57.ミリアーニの族長争い2
「あの四人の中で最も評判が悪いのはリルドだった。それ以来リルドはかなり大人しくなった。ショウヤは相変わらずで、そんなリルドに付き従うように、いつもリルドの側にいた。そうこうしているうちにリルド達は今で言うアラサーの年齢になり、彼らの父親である族長も初老の年齢になった。もう避けることはできない。族長の後継者選びの話が持ち上がった」
予言などなければ族長は長男のリルドだ。しかしあれから十年以上の年が経っていても、リルドが生まれた時の異常さを気味悪がっている一族達の、リルドに対する疑いは変わらないだろう。一族達が推すのは三男と思われる。
「誰しも災いの片割れを族長にはしたくない。しかしだ。その時の族長は、跡継ぎは長男にすると決断した。リルドを排除しなければならない確実な証拠がないのなら、従来通りにするしかないと族長は結論したんだ。一族達もそれを認めたくないとは思っても反対できる確かな根拠もなく、大半の者達は致し方なくその決定を了承した。しかし三男の取り巻きや三男を強く推す者達は納得しなかった」
やはりそうなった。
「自分に人気があることをわかっている三男自身も引き下がらなかった。三男はすぐさま仲間を集め兵を組織し、リルド側との戦争の準備を始めた。そうなってくると、一度は族長の決定を了承した者達の一部も族長に反対して、三男の味方に回った。一族内の誰がどちらにつくと大騒ぎの中、突然、三男の元にショウヤが現れた。ショウヤは、『日頃は双子の兄リルドに従っていたが、実は族長として相応しいのは人望のある三男だとずっと思っていた』と言って、三男に味方すると宣言した。ショウヤは三男ほど目立たないが、実は勉学も武術も一族内トップクラスだった。一部の一族達から、族長にと期待されていたことがあるほどの男だ。しかもリルドの味方をすると思われていたので一族達は驚いた。実力のあるショウヤが三男に味方したことで、形勢は一気に三男へと傾いていった」
「同時にリルドが災いの片割れであり始末すべきであるとの確信も、一族達に広く浸透していったのですね」
広瀬が確認を取るように言った。
「ああ。災いの片割れリルドの首をあげる、という使命のある戦いだと三男陣営はふれ回り、一族達を説得していった。そしてどんどんと味方を増やしていった」
リルドは絶体絶命だ。リルドの中で短時間でも過ごしたリクは、リルドの置かれた状況を我がことのように感じてしまい、追い詰められるリルドがとても気の毒だった。
「しかしそこでとんでもない事件が起きた。三男が暗殺されたんだ」
「あ、暗殺?」
突然の物騒な単語にリクは裏返った声で、単語をそのまま聞き返してしまった。
「フン。暗殺犯はショウヤでしょう」
チャンスがリクとは違い、落ち着いた声で言った。
「その通りだ。ある日ショウヤはいきなり三男を襲い、滅多刺しにして殺した。その蛮行を止めに入ろうとした者達は、ことごとくショウヤに殺されたという。その楽しそうに戦う姿はまさにイカレた戦の神。ショウヤが暴れた部屋は死体の山ができた。ショウヤから滲み出るオーラのあまりの不気味さに、大笑いしながら三男の死体の首を叩き切っているショウヤに近づける者は、誰もいなかったそうだ」
死体の山と聞いて、リクは背筋がゾッとした。しかも首を切るのに大笑いとは。
「お父さん、もしかしてショウヤは最初からそのつもりで三男の味方に」
エドから惨状の話を聞いたリクは、呆然としたまま言った。
「だろうな」
エドはそう言って少し息を吐いた。
リクはリルドを思い出す。ヒスイに対して『あんな奴、俺の邪魔するなら殺しゃいいんだ』と言っていた。そしてその通りになった。リクはショウヤも思い出す。『俺は兄貴を族長にしたいんだ』と言っていた。こちらもそうなるように動いた。
チラリと隣を見ると広瀬は顔をしかめている。リクはこんな話につき合わせて、広瀬に悪かったなと思った。しかし毎度毎度、一族が絡むと碌な話がない。
「ショウヤは手に入れた三男の頭を、髪の毛を掴んで手にぶら下げて、リルドの元へと戻って来たそうだ。そして『ただいま、これお土産』とまるで旅行にでも行って来たかのように言って、その頭をリルドに突き出した。リルドは『早かったな、お疲れ』と言ってそれを受け取って、『災を呼ぶ片割れの首』と札をつけて、人通りの多い場所である、一族の神殿の前に飾った」
「やることが異常だな」
すかさずボソッと広瀬が言った。
「そうですか? 戦の神の一族のトップに立ちたいなら、この程度の残酷さは当たり前ですよ。『逆らえばこうなる』という見せしめは、見た奴らが青ざめ、吐き気をもよおすくらいが丁度いい」
どっぷり一族脳のチャンスはそう言う。
「その後の血縁者の処理は凄まじかったそうだ」
エドは続きを話し出した。
「リルドとショウヤで三男の母親を殺し、三男の双子の姉も殺した。双子の姉の方はもう嫁いでいたんだが、二人は嫁ぎ先まで押しかけて、そこの一家全員まで皆殺しにしたんだ。それにはリルドとショウヤの甥にあたる子供も含まれていた。更に二人は三男に味方した四男と五男とその母親も殺した。それから、リルド達が竜を狩っていたあの時に生まれた女の子、四男と五男と同じ母親から生まれた子供なのだが、その子もまだ十代なのに殺された。とにかく身内を殺しまくっている最中の二人は笑顔でとても楽しそうで、全身に気味の悪いオーラをまとって、誰も近くに寄れなかったそうだ。結局リルドとショウヤが殺さなかった兄弟は、二人の生まれる前に本妻が生んだ、二人と同じ母を持つ姉に当たる女性だけだった」
「ちょっと待ってよ。リルドとショウヤが、三男が災いの片割れだと主張するなら、その姉を殺してはダメなんじゃない? もっと酷い災いが起きてしまうんじゃ」
リクはリルドとショウヤが三男の姉を殺すことが理解できなかった。
「リルドはこう言ったそうだ。『予言の内容は『位の高い家系の出の、双子の姿が見えた。その二人のうちの片方が一族に災いをもたらす。その子をできるだけ早く見つけ出し始末しろ。ただし、始末する方を間違えるな。逆の子を始末してしまった場合、一族はもっと大きな災いを受けるだろう』なんだろう? 俺達は間違った方を始末してない。ちゃんと三男を選んで始末したんだ。だから、もうこのクソ予言は無効。あとは俺達の邪魔になりそうな奴を片っ端からチャッチャッと消していくだけ』と」
「そんな……」
リクはリルドの恐ろしい言い分に対して言葉が出ない。
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