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56.ミリアーニの族長争い

 森先生ことヒスイからエドに連絡がきたのは、あれから丸一日経ってからだった。食卓で勉強をしているリクと広瀬の元へとやって来たエドは、なんとも渋い顔をしていた。


「よくない話だった?」


 エドの顔からそう予想したリクは、エドに尋ねた。


「まぁ、そうだな。うちのご先祖様らしいって言っちゃ、らしいんだが」


 エドの言い方がはっきりしない。


「でも話さないわけにもいかないから、全部話そう」


 エドは溜息をつきながら、広瀬の隣の椅子に腰かけた。リクの斜め前だ。エドの真ん前の食卓上にはチャンスもいる。全員がエドを注目していた。


「まず、リルド・ショウヤ・トミイ・ルマという名前のミリアーニを、ヒスイは知らないそうだ。ただヒスイは、あの空白期間に該当する時代のミリアーニ達については、よく覚えていた。まずあの少年達の話からいこう。当時、儀式少年達がヒスイの留守中に双頭竜の首を切った出来事があったので、夢の少年達はその彼らに間違いないだろう。しかし、ヒスイが知らないと言うだけあって名前が違う。彼らはリックが聞いた名前、リルド・ショウヤ・トミイ・ルマという名前ではなかった。夢の中ではわかりやすいように、少年達の子孫の名前に近い名に置き換わっていたのではとヒスイは言っている。リルドはリチャード、ショウヤは雨宮翔、トミイは田端智哉、ルマは川原ルカ」


 リクは夢の中でショウヤの話を聞いていて、雨宮に似ていると感じていた。やはり彼は雨宮の祖先だったようだ。考えてみればトミイもルマも性格と行動が、田端と川原にどことなく似ている。


「わかりやすいように、このまま話はリックの夢の中の名前のままで続けるとしよう」


 エドはそう提案した。リクもその方が有難い。


「あの当時のご先祖様達は神の世界にいたから、まだトーチをもらっていなかったので、トーチを守護する人物として族長を選ぶ必要なかった。次期族長なんて立場の者を、現在のように早くから決める必要もなかった。族長が年を取り引退が見えてきた頃に次の族長を決めるので十分だった。そして毎回次の族長には問題なく族長の長男が選ばれていて、一族全員がそれで納得していた。ただし、あの空白の頃を除いては、だ」


 確かヒスイはリルドの曽祖父に、『対立している』と話しかけていた。順当にいけばリルドは本妻の子供の上に長男だから、次の族長にすんなりなれるはずだ。何が問題だったのだろうか。


「それはリルドとショウヤが生まれた当時まで遡る。リルドとショウヤの生まれた時、二人の状態が異様だったそうだ」

「異様?」


 彼らは一卵性双生児。一緒に生まれてきただろうが、何があったというのだ。


「先に生まれたのがリルド。次に生まれたのがショウヤ。そこで長男がリルド、次男がショウヤと順番が決まった。そして生まれてきたリルドは双子とは思えないほど、しっかりとした大きさで生まれてきた。逆にショウヤは酷い未熟児で状態も悪く、助からないのではないかと心配された。それまでもミリアーニに双子は偶に生まれていたけれど、こんなに極端に栄養状態の違う双子はいなかった。それはまるでリルドが、母体の栄養を独り占めしてしまったかのようだったそうだ。医者達の懸命の努力でショウヤの命は助かり、その後は元気に成長していったんだが」


 夢の中で成長したショウヤはリルドと共に竜と戦っていた。リルドの顔は見えなかったけれど、一卵性の双子ということで二人は顔も同じだったのだろうし、共に行動していた感覚では、身長も体格も大差なさそうだった。しかし生まれてすぐの二人には、そんな差があったのだ。


「実はリルドとショウヤが生まれる数年前に、一族の最も高名な予言者がこんな予言をしていた。『位の高い家系の出の、双子の姿が見えた。その二人のうちの片方が一族に災いをもたらす。その子をできるだけ早く見つけ出し始末しろ。ただし、始末する方を間違えるな。逆の子を始末してしまった場合、一族はもっと大きな災いを受けるだろう』と。その予言者はその予言後すぐに亡くなってしまい、一族達はそれ以上の詳しい預言を受け取ることができなかった」

「厄介な予言ですね。しかもその子の特徴や性格に全く触れられていない。これでは双子が生まれたとしても、その問題の子を特定するための情報が少な過ぎる。そんな予言はむしろ残された者達に、混乱を生じさせるだけじゃないですか」


 すぐに広瀬が話し出した。頭のいい広瀬はエドの話から、素早く頭を働かせてるのだろう。


「そうだ。一族はその子のことを『災いの片割れ』と言うようになった。その予言後しばらくして族長の子として生まれたのがリルドとショウヤ。一族達はこの二人のどちらかが災いの片割れだと予想した。しかしどちらかわからない。どちらを始末すればいいのか決断できない。そうこうしているうちに次の双子が生まれた。それは族長の一番目の妾からだった。生まれてきたのは二卵性双生児。三男とその姉となる男女の双子。これで高貴な家系の双子がもう一組現れた。始末せねばならないのは四人のうちの誰か。一族達は困り果てたらしい」

「でしょうね。二組のうち一組の二人は無関係。そして該当する一組の二人うち一人が始末する必要がある奴。もう一人が始末しちゃまずい奴。でも判断材料が足りないのだから、当分は静観するしかないでしょう」


 チャンスが言った。


「結局そうなった。予言の片割れ発見のために、当事者である双子達が自然と成長していく姿を観察した方がいいと、族長は予言について口にするのを大人達に禁止した。大人達は口を噤み、双子達と親しくなっていくだろう若い世代は予言を知ることなく、静かに四人の成長は見守られた。成長していくにつれそれぞれの性格がはっきりしてきた。リルドは自己主張が激しく、本妻の子で長男でもある自分が次の族長だと自信満々で、思い通りにするためには何でもやり、同年代のトミイやルマを従えていた。ショウヤはボーっとした雰囲気の、リルドの後ろをついて回るだけの大人しい子供で、あまり存在感がなかった。三男はリルドを嫌っていて対抗心を燃やし、リルドを押しのけて族長になってやると宣言していて、学問にも武芸にも熱心に取り組んでいる努力家だった。四人の中の唯一の女の子は一族の女の子らしく明朗快活で剣術好き。更に世話好きで、母親違いの弟や妹でも気にせずかわいがっていたので、そんな彼女を慕う者は多かった」


 四人が四人、それぞれが違う個性を持つ子ども達である。三男と女の子のついては夢に出てこなかったので判断材料がないが、リルドとショウヤが竜を狩る時の様子では、まさにエドが言ったような関係に見えた。この中の誰かが予言の子である可能性があるのだ。


「しかし時が経つにつれ、一族達は災いの片割れはリルドではと思い始めた」

「え? どうして?」


 リクには特にリルドに問題があるようには見えない。この一族ならリルドの性格など珍しくないと思うのだが。


「それはやはり、リルドの生まれた時の姿の印象が強過ぎたからだった。生まれた時のリルドは、共に母の胎内にいたショウヤの分を横取りし、自分の糧にしたようにしか周囲には見えなかった。それと同じことが一族内でも起こるのではないかと皆リルドを怪しんだ。リルドが全てを吸い取り一族は消耗し、衰退していくのではないかと言われ出した。そして優秀ではあるが自分を押し通してばかりのリルドよりも、同じく優秀ではあるがリルドに従ってばかりのショウヤよりも、何事にも熱心に取り組む真面目な三男の姿勢の評価が最も高かった。大勢の一族が、三男が族長になることを望んだ。それが丁度リルド達が十代後半、リックが見たあの夢の頃だ」


 本妻の子で一番年上のリルドやショウヤよりも三男を担ぎたい者が増えてきて、一族の意見が割れ出した頃なのかもしれない。


「そして四人全員が成人した時、リックの夢のしばらくあと頃だ。その頃になってやっと、双子の一人が災いを呼ぶという予言が、リルド達四人にも伝えられた。そしてその者が誰かはっきりしたら始末されるとも」


 そう言われた四人の心情はどうだったろうか。一人は殺されるのだ。

 しかしフォレスター一族の祖先ならば、ミリアーニはきっと基本性格が我儘で過激な戦闘種族。リクは、これから恐ろしい歴史が語られる予感がした。


読んでくださってありがとうございました。

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