5.ちょっと皆と違うだけ
母親は食卓の椅子に座り泣いていた。泣きながら必死さのこもる声で、俺と父親の異常さを訴えていた。食卓を挟んだ正面に座って親身にその話を聞いてあげているのは、ポールおじさんの奥さんの華おばさん。隣に座って背中を擦って慰めてあげているのは、ジョージおじさんの奥さんの真知子(まちこ)おばさん。母親は泣いてはいたが、女性二人が駆けつけてくれたお陰か、先程絶叫したあとの錯乱した状態と比べると大分落ち着いていた。
そして女性陣から少し離れたソファには、父親、ポールおじさん、ジョージおじさん。ゲーム機を持って床にじか座りしているのがルカと智哉。ソファのある一角には、痣を持つ野郎の一団ができていた。
『なぜタロウを殺すんだ? 説明しろ』
父親が口を開いた。
俺は父親から張り倒されはしなかった。さすがに張り倒したら虐待になってしまうからだろう。その代わり、こうして親戚のウザイおじさん達に囲まれ話をさせられることになってしまった。
『真剣の切れ味を知りたかったから』
俺はとりあえず、そんな風に理由を説明した。母親の泣き声が一際大きくなった。俺の声が聞こえていたみたいだ。
『いいか、翔。気持ちはわかるが、それは我慢しろ。周囲の生き物を傷つけるのはまずい。絶対にやるな』
父親は、俺の気持ちはわかってくれるのだなと思った。しかし問題点がある。
『じゃあどうやって肉の切れ味を体験するんだよ』
俺が言うと、ジョージおじさんが溜息をついて父親を見た。
『似ているな。子供の頃のお前に』
父親はブンブンと大きく首を振った。
『俺は六歳で、生き物の試し切りなんて考えなかったぞ! それに、翔は特別だ! 俺の血に日本人の血が入っているから――』
『あんた達の異常さを説明しろなんて言ってない! それに何よ! 日本人の私にも責任があるって言いたいの! あんた最低!』
『ご、ごめんなさい』
と父親と母親。
父親は何も気にせずに、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしている。母親の気が昂っているのに、それを煽ってどうするのだ。折角おばさん達が静めにきてくれているのに。それを台無しにするな。役立たずめ。
『それよりも当分の間、日本刀は駄目だ。小学校高学年になるまで待ちなさい』
父親が話題を変える。
『なんで?』
『日本刀はなぜかトーチの力を引き込もうとする力が強い。子供のお前ではまだ扱えない。下手したら死ぬぞ。しばらくは西洋の剣で相手をしてやるから、それで我慢しろ。西洋の剣だってちゃんと刃がついているのを用意できるし、生き物でなければ切れ味も体験させられる』
西洋の剣? つまらない。つまらない。つまらない。俺は日本刀の真剣の威力を体験したいのに。
『翔。今日、おじさん達に来てもらったのは、お前に日本刀を持ち出さない、生き物で試し切りをしないと約束させるためだ。嫌だというなら一族のために最終手段に出なければならない』
『最終手段?』
『暗示だ。日本刀に近づけなくする、生き物を可愛がるようにする』
『げっ』
暗示だとぉぉぉ! 冗談じゃない。エドおじさんの所に、暗示で頭を弄られ過ぎて、精神病んで苦しんでる子供がいるって聞いたぞ。ここ数年の治療で、なんとか快方に向かっているらしいけど。俺をそんな目に遭わせるのか?
その子の話が伝わってきて以来、俺ら子供達は皆、暗示って言葉にビビっていた。ナマハゲと同じ効果だ。頭の中を弄られた後遺症で悪夢を見て、夜中に泣き叫ぶなんてなったら……そんなの真っ平だ!
『わかった。しない』
暗示という言葉の恐怖から、俺は即座にそう答えた。肉を切る感触は、当分は諦めるしかあるまい。
『もし約束を破ったら、俺たち三人でお前に強力な暗示をかける』
父親はそうもつけ加えた。俺は『約束します』と項垂れて答えた。
『ちっ、また負けた』
悔しそうに言うルカ。
『へへ、ざまあ』
楽しそうに返す智哉。
俺が大人の前に立たされている間ずっと、ルカと智哉は我関せずで俺の横で対戦ゲームをしていた。そしてルカが智哉に負け続けていた。ゲーム機を床に置いたルカは俺を横目で見る。
『俺さ、以前、翔から聞いたことあるぜ。前んちの犬、消したいって』
ルカはそう言うと、俺を挑発するようにニヤリと笑った。
『あの犬は前んちの玄関前に繋がれている時、翔が外に出ると吠えるんだ。翔が出かけようとして、家のドアから出るとすぐ吠える。翔が帰って来て家の門を開けようとするとまた吠える。あの犬は、ニックおじさんにも楓子おばさんにも吠えない。通りすがりの人にも滅多に吠えない。翔のことだけが大嫌いなんだ』
笑うルカに人を小馬鹿にする鼻息まで加わる。
『翔もあの犬が大嫌い。だから以前翔が、タロウはウザいから消したいって言った』
ルカの言う通りである。以前、遊びに来たポール一家を玄関先で出迎えた時に、俺の家の玄関ドアに向かって狂ったように吠えるタロウを見て、俺はルカにそう言ったことがある。ルカはそれをしっかりと覚えていた。そして俺は今回、試し切りができる上にウザいタロウをあの世に送れる、一石二鳥、結果これで住環境が静かになる、と考えていた。
『犬はデリケートな生き物なんだ。フォレスター家の中でも特上クラスの異常性格の翔の、邪悪な心がわかるんだ』
そこまで言われると、ムカついた。俺は異常性格なんかじゃない。ちょっと皆と違うだけだ。
ルカの奴、ゲームで智哉に勝てない憂さを俺で晴らしている。俺はルカに歩み寄ると、いきなりその無防備な背中を右足で踏みつけた。ルカは一瞬で床にうつ伏せに倒れ顔面を打ちつける。俺は踏みつけた背中に軽く体重を乗せた。
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