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6.この一族の女子

『ぎゃーっ! 鼻の骨が折れた! アバラも折れた! 殺される! ヘルプミー!』


 手足をばたつかせたルカが、床から僅かに浮かせた顔を大人の方に向け喚き散らす。

 黙れ、うるさい奴だ。鼻血さえ出ていないじゃないか。鼻の骨が折れているはずがない。ルカが床に打ちつけたのは右頬だ。どうやったら鼻の骨が折れるのだ。それにルカは痣のある一族だ。俺は手加減しているし、この程度でこいつが怪我などするはずない。大袈裟に騒ぐな。


『翔! やめろ!』


 そう言ってすっ飛んできた父親に、俺は両脇を抱えられ、体を持ち上げられ、ルカから引き離された。起き上がったルカは俺にアッカンベーをする。見るからに、どこも怪我していない。


『ルカ、いい加減にしろ! 腕力じゃ勝てないくせに、喧嘩を売るようなことをするな!』


 ポールおじさんがルカに注意をした。ルカはそっぽを向く。人のことが言えるのか。ルカだって十分邪悪だ。


『やっぱり女の子は大人しくていいわね』


 母親が、華おばさんの膝の上で大人しく座っているアリスを見て、ポツリと言った。アリスはここへ来てからずっと、大人しく華おばさんの膝に抱かっている。俺の母親にそう言われ全員の視線の注目を浴びたアリスは、キョロキョロと辺りを見回したあと、華おばさんの膝から床に下りた。そしてテクテクと、俺たち男どものいる一角へと向かって来た。


『アリス~』


 ポールおじさんが気持ちの悪い媚びるような声で、アリスの名を呼び両腕を広げた。アリスはポールおじさんの方へ向かいはしたが、ポールおじさんには目もくれず前を素通り。両腕が空いたままのポールおじさんは、これでもかというほどの落胆の表情を浮かべた。


『アリス~』


 今度はこれでもかというほどの情けない声。

 かくいうアリスはどこへ向かったのかというと、一直線に兄であるルカの元へと行った。そして一同が見守る中、アリスは俺と全く同じ行動を取った。

 流れるように、自然に、ルカの背中を右足で踏みつける。ルカはうつ伏せに倒され、再び床に顔を打ちつけた。


『ぎゃーっ、アリス! やめて、やめてーっ!』


 アリスは俺同様に、ルカの背中に乗せた足にぐっと体重をかける。ルカは騒いでいるが痛がっている様子はない。先程、俺の時はわざと大袈裟に騒いだのだ。

 俺の位置から見えるのはピンク・フリル・リボン・花と、カワイイをフル装備したワンピースを纏ったアリスの後姿。よって顔は見えないが、きっと今のアリスは笑顔だ。


『アリス! やめなさい!』


 華おばさんがすっ飛んで来て、アリスを捕まえようとした。しかしアリスはその手を擦り抜け、ポールおじさんの元へ向かう。やはり思った通り、俺の正面に見えるようになったアリスの顔は、上から目線を感じさせる馬鹿にした笑顔だ。

 

 アリスは当然のように、ソファに座るポールおじさんの膝によじ登り、ポールおじさんの首に両腕を絡めた。そしてポールおじさんの左頬っぺたに、自分の左頬っぺたをスリスリさせる。ポールおじさんはデレっとした、気持ち悪い笑顔。それからアリスはポールおじさんの左耳そばの頬っぺたに、チュッとキスをした。そしてポールおじさんから顔を離し、でも数十センチの至近距離からポールおじさんを見詰める。再び俺からは見えなくなったが、アリス、絶対に極上の笑顔だ。

 

 しばしポールおじさんと見詰め合ったアリスは、今度はポールおじさんの首から両腕を離し、ポールおじさんの胸に右頬をぴったりと押しつけ顔を埋める。ポールおじさんのデレ顔はパワーアップして、見ているこっちは倍増しで気持ち悪くなった。


『ポール、アリスを渡して! 悪いことをしたのよ、ちゃんと叱らないと!』


 華おばさんはポールおじさんの前に立つと、そう言って両腕を伸ばした。両腕はアリスを寄越せと言っているのだろう。アリスは胸から顔を離すと首っ玉にしがみつき直し、ポールおじさんの顔をじっと見てから、嫌々と首を振る。叱られるとわかっているから、華おばさんの元へ行きたくないのだ。

 ポールおじさんは華おばさんを軽く見上げる。ポールおじさんは眉根が寄って、明らかに困っている様子だ。そして今まで軽く両腕で支えていたアリスを、ギュッと抱きしめる。


『渡せないって言うなら、ポールがちゃんと叱ってね』


 華おばさんは伸ばしていた腕を引っ込めると、今度は腕組みをしてそう言った。ポールおじさんに対して体を斜めに向けてから冷めた目で見下ろす、華おばさんの目が怖い。途端にポールおじさんの困り顔が、今度は悲しそうな顔に変わった。ポールおじさんの目に、みるみる涙が溜まりだした。そしてそれは今にも零れ落ちそうになった。


『ア、アリスを叱れなんて、そ、そんな酷いことを、俺に言わないでくれ!』


 苦しそうにそう言ったポールおじさんは、アリスを抱きしめた腕を離さない。まるで華おばさんからアリスを守ろうとしているかのようだ。これではまるで華おばさんが悪者だ。

 華おばさんの盛大な溜息が聞こえた。


 俺の母親は以前からアリスを大人しくてかわいいと評している。彼女はアリスの外見に惑わされて、アリスをちゃんと見ていない。いや、見ていても頭がアリスの本性を認識しない。

 アリスはどう見ても、この家の女の子の性格を受け継いでいる。外見はハーフでかわいい幼女かもしれないけれど、中身は兄貴を踏みつけて微笑む悪魔だ。自分に甘い父親もしっかり操縦している。

 恐ろしい女になるぞ。

 この一族の中では、ある意味、頼もしいけど。


 ただ、アリスの性格なんてまだかわいい方。海の向こうの国には笑っちゃうくらい、目が合っただけで牙剥いて毒吐いてくる親戚の女、掃いて捨てるほどいるから。



読んでくださってありがとうございました。

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