59.災いの片割れとは誰だったのか
今現在、リクの命を狙う一族はいない。ロバートとリリーはヒスイのせいでできるわけないし、ノアはウィルの仕事だと言っている。そのウィルはいつか再挑戦すると言っていたが、近々決闘を申し込むつもりとは聞いていない。その他の一族達は、リクを怖がるか次期当主として受け入れているかどちらかだ。ただ境遇は似ていてもリクはウィルを殺せなかったし、一族達を憎みもしなかった。そしてこれからもそれは変わらないと思う。
「それから……リックが夢の中で見た、あの時ヒスイに語った、リルドを族長にしたいと言ったショウヤの言葉は、きっと本心だったんだろう。だからリルドのために三男の味方となり裏切ったように見せ、暗殺・虐殺を進んで買って出た」
「ショウヤがボーっとして見えたのも、大人しかったのも、全ては異常な本性を隠すためだった気がします。それを見た周りは油断して、ショウヤの中の狂気と残忍性がわからなかった」
広瀬の分析を聞いて、リクの頭にはショウヤと雨宮の顔が、仲よく並んで浮かんだ。
雨宮も思い通りにするためなら、恨みを晴らすためなら、ショウヤのように笑顔で殺戮を行えるのだろうか。いや、いくらなんでも、雨宮はそこまでとは思えない。しかし思い出してみれば雨宮は子供の頃、近所の犬で試し切りをしたがっていた。常識を学んだので今は殺さないとか、ふざけたことを言っていた。リクから見れば、かなり異常な思考回路だ。ならば雨宮もショウヤの立場になれば……。
リクは考えるのをやめた。雨宮の頭の中がどうなっているのか考えたって、普通頭のリクに結論が出るわけない。仮に本人に聞いてみたって、何を考えているかわからない珍妙な答えが返ってくるだけのような気がする。
「そうだな。ショウヤが三男を殺して戻って来ても驚かなかったリルドは、ショウヤが三男の元へ行っても、それは暗殺のためと信じてショウヤを信頼していた。この双子の絆は恐ろしく強固なものだったのに、周囲はショウヤの話にまんまと騙されてしまった。ショウヤはその後も生涯リルドに仕えていたらしい。そして本家がショウヤの血筋を、特に長男世襲で受け継がれてきたニックの血筋を大事にするように言われてきたのは、本家の祖先であるリルドの生存と族長就任に貢献した、このショウヤの活躍があったからだろう。現にニックの血筋は本家に近い家系と言われ、なん世代かに一度はお互いの娘を嫁がせ合って、系統が離れ過ぎないように工夫されてきたから」
そう言ってエドは少し笑った。
「ただこの話はここで終わりにできない」
エドは笑顔をやめると、仕切り直すようにそう言った。
「果たして本当の予言の片割れは誰だったのか。しばらくは上位の神様達の間で議論があったそうだ」
三男はリルドを予言の片割れとした。リルドは三男を予言の片割れとした。最終的にはリルドが強引に、三男を予言の片割れと決めつけた。でも本当に予言が伝えたかった片割れは誰なのだろう。
「まずリルドが予言の子とすると、リルドを始末しショウヤは生かしておかねばならない、ということになる。もしリルドが死んだら、残されたショウヤはどういう行動に出ただろうか。片割れを亡くし悲嘆にくれて、何もすることなく静かに人生を過ごすか。優秀な兄として、族長となった弟・三男に協力する道に進むか。それとも、三男を蹴落とし自分が族長になるか」
「これまで得たショウヤの言動から考えて、悲嘆にくれるよりもリルドを殺されたことに腹を立て、復讐するんじゃないでしょうか。ショウヤが三男につくこともなさそうな気がします。三男を殺して自分、もしくは自分が操れそうな人物を、族長に据える可能性の方が高そうです」
まず広瀬が言った。
「私も同意見です」
次にチャンスが言った。
「神々達も同意見だった。結局は高確率で、ショウヤと三男とで殺し合いが起きる。沢山の者達が巻き添えで死ぬ。これでは予言の子はリルドだとは断言できない。では次はショウヤが予言の子であったとしたらと考えた。ショウヤが死んでもリルドと三男はどちらも族長になりたいと主張するだろう。結果ここでも殺し合い発生だ。じゃあ三男の双子の姉が予言の子? それはどう考えてもあり得ないだろう。彼女は結婚して家を出たし、族長を継ぐことには興味はなかったようだから。そして実際に起きた三男の暗殺。しかしその後、沢山の者が殺された。そこから考えると三男を殺しても沢山の者が死んだから、三男が予言の子とは決められない。結局、上位の神々の間でも、この予言の言わんとしたことがなんだったのか全員が納得できる結論が出なかったそうだ。ただ色々と議論された中でも最も支持されたのはやはり予言の片割れは三男で、早くから三男を排除できていればリルドと三男の対立も起こらなかったし、今回のように対立が起きても双子の姉が生きていれば、リルドとショウヤの殺戮を止められたのかもしれないという説だったそうだ。そして多分リルド達は自分達が生きた期間の、この忌まわしい時代のほとんどの記録を抹消した。上位の神々の記憶には残ったのだろうが、人間の世界に移住した俺達にはそれを補うすべがなかった。だがこうしてリックが夢を見て、そこから森先生が思い出してくれて、そこでやっとその間の俺達の歴史がはっきりした」
そう言ったあとエドは、「俺としては一族の記録として残すつもりだ」と、つけ加えた。
「あともう一つ、頭にとどめておいた方がいいと言われたことがある。これは神々の中で同意している者がチラホラいる考えらしいんだが」
「え? まだ他にも何かあるの?」
これで話は終わりかと思ったが、エドはまだ続きがあるという。リクは不思議に思って尋ねた。
「実は予言の双子は、リルド達四人のいずれでもなかった。まだ生まれていない、これから生まれるんだ、という説だ」
エドは未来の可能性説をあげた。
「それって、予言の双子がこれからの未来に生まれてくる可能性があるってこと?」
リクは確認するように尋ねる。
「その可能性も頭の隅に置いておいた方がいいということだ。ただ、リルド達の争いのせいで流れた夥しい血の量を考えると、あれが予言された未来だったと考える方が自然だろう」
話はそれで締めくくられた。リクと広瀬は受験勉強に取りかかる。
チャンスが、リクの夢の内容と森からの話を記録に残すための仕事を始めると言っている。記録が出来上がったらリクは、夢の内容と違いがないか細部をチェックしなくてはいけないらしい。森もこれで終わりにせず、当時のミリアーニについて更に調べてみてくれるそうだ。
こうしてフォレスター家の歴史の空白部分が埋まるのを、エドはとても喜んだ。実はロバートも空白部分をずっと不思議に思っていたので、エドから連絡を受けて――リクのことは嫌っているが――喜んでいるらしい。わかることは全て後世のために記録を残すように言ってきたそうだ。
リクとしては、リルドとショウヤがわざと消したであろう過去を暴いてしまったような気がして、二人に申し訳なく感じていた。
しかしリルドの子孫であるとしても、エドがそんな歴史を気にするはずがない。エドはリクに、お手柄だと言った。
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