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55.曖昧にされた家系図

 目を開けるとゆっくりと上半身を起こす。それと同時に目覚まし時計がやかましく鳴った。


「朝か」


 リクはぼんやりとしたまま言うと斜め前屈みになり、床の上の目覚まし時計に手を伸ばしてそれを掴んだ。そして上体を戻しながらそのけたたましい音を止めた。時刻は六時半。リクは昨晩六時半に鳴るようにセットして寝たのだった。


「リク様、おはようございます」


 チャンスの声がした。チャンスは昨晩のまま、ベッド横のお立ち台の上にいる。


「おはよう」


 リクも挨拶を返す。でもなんだか寝た気がしなかった。もの凄く疲れていた。それもそうだと思う。リクはリルドの中で三十分以上も双頭竜と戦っていたし、夢自体がなん時間にもわたる出来事の体験だったのだから。

 

 どことなく両頬もまだ痛い気がする。あのあとルマはリルドの頬の腫れを治してくれなかった。『いい気味だ』とリルドは、嘲るような笑顔のルマから言われた。ルマの父親も『双頭竜の治療はヒスイ様の前での治療で、しかも失敗したら殺されるかもと思うと、大した治療でもないのに緊張して疲れた。それは明日以降にしてくれ』と言って首を振り、リルドの治療は無視された。だからリルドはあの痛い頬のまま帰路に着いたのだった。そしてそれが今、リクの頬にも残っている気がする。


「チャンス、俺、今朝はちょっと疲れてるんだ。もう少し寝たいから、お父さんにそう連絡して」


 リクはチャンスに頼むと再び横になり、目覚まし時計を床の上に戻す。


「リク様? 具合でも悪いのですか?」


 チャンスはそう尋ねてきた。今朝は目覚まし時計が鳴るよりも早く起きたが、夜中に目覚めたり飛び起きたりしたわけではないので、チャンスはリクの夢に気づいていないようだ。


「夢見た。で、疲れた」

「リク様? ……」


 チャンスが何か言っているがもう面倒で聞きたくない。

 過去の夢はうんざりだ。戦っている夢もうんざりだ。それから、人が死ぬ夢もうんざりだ。意味のない、できれば馬鹿馬鹿しくて楽しい夢でも見て、ぐっすり眠りたいのだ。リクは二度寝に落ちた。





 目を覚まして時計を見ると、時刻は十時半を指していた。よく寝たなと思う。やっと起きようという気になった。チャンスは部屋の中にいない。エドか広瀬が連れ出したのだろう。

 

 こうして頭がすっきりしたお陰でやっと落ち着いて、夢の内容を考えることができそうだ。


 夢の場所。あれはヒスイの花畑。


 竜が住んでいたが、リクが以前訪ねた時は、竜はいなかった。というか出会わなかった。リクが行ったのが夏だったから、子育てが終わってもういなくなっていたのだろうか。でもあの場所は、夏にしては寒かった記憶もあるのだが。それともリクが出た場所が外苑ではなく神殿に近かったから、住んでいたのに会えなかっただけなのか。

 リルドが黒霧鳥と騒いでいたのも覚えている。凶暴な生き物らしい。リクはあの時シオミの領内も歩き回った。ヒスイの花畑でもシオミの領内でも黒霧鳥には遭わなかった。他の凶暴な生き物にも出くわさなかった。どちらも穏やかな場所に見えた。凶暴生物の生息域ではなかったのか、ただ運がよかったのか。リクはふと運がよかっただけかもしれないと思い、今更だがゾッとした。

 そして夢の中で、それに楽しそうに挑むミリアーニの若者達。


 まずはリルドの戦い方。リルドは剣で戦う時、今のリク達のように剣にトーチの力を込めるなんてことはしなくてもよかった。剣を握れば剣は簡単にトーチの力を込めたのと同じ状態になった。

 キースがリード家にいた頃、リクは剣を扱う練習をしていた。いくらリクがヒスイの姿になれるとはいえ、その姿から武器への力の供給はほぼなかった。ないよりはマシだろうという程度だ。やはりトーチの力同様自分で込めるしかないようだが、神の姿になるだけでも一苦労なのに、そう簡単にはそこまでできそうもなかった。

 

 そこでリクはとりあえず、トーチの力を剣に込める練習を徹底的に行うことにした。剣を持った天才キースと対峙した場合、剣をへし折られない程度には力を込められなければ戦いにすらならないからだ。リクは武器への力の込め方の指導をニックや雨宮から受けた。エドと模擬戦もした。エドになん本剣をへし折られたかわからない。それでも最後にはエドの剣を受け止められるようになった。お陰でキースに切りかかられた時、ギリギリだがその一撃を受け止められたのだ。

 

 しかしリルドは剣を握っただけで、剣をトーチの力を込めたような状態に変えられた。なんの技術もいらなかった。リクは上位の神ヒスイの姿になってもそれはできない。神の姿そのものなのにできない。剣の性能か、リクと違いタイムリミットなく神の姿のままでいられるリルドの体のお陰か、理由はわからないが。でももしかしたら、神の姿のリクでも訓練すれば、できるようになるのかもしれない。もしそうならば、この受験後に是非、ヒスイに指導してもらいたい。

 また、リルド達は魔法のような力を使っていた。呪文を唱えて小便玉を思い通りに割っていた。実はまだ教わっていないだけで、リクもヒスイの姿の時にそんな便利な力を発揮できるのだろうか。もしそれもできるのならばその方法も教わりたい。


 まあ、どちらの能力も、リクに人間の血が混じっている時点で無理、という可能性もあるが。


 リクは着替えると階下のリビングへと向かった。





「リック、大丈夫か?」


 食卓でノートパソコンを開いて仕事をしているエドがリクを見て言った。チャンスも食卓上にいる。


「よく寝たから大丈夫」


 エドは仕事を中断すると、リクのためにトーストと野菜ジュースだけの、軽い朝食を用意してくれた。

 そしてリクがそれを食べ終えると予想通り、目の前にエド、隣に広瀬、食卓上にチャンスという配置で食卓に全員が集まった。全員、夢の内容を聞きたいのだろう。リクは夢の内容を話した。


「神の世界にいた頃の、俺達のご先祖様達だな」


 エドが言った。エドに言われるまでもなく、リクもそうだろうと思っていた。


「ミリアーニと呼ばれていたのも、外見がつの付き狸なのも、記録として残っている。ただ……」


 エドはそこで言いよどんだ。そして少し斜め上を見て、何かを考え始めた。


「家系図を全て暗記しているわけじゃないけど、リルドって名前、記憶にないんだ。族長の長男ってことは、俺達本家の直系の祖先の可能性が高いんだが」


 エドは斜め上を見たまま言った。


「実は家系図の中に一か所だけほぼ空白に近い期間があって、そこかなあ」


 エドは視線をリクに向けるとそう続けて言った。


「空白の期間て、どんな状態なの?」


 なぜ空白の期間なんてものが存在しているのか疑問に感じながらも、まずは家系図がどういう状態になっているのかリクは尋ねた。


「その期間だけ系図の中のほとんどが曖昧で、男女の区別も書いてあったりなかったり、名前生年没年とかも書いてあったりなかったり、一部だが破棄された部分があったり。何百年も昔の時代で、その頃の歴史が書かれた記録書だけがほとんどない。神の国から持ち出し忘れたのか、それともその不自然さから考えるに、意図的に書かれなかったか書いても廃棄されたのか。ただその空白期間に何があったかはっきりしないからといって、今現在に何か不都合が起きているわけでもない。だからそれはそのままの状態で放置されている。でもリックが、記録にない先祖が神の世界にいた頃の夢を見たのだとしたら、まずはその期間を疑って調べるのがいいだろう。この頃のことが詳しいのは、まさにその夢の中に出てきた――」

「ヒスイ」


 リクはその名を言った。


「森先生に連絡を取ろう」


 エドはそう言いながらどけていたノートパソコンを食卓の上に戻すと、キーを打ち始めた。リクは広瀬との勉強を始めることにした。



読んでくださってありがとうございました。

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