7.秘密の解錠修行
父親は西洋の剣での訓練をしてくれるようになった。俺もそれで我慢するしかないから、それに従った。一応は刃がついている。木刀に比べれば悪くはない。それでなんとか俺の刀に対する欲求は、小学校三年生までは抑えられたのだ。
あれは小学四年の春のことだ。昼飯を食べ終わった俺は廊下に出ると、外へ遊びに行こうと玄関に向かった。家にいても母親は通販のチェックだろうし、父親は刀の手入れと対話、二人と一緒にいてもつまらない。それならば外へ行こう。そう考えた。
鍵を開けるため玄関ドアのサムターンを指で摘まもうとした瞬間、指とサムターンとの間の空間に何か電気のようなものが走った。俺は驚いてサムターンに触れずに手を引っ込めた。静電気に似ている。でも違う。右手の指先がジンジンする。それが消えることなく手首の方へ広がっていく。
俺は右手を握りしめた。そしてじっと右拳を見る。右手に何かの力が宿っている。そう認識した俺は、それにゆっくりとトーチの力を集中して流し込んだ。俺は右手の平をサムターンに近づけ、サムターンの五センチ手前で止めた。サムターンに触れる直前だ。しかしまだ遠い。もう少し近くだ。でも触れる必要はない。俺はサムターンまであと数センチの所まで手の平を近づける。俺の手に宿ったトーチの力が鍵と共鳴しているような感触がしたあと、サムターンがひとりでに回った。カチャリと音がして開錠されたのだ。
俺はやったと叫び出しそうになった声を、慌てて呑み込んだ。叫んだら親が何事かと飛んで来る。
この能力は使える。これは俺一人の秘密にするべきだ。親には知られない方がいい。俺は突然そう閃いたのだ。そしてこの力を磨く。この力をものにすれば俺は、入りたい場所へはどこへでも、こっそりと入れる。
その日から俺の鍵開けの、秘密の修行が始まった。
まずは家の玄関の鍵。当然、元の状態に戻す施錠の修行も重要だ。でも解錠に成功した鍵は施錠も簡単にできた。この点は楽だった。
それからはその他諸々の鍵を、親の目を盗んではこっそりと開けた。家の金庫もその一つ。これでいつか勝手に金を持ち出せる。
それから子供で怪しまれないのを利用して、あちこちの建物に不法侵入を繰り返した。不法侵入は色々な意味でとても勉強になった。
しかしその中でも特に感激したのが、父親の刀部屋の鍵を突破した時だ。鍵数が多いだけでレベル的には大したことない鍵達だったが、両親の目を盗んで刀部屋に侵入した時、俺は眩暈がするほどうっとりとなった。
部屋の片側の壁には天井に届くほどの大きさの、鍵のかけられる刀展示用巨大ガラスケースがいくつも並べられていてた。
上中下三段に仕切られたケースの中には刀掛けに置かれた日本刀が白鞘の物も含め、なん本も展示されている。それだけではなく、ガラスケースの逆側の壁には、数えきれないほど並べられ積まれた刀箪笥を配備。その刀箪笥の横には刀身のみを飾ったディスプレイケースも置かれていた。さすが俺の父親。金に糸目をつけないし、かなり病的だ。
そして俺にとってここは天国だ。全ての刀達が、俺にウェルカムと言ってくれているような気がした。しかしここで酔いしれてはいけない。ここにいられる時間は長くはないのだ。今日やるべきことは一つ。日本刀を握ってトーチの力を加える。
俺は運よく外に出されている刀を発見した。部屋の入口そばの床の上にじかに置かれた刀掛台に乗せられた、黒塗りの鞘に納められた刀の柄を、俺は身を屈めて握った。この刀だけ次の休日に手入れするために出されていたのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。そしてゆっくりと屈めた体を伸ばす。俺は右手に握った刀の鞘をじっと見た。漆のつやが美しい。俺はその鞘を左手で握る。そして鞘から刀本体を引き抜いた。
光を反射する、手入れをされた美しい刃が、目の前に現れた。それと同時に右手にトーチの力を集める。
凄い。
俺は感動して感嘆の息を吐いた。西洋の剣とは全く違う。刀がトーチの力を早く寄越せと言っている。お前をとり殺すまで力を奪ってやると言っている。ゾクゾクする。俺は自分で制御できそうな程度の力を刀に集めてみたが、刀は容赦なくそれ以上の力を一気に引っ張り込んだ。力を吸い込んだ刃は、今まで見たことがないほど眩しいオーラを放つ。
どんな奴にも負けない。何でも切れるような気がする。俺は興奮で身震いした。しかし、これ以上は危険だ。それに時間切れだ。今日はここまでだ。
俺は刀に鞘を嵌めると、刀を元の状態に戻した。そしてガラスケースを見る。俺に触れてもらうのを待っている、ずらりと並ぶ日本刀達。ガラスケースの鍵は簡単に開きそうだ。刀箪笥の鍵も問題ない。それは次回以降の楽しみだ。
俺はニヤつきながら刀部屋のドアを開けると、辺りを警戒しつつ廊下に出る。運よく大人は誰も廊下にいない。俺は、今度は逆にドアの鍵をかけると、何食わぬ顔で自分の部屋に戻った。
日本刀を握った感触。本当に素晴らしい。そしてあのトーチの力を無理やりにでも奪い取ろうとする引力。ヤバイ。未だにトーチの力を引き込む刀の感触が手に残っている気がする。その感触で手の平がジンジンする。しかし困ったことに子供の俺は、加減したはずなのにとことん体力を使わされていた。これが日本刀の欠点だ。使い手の体力を奪いまくる。使い手にはそれなりの力量が求められるのだ。
今日はもう動きたくない。
俺はベッドの上に大の字に寝転がった。子供の俺にはこれが限界だと思った。あれを振り回して戦えるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかしいつかやってくるであろうその日のことを考えると、俺は楽しくて仕様がなかった。日本刀達を俺の体の一部にし、俺の思い通りに仕事をさせるのだ。
それからしばらくして、日本へやって来た祖父母にロバート様の別荘に連れて行かれた。小さい頃からこの建物の中は勝手に探検してよくわかっていた。ただ、厳重な鍵がかけられ無断立ち入り禁止の、ロバート様とリリー様のプライベートエリアである四階にだけは今まで侵入ができなかった。しかしその日の俺は今まで侵入を諦めていた四階に、習得した技術で簡単に侵入した。そしてそこでいい物――日本刀でも別格のトーチ引力を持つ一振り――を見つけた。これを持ち出す時の侵入・逃走経路のシミュレーションもやった。
完璧だ。これでこの別荘の内部は全て把握だ。
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