだが、それは知られたくなかった。俺は一つの鍵に数十秒の時間を掛けて、ゆっくりと一つずつ解錠して見せた。そして全ての鍵を開けると、刀部屋のドアを開けた。目の前に刀の並ぶもう見慣れた光景が広がる。

 振り向いてみると父親は口を半開きの、呆然とした顔で立っている。母親は目を見開いて大きな口を開けて、その口元を隠すように右手の平を当て、『あ、あ、あ』とだけ言っている。母親は有り得ないものを見て声も出ないのだろうなと思った。

 

 俺はそのまま刀部屋に入り例の入り口付近にある刀掛けに乗せられている、刀の柄を握りその場で鞘から抜いた。鞘はそのまま床に置き、俺は抜き身の刀のみを持ったまま廊下に出て、その切っ先を両親に向けた。別に他意はなく、こうやって刀を触りましたと見せたかっただけなのだが、母親は向けられた切っ先に恐怖を感じたらしい。例のうっとうしい絶叫を上げた。





 さすがニコラス=フォレスター。母親と違い、先程の呆然顔から平然とした顔に変わると俺に歩み寄った。そして俺の右手を優しく両手で包むと、俺の指の力をそっと一本ずつ刀の柄から緩め、さっと刀を奪い取った。俺は抵抗などできない。相手は一族最高峰だ。どんな小さな抵抗も無駄だ。自分を不利にするだけだ。


『楓子。居間に戻っていなさい。心配しなくていい。俺が翔と話をするから』

 

 母親は口を開けたままコクコクと頷いて、逃げるようにリビングに戻った。


『この部屋の外に、刀は持ち出していません』


 俺はそう言った。それが唯一、俺が父親を安心させられるカードだ。


『智哉やルカに、見せびらかしてはいないのだな?』


 俺は頷いた。刀部屋無断侵入に関しては俺一人の秘密だ。こんな楽しいこと、ルカや智哉になんて教えてやるものか。

 それからこの年齢になると、生き物を殺すと人間性を疑われるともうわかっていたから、刀を持ち出してタロウを手にかける気もなかった。タロウは相変わらず俺を見かけると、化け物でも見たように異様に目を見開いて、気が狂ったように吠えてウザいが、吠えられても仕方なく無視をしていた。

 更に、実際に肉を切るのも、戦争でも起きない限りできないことも、もう理解していた。

 そう、俺の中の常識も、この三年で目覚ましく成長していたのだ。


『翔は小学四年生だな?』

『はい』

『もうそろそろ日本刀の真剣が扱えるかな。訓練可能かポールに相談してみる。だからお前は』


 刀を持った右手をだらんと垂らし、その手首を小刻みに回しながら棒立ち状態の父親は、見上げる俺を上から睨んだ。


『うわあーっ!』


 俺は思わずそんな声を上げ、ジリジリと数歩あとずさった。それは父親の視線が今まで見たことがないほど、恐ろしかったからだ。こんな父親の視線は見たことがない。

 今まで俺が何かしでかす度に睨む父親は、チビリそうなくらい恐ろしかった。しかしそれは本気ではなかった。父親は子供の俺を過度に怯えさせないように、あれでも加減をして俺を睨んでいたのだ。

 しかし今日は違う。父親の視線は底冷えのする、対峙する相手を凍りつかせ動けなくさせる、俺にのみ集中する何百本もの矢に見えた。


『俺の許可なくここの鍵を開けるな』


 父親は急に笑顔になる。下半身に全く力が入らなくなった俺は廊下にへたり込んだ。腰が抜けたのだ。

 全身の震えが止まらない。もうしばらくは立てない。それに一瞬でも気を緩めたら、動こうなどと体のどこかに力を入れたら、無様に漏らしそうだ。


『これが俺の本気だと思うなよ』


 父親はそう言い残して刀部屋に入った。刀を元に戻しているのだろう。それから父親は、母親のあとを追うようにリビングへ戻って行った。


 リビングから母親の金切り声が聞こえる。父親を非難して、文句でも言っているのだろう。父親は母親に逆らわないから聞き役に徹しているのだろうけれど、母親の声は興奮してどんどん大きくなっていく。

 興奮が治まらなかったら、またおばさん達の力を頼るのかな。また皆でここに集合か。まあ、おばさん達が大変なだけで、俺には全く関係ないけど。


 



 やっと足に力が戻ってきた俺はゆっくりと立ち上がった。二階の自分の部屋に戻ろうと廊下を進む。そして辿り着いた階段では手摺りにしがみつき、段を踏み外しそうになりながらも一歩ずつ上る。


 父親はこれでもまだ本気ではないと言っていた。格の違いを見せつけられた。もう刀部屋には近寄れない。しかし俺は思った。越えねばならない壁は高い方が面白いと。そして誓った。俺はいつか、父親以上に神刀ニコラスに認められる男になってみせると。そしてその時ニコラスには、もっとかっこいい日本刀らしい名前をつけ直してやると。


 その日のうちにポールおじさんから、父親が俺の様子を見ながらならばという条件つきで、日本刀使用の許可が下りた。そして誰もそれ以外の話をしなかった。

 じゃあ、無断侵入はやめなくていいよな。俺の解錠・侵入技術は、今後一族に必要とされ歓迎される能力のはずだ。父親もおじさん達もそれに関しては、やめろともなんとも言わないし、どんどん鍛えた方がいいだろう。そう考えて俺は、解錠修行は続けることにした。



読んでくださってありがとうございました。

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