61.弟分の凶暴な天使たち
リクは無理もないなと思った。雨宮に文句を言い四人をビビらせたのは広瀬だ。そしてこの中で一番背が高くて、堂々としていて、最もリーダーの貫禄があるのも広瀬だ。どこから見ても雨宮から『お方』、なんて表現で呼んでもらえそうなのは広瀬であった。
兵頭達が頭を上げると同時に目にもとまらぬ速さで、兵頭達四人の後頭部をひっぱたき尻に蹴りを入れた者達がいた。中一の三人だ。兵頭達四人の頭と尻、合わせて八か所に、中一三人は見事なチームワークで、一瞬で手分けして一発ずつ入れた。
中一の三人は四月よりもかなり背が伸びた。しかしまだ顔には幼さがあり、天使のような顔立ちは健在だ。その天使達が一瞬にして殺気立ち、朝の爽やかさを吹っ飛ばす、いきなりの暴力行為。驚いたリクは声も出ない。
「テメーこの野郎! 何、失礼なことしてくれちゃってんだ!」
後ろを確認するように首を回した兵頭達を、中一の一人が怒鳴りつける。リクは今日もまた『テメー』という、心が疲れる単語を聞いてしまった。しかもご丁寧に『この野郎』までついて。しかもその野蛮な言葉を口にしたのは、天使のように美しい顔立ちの少年で、しかも声変わり前の少年特有のかわいらしい声で。
「テメーが敬わなきゃならない桜井さんは、こっちだ!」
中一の別の一人が言って、自分よりも背の高い兵頭の頭に手を伸ばす。細身の体とかわいい顔立ちに似合わない、『まだまだ身長が伸びますよ。体格もよくなりますよ』と主張しているデカい手が、しっかりと兵頭の頭のてっぺんを鷲掴みにした。そしてその手が兵頭の頭を、力任せに蛇口をひねるようにリクへと向ける。また美少年天使の口からかわいい声の『テメー』か……とぼんやり考えているリクの正面に兵頭の強面が向けられた。リクは嫌でも兵頭と目が合った。
「は、はじめまして」
改めて怖い顔だなと思ったリクは、オドオドとした声で言った。兵頭は「あぁ?」とドスのきいた声で言ってから眉間にしわを寄せ、上からリクを睨みつける。
「なめてんのか、コラァ! 態度がデカイんだよ!」
先程の二人とは別の中一、三人目の美しい天使がかわいい声で言って、先程よりも強く兵頭の尻を蹴った。蹴られた兵頭は数歩ふらついたあと、オドオドとした動きで止まって、リクを睨むのをやめ下を向いた。兵頭以外の三人も恐々というようなゆっくりとした動きで、体の向きをリクの方へと変える。そして三人とも兵頭同様、下を向いた。
「ちょっと、暴力はやめよう、暴力は」
リクはそう言ってから中一達の顔を一人ずつ見た。兵頭達の周辺にいた中一達はお互い顔を見合わせたあと、ゾロゾロと兵頭達から離れ、兵頭達の斜め後ろ辺りに立つ雨宮の横に並んだ。それを見届けると、リクは再び兵頭を見る。
「桜井さんですか?」
そう言った兵頭は、顔は下を向けたまま時々上目遣いになり、リクの顔をチラチラと見る。
「あ、うん。俺が桜」
「すいませんでしたー!」
リクが自分の名前を言い終わらないうちに兵頭が詫びの言葉を怒鳴り、仲間三人と共に勢いよく頭を下げた。
「頭を上げて、別に怒ってないから」
腰から直角に折りたたまっている四人にそう声をかけてみたが、四人とも頭を上げる気配もない。
「許してくださるんですか!」
また兵頭が、気合の入った大声で言う。
「うん。だから頭を上げて」
そこでやっと兵頭達は頭を上げた。
「よかったな。桜井さんが器量のデカイお方で」
中一の一人がそう言った。リクは中一三人をジロリと見たが、三人はリクの方を見もせずに兵頭の後頭部を見上げてクスクス笑っている。当然中一達は兵頭よりも強いから偉そうな口調になるのだろうし、外見で相手を判断した兵頭の馬鹿さ加減を嘲笑っているのだろう。とにかく中一達には、あとであの野蛮な言葉遣いをやめさせなくてはと考えて、リクはふとチャンスを思い出した。リクに対する異常なリスペクトといい、乱暴な言葉遣いといい、彼らはチャンスに似ているなと思う。
兵頭達はこの失礼な中一達に対して、文句も言わないし手も出さない。でも説明しづらい部分もあるから、きっと兵頭達は中一達の強さを教えられていないと思う。
さしずめ、中一達はリクがかわいがっている弟分達だから手出しをしてはいけないとでも、雨宮が説明したのだろう。それで兵頭達は手を出せずに、天使達の暴力と暴言を渋々我慢しているのではないか。
ただこの天使達にはやり返したところで遊ばれるだけだ。雨宮相手の時同様に、兵頭達は適当にあしらわれ、酷ければ怪我をさせられる。
「よろしくお願いします」
兵頭が今度こそリクに向かって頭を下げた。残り三人も兵頭と同じ挨拶をして頭を下げる。
「こちらこそよろしく」
リクがそう返すと、四人は頭を上げた。
「あ、そうだ。実は先日の土産の西瓜、兵頭が選んでくれたんだ」
雨宮はチラリと兵頭の頭を見上げてから、楽しそうに言った。
「あの西瓜?」
あの晩皆で食べたあの西瓜は、とても美味しかった。雨宮は、自分は西瓜の目利きができる、というようなことを言っていたがやはり嘘で、どうやらそれができるのは兵頭のようだ。しかし見るからにただの不良高校生の兵頭が、なぜ西瓜の良し悪しがわかるのか。
「兵頭の家は八百屋でなあ、店で一番美味いスイカ選んでこいってお願いしたんだ」
雨宮が兵頭の左肩を軽くポンポン叩きながら説明した。兵頭は照れたように少しだけ頭を下げる。リクは雨宮の話の中の、依頼とは思えない言い方が気になった。『選んでこい』って命令じゃないか。どこが『お願い』なのか。兵頭は雨宮の機嫌を損ねたくなくて、きっと一生懸命選んでくれたのだ。
「あれ兵頭が選んでくれたのか? ありがとう。凄く美味しかった」
リクは西瓜が本当に美味しかったので、素直にお礼を言った。
「桜井さんが喜んでくれたぞ。褒められてよかったな」
雨宮が偉そうに言った。兵頭はリクに向かって「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も言って小さく頭を下げた。
「あんな奴でも、一つくらいは取り柄があんのな」
中一の一人が言った。リクは思わず中一三人を睨む。彼らは相変わらず兵頭の後頭部を見上げてニヤニヤ笑っていた。
「学校に遅刻する。さっさと行くぞ」
広瀬が解散を促した。兵頭達もバイトへ行く前に一旦家に戻るという。コンビニの駐車場に屯っていた総勢十三人は、ゾロゾロと道の方へ向かった。その時。
「カズヒロ、あんた、こんなところで何やってんの! またなんか悪さでもしてんのかさ!」
道で立ち止まりコンビニの駐車場の中を見る、リクの高校の制服を着た女子がいた。女子とは思えないほどデカくてゴツイこの女子は。
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